第90話 悪女、やっぱり戦犯だった。
言われてみれば、当たり前の話である。
ここは、私がシシリーとして生きた時間のやり直しだ。
つまりここの世界で起きる事件を、私はすべて知っているわけである。
「だからといって、まさか自分が悔しい思いをした元凶が自分のやらかしだとは思わなかったなー」
「自業自得だったね」
アイヴィンは呆れて肩を落としているけれど、私の褒めるべきことなのでは?
だって私がチンピラたちをぶっ倒しまくらなければ、こんな噂は流れないわけで。
つまりあの演劇部のオーディションでも、私が主役の座を射止めてしまう歴史になってしまうかもしれなかったわけですよ!
そんなありえたかもしれない歴史に私が目をキラキラさせていると、私の腰かけているのと同じベッドに座ったアイヴィンが「はあ~」とため息を吐いてきた。
「まあ、学校の中だとより注意してね。派手な行動はしないこと。ましてや、この時代の俺らには極力接触しないこと。俺がいないからって好き放題しないようにね」
その注意事項に「はーい」と気のない返事をしようとして、ふと気が付く。
「アイヴィンは入学しないの⁉」
「当たり前でしょ。だってこの時代の俺、普通に学校にいるじゃん」
たしかに、私は姿が『ハナちゃん』になったため問題ないけれど……アイヴィンはアイヴィンとして、この時間に二人いることになっているのだ。
まったく同じ姿の次代の賢者が二人いるとか、それこそ大問題に発展しがたい事案だけど……でも変装するとか、色々手はあると思うんだよね!
だけどそれを提案するよりも早く、アイヴィンは私の髪を梳きながら苦笑した。
「別に俺、学生時代に何の未練もないから。十分に楽しかったよ。どっかの枯草令嬢が毎日騒がしかったからね。若返ったとはいえ、毎日アイスで腹を冷やす無茶もしんどいしさ」
「アイヴィン、アイス嫌いだったの……?」
「根本的に辛党だしね。でも、あーいうのって誰かと一緒に食べた方が美味しいだろう?」
「あ……」
知らなかった……。
いつも私がアイスを奢ってもらうとき、アイヴィンも隣で食べていたから。
そうか、私、無自覚で無理させていたんだ……。
視線を落とした私に対して、アイヴィンは平然と言葉を続ける。
「きみが学生を楽しんでいる間にのんびり一人旅でもしてくるよ。憧れてたんだよね、そういうの」
「え、あ……ごめんね?」
今回も、私が無理やりアイヴィンを若返らせて、過去まで連れてきてしまったのだ。そんな諸々を込めてなんとか謝罪の言葉を口にしたときだった。
いきなりアイヴィンが腹を抱えて笑い出す。
「あーあ、おっかし……俺が本当に嫌がっているわけないだろ」
「わ、私のことからかったの⁉ アイヴィンのくせに⁉」
私が思いっきり顔を近づけて文句を言えば、彼はそんな私の頬を撫でてくる。
「俺だって中身はもう八十歳の爺さんなんでね。それなりに知恵と人生経験は積んできてるんだよ」
「そのうちの七割くらい研究しかしてないくせに!」
「それはきみだって同じだろう?」
なにそれ⁉ なんで私がアイヴィンなんかの手のひらで遊ばれなきゃならないんだ?
だけど彼の言うことは正論だから、私はぐうの音も出せなくて。
そしてくつくつ笑いながらアイヴィンが出してくるのは、馴染みのあるメガネだった。
あー、ハナちゃんがいつも掛けていたアレね。彼の説明によれば、これは認識阻害の魔術がかけられているらしい。
人形の身体を手に入れたとはいえ、アイヴィンはとても丁寧に若かりし頃の『ノーラ=ノーズ』の顔を再現してくれたからね。この時代の『シシリー』に正体がバレたらそれこそ歴史が変わりかねないからと、そのための対策だということ。
いや……うん、そうだね。
もしも『シシリー』としての青春が変わってしまえば、私たちがこうして無事に二度目の青春を送ろう作戦もおじゃんになってしまうかもしれないかもね。
あと並べられるのは、学園の制服など。これもやっぱり素肌が出ないようにスカートの丈が長かったり、タイツが用意されていた。はいはい、人形だとバレない対策だね。ほんと用意周到だこと。
そんな話をしょぼくれながら聞いていると、アイヴィンは優しい手つきで私の頭を撫でてくる。
「ま、一人旅に憧れていたのは本当だから。きみは俺に気兼ねなく青春楽しんできてよ。卒業式前には俺も戻るから……そこから、否応なしに騒がしい日々になるんだろうしね?」
「それは私のせいだと言いたいのかな?」
私が顔を上げたときには、もう彼は浮かび上がっていた。
すぐに出立してしまうらしい。
「本当に行っちゃうんだ?」
「なに、寂しがってくれるの?」
「……ちょっとだけね」
私が小さく微笑めば、どうしてか彼が泣きそうな顔をする。
「あーあ、このままずっときみの前から消えてしまいたくなるな」
「どういうこと?」
「教えてあげなーい」
だけど、それは一瞬だけ。
アイヴィンはすぐさまいつもの人好きする笑顔を作り、「じゃあまたね」消えてしまった。
まったく……ここまで私が男に振り回される日が来ようとは。
ときの流れは恐ろしいね。
苦笑した私は虚空に向かって呟いた。
「愛してるって言ったくせに」






