第91話 悪女、過去の自分と対話する。
さて、ハナちゃんとしていざ出動である。
もう転入準備は色々済ませて、今日から授業に合流だ。
なるべく肌が出ないような制服に身を包み、私は鏡の前でメガネをかける。
「ほんとにこれでバレないのかな……」
実際、過去の私が一切気が付いていないのだから、効力はお墨付きなわけだけど。
それでも一縷の不安を残して、いざ教室。
メガネの奥から教室を見渡せば……はい、ちゃんといます。
シシリーも、アニータも、アイヴィンも。
本当に不思議な感覚だね。
彼らにバレずに、私はこの一年同じ教室で青春をやり直すのだ。
「……ハナ=フィールドです。よろしくお願いします」
否応がなく、自己紹介の挨拶も小さくなってしまう。
メガネがあるとはいえ、声でバレないとは限らないしね。
ちなみに、『ハナ=フィールド』という名前は私が自分で付けた。
というか、よくよく考えたら八○○年前には存在していた他国語のアナグラム……とも言えない言葉遊びだったのだ。ノーズ→鼻→ハナ、とかね。我ながらもっと凝ったネーミングにしようよと思いつつも、たしかにここまで安直すぎると、案外気が付かないというもの。
実際、まったく気づいていない過去の私がお昼休みに話しかけてくるんだもの。
「ねぇ、ハナちゃん。私とお友達になってくれない?」
「結構です」
「そんなこと言わないでさ。私も今おしゃれを勉強しているの。一緒にどうかなって思って」
「興味ありません」
「それじゃあ、せめてお昼ご飯でも一緒にどうかな? あなたのこと知りた――」
「私は知ってもらいたくありません。二度と話しかけないでください」
もちろん過去の自分と友達になるとか意味がわからないので、そっけなくお帰りいただくのだが。
いやぁ、自分と話すっていうのも、変な感じ。
落ち込んで帰っていく『かつての自分』を見て、少しは心が痛む……こともなく、私はまわりにバレないように小さく口角をあげる。
いやー、これ、けっこう楽しいぞ?
別に傷ついているのは自分なら、誰に迷惑かけているわけでもないものね。
これからひっそりと過ごす青春が楽しみでしょうがない。
とはいえ、自分と遊んでばかりいる暇はない。
なんせすぐに大イベントがあるのだから!
さっそく放課後に、演劇部の新入生披露歓迎会のオーディションに向かう。
結果として、見事準主役の座を射止めるとわかっているとはいえね……なかなか緊張するものだ。
「ハナちゃん、一緒に頑張ろうね!」
廊下で列に並んでいるときに『かつての自分』が肩を叩いてきても、当然スルー。
だけど……このあと『かつての自分』はオーディションで『呪いの歌』を歌ったとして大勢に逃げられた挙げ句に、辱めのような調査も受けることになるわけで。
しかもその原因が、『今の私』が調子に乗ってチンピラを討伐しすぎたせいとか(断じて殺してはいない)……と思えば、少しは同情心も出てくるというもの。
「頑張らない方がいいと思いますよ」
めちゃくちゃ眉をしかめながらそう助言すれば、『かつての自分』は「ありがとう!」と嬉しそうに列の後ろへと並び始める。まぁ、この助言が無駄になることも知っているんだけどさ。
そしてオーディションで再会するのは、婚約者大好きな部長さんだ。
「転校生か……うちの部活に興味をもってもらえてうれしいな。だけど審査に忖度はしないから、そのつもりで」
と、こんな野暮ったくて怪しい転校生に対して、あっさり優しさと厳しさをもって接してくれるのだから……改めていい男だなーと思いつつ。
私は練習通り、肩の力を抜いて軽く歌う。
そんなこんなで一週間くらい経って。
「ハナさんは今日も演劇部の練習?」
「精が出ますわね。当日はぜひ応援に行きますわ」
オーディションに受かった話が出回るのも早く、それをきっかけにクラスの女生徒のほうから話しかけてきてくれている。
……私はただ、控えめに大人しく授業を受けているだけなんだけどね?
「あの……どうして私に優しくしてくれるの?」
なので素朴な疑問を口にしてみれば……彼女たちは顔を見合わせて苦笑した。
「最初は訳ありの方とお近づきになっても……と思っておりましたの」
「ですがこの一週間、ハナさんが真面目で健気な方だということはわかりましたし……なんだかその質問も謙虚でかわいらしく思ってしまいますわ」
いやぁ、私はただ、正体がバレないようにひっそりこっそり生活しているだけなんだけどね?
どこか腑に落ちないながらも、単純に応援してくれるというのはありがたい。
そうか……お友達って無理に『友達になろう!』て言わなくてもできるものなんだな。そういやアニータともそんな感じだったっけ?
そんなアニータは、今日も教室中に響き渡る声でひっついている『かつての自分』に対して「暑苦しいから早く離れなさい!」と叫んでいる。そんなアニータにアイヴィンが一緒に劇を観に行こうと今から誘うところかな。私もその他大勢として舞台に立てることが決まって、とても浮かれていた時期だ。
そんな光景に二人のクラスメイトは困り顔だった。
「あのように騒がしいのは……ねえ?」
「前向きになったのはいいことですけど……近寄り難いですわよね」
そっか……。二人の意見はきっと真を得ているのだろうけど。
だからこそ、より想いが募ってしまう。
アニータって、本当にいい子だったんだな……。
「ハナさん?」
思わず『かつての自分』が教室も出たあともプンスカ心配しているアニータを遠くで見つめていると、今の私の友達が心配げに声をかけてくれる。
「ううん、私も本番で二人を楽しませられるように頑張るね」
今の友達も、大切には違いないからね。
私が声を抑えながら微笑めば、二人も嬉しそうに笑ってくれる。
さて、私も『かつての自分』に負けないように気合を入れないとね!
……というやる気を表に出しすぎないように、私がいそいそ部室へ向かっていたときだった。
「ねぇ、ちょっと話せるかな?」
軽薄に、だけど誰にも気づかれないようにこっそり話しかけてくる人物がいた。
正真正銘十八歳のアイヴィン=ダールである。






