第93話 悪女、世間知らずな貴婦人と再会する。
面倒なことは全部『かつての自分』に任せて、私はのんびり学生生活だけを満喫する。そんな意地の悪い生活に慣れてからは、私はあのときできなかったことを満喫した。
テニスも陰でたくさん練習したんだよ。その甲斐もあって、体育祭ではアニータと優勝することができた。嬉しかったなぁ。まぁ、肝心のアニータは閉会式が終わる早々に「シシリーはどこに行きましたの⁉」と喜びもそこそこに探しに行っちゃったんだけどね。敢えて見当違いの目撃情報を渡して、アニータが修羅場を目撃しないように合流タイミングを調整したのは私だ。
試験はもちろん本気を出せば満点をとれる自信があったのだけど、そこそこに留めておいた。下手に目立って、また純正のアイヴィンに詰め寄られても困るからね。
そして夏休みは……彼を見習って一人で旅をしてみることにしたの。本当は合流しようかなとも思ったんだけどね。なんかそれをすると、まるで私がアイヴィンに会いたがっているようじゃない? そこを詰められたら上手く返す自信がなかったから、やめておいた。
だけど代わりに、面白い出会いがあったよ。
「迷子かな?」
それは、一回目の夏休みでは叶わなかったアニータの実家へ遊びに行こうとしたとき。道中の田舎道の真ん中で、私が声をかけたのは小さいなこどもではない。
いかにも世間知らずといった感じの美しい金髪の貴婦人が、ひとりで日傘をさしてきょろきょろ歩いていたのだ。
「あの、その……」
自分の娘と同じくらいの私に対して、彼女はおずおずと気まずそうに視線を逸らす。
まったくもー。世話がかかるなぁ。
だけど、彼女の娘に世話になったのは私のほうだからね。私は大好きな大好きな彼女のために、「こっちだよ」と手を引こうとしたときだった。
「いたっ……」
小さな悲鳴に、私は足を止める。
婦人の視線につられて下を見れば、旅には不釣り合いのハイヒールがあった。靴擦れか。
「ほんと世話がかかるママだなー」
そして仕方なしに、私は魔法で靴擦れを治癒してあげる。ママ自身も自分で治療はできるのかもしれないけどね。それでも残念ながら、魔法のほうが早いのは事実だから。
私が「これで大丈夫でしょ?」と確認しようとしたとき、ママは目を丸くして私を見ていた。
「あなたは……シシリーのお友達?」
「ん?」
若い私が完璧に治癒を行ったことに驚くならまだしも……。
え、なんでここでシシリーの名前が出てくるのかな?
私は今夏休みということで一般的な年相応のワンピースを着ている。夏だというのに袖や丈が長いのは不自然かもしれないけど、シシリーらと同じ魔術学園の生徒ということは一見わからないはずである。
私がぱちくりしていると、ママはまたおずおずと視線を逸らし始めた。
「あの、違ったらごめんなさい……その、こないだひさしぶりに娘にあったらね、口調が、少し変わっていたから……それが、あなたに似ていて……影響を受けたのかしらって……」
そういえば、ママの前で私がパパのお膝に座ったこともあったし、シシリー自体も私の真似して喋っていたりしてたっけか……。
もちろん、私の今の姿は『ハナちゃん』で。
『ハナちゃん』自体は、シシリーとお友達でもなんでもないのだけど。
それでも、私はシシリーママに対してにっこり微笑んだ。
すると、彼女が初めて笑顔を見せる。
「ありがとう。あなたみたいないい友達ができて、シシリーも幸せね」
果たして、私は『いい友達』だったのだろうか。
だって私はシシリーの弱みに付け込んで身体を乗っ取った悪女である。
彼女のためにしたこと……背中を押すようなことはしていたかもしれないけれど、結局彼女の自身の環境を変えたのは彼女自身だ。私は私で、シシリーの身体をつかって好き勝手しただけにすぎないだろう。
現に、二学期になってからは本当に何もしていないのだ。
花火の研究でマーク君と仲良くなったのもシシリー自身だし、不甲斐ない彼を引っ叩いたのもシシリー自身である。インターンもまた色々騒がしかったけれど、それは私の問題にシシリーを付き合わせてしまっただけだ。
そんなことを考えながらも、『ハナちゃん』としての青春はとても平和に流れていって。
文化祭では、とうとう主役に抜擢されてしまった。
まさに憧れていたやつである。それを仲良くなったクラスの二人に話したところ、めちゃくちゃ喜んでくれて、『衣装はわたしたちが提供しますわ!』なんて言い出してしまう始末。あくまで生徒の学校行事なので謹んでお断りさせてもらったけどさ。気持ちはすごく嬉しかった。
何の問題もなく本番も終わって、いつもの二人からは持てないくらい大きな花束をもらった。観客席のクラスメイトたちもスタンディングオベーションを送ってくれている。
そんな舞台の隅っこでは『かつての自分』がアニータとアイヴィンからもらった花束にこれでもかと大はしゃぎしているけれど。
そして残る文化祭の日程も平和にのんびり過ごして、あとは後夜祭の花火だってとき。
「ごめんね、先約があるの」
友達に適当に断れば、二人はきゃあきゃあと色めきだす。
別に、本当は先約も何もないんだけど。ただ、この花火には色々あったから。ひとりでのんびりちゃんと見ようかなって思っただけなのだ。
さぁ、どこで見ようか。人気のない場所がいいな。今ならアイヴィンの研究室が空いているのかも。だって花火のときにアイヴィンは時計塔にいるのだから。
「あれ、そういやあのとき、ハナちゃんは――」
「だーれだ?」
視界を隠されるまで、背後に気配はなく。
目を覆う手を無理やり剥がして見上げれば、そこには十八歳とは思えない大人の色気を放つ美青年がとても嬉しそうに私を見下ろしていた。
「アイヴィン⁉」






