100日後に死ぬ悪役令嬢はひっそり青春を楽しんでいる④《完》
わたくしが『自称シシリーの婚約者』の方に婚約破棄を申し出たところ、皆さんがあんぐり口を開けていた。
そう、婚約者当人のみならず、一緒に中庭に向かっていたアニータ嬢やダール卿もですわ。わたくしも少々不安になってしまいます。
「わたくし、何かおかしなこと言いましたかしら?」
「こんな廊下の真ん中でそんな大事言うやつがどこにおりますの⁉」
「ここにおりますわ」
当然、わたくしはにっこりと肯定を返しますが。
どうやら『自称シシリーの婚約者』さんにはご納得していただけない様子。どうせなら今もわたくしたちの隣でお腹を抱えているダール卿のように笑ってもらいたいものでしたわね。
そんな『自称シシリーの婚約者』はわなわなと突き出した指をわたくしに向けてくる。
「貴様は……何を言っているのか、わかっているのか? この僕と婚約破棄だと? この僕だぞ⁉」
「失礼ですが、貴方のどこにそのような価値があるのかしら?」
わたくしが小首を傾げると、『自称シシリーの婚約者』はぽかんと間抜けに口を開ける。そんなお口が似合うのは赤子まででしてよ? だけどその口を閉じてさしあげる義理もありませんので、わたくしは一つ疑問を投げかけてみる。
「一応お尋ねしますけど……今はわたくしにどのような用件で声をかけてきましたの?」
「そ、そりゃあ、今日の宿題の代筆をやらせてやろうと……」
「今後一切わたくしに話しかけてこないでくださいます?」
すると、今度は後ろのお二人が噴き出す声が聞こえた。
無論、アニータ嬢とダール卿ですわ。まぁ、お二人以外にもすれ違いの方々があんぐりしていたり、ニヤニヤしていたりと、いつの間にか多くの観客を集めているようですけれど。
だけど、人前で話すことに緊張するほど、わたくしも幼くはありません。仮にも次期王妃として教育を受けてきた者ですからね。毅然とした態度でもの申させていただきましょう。
「当たり前でしょう。どこの世界に宿題を代筆をさせられて喜ぶ女がいるとお思いですか」
「し、しかし、枯草の貴様なんかそのくらいしか役に立たない――」
「わたくしのどこが枯れておりまして?」
わたくしは改めて背筋を伸ばして、口元に手を当てて微笑んでみせる。
ふふっ、わたくしに見惚れているのがひと目でわかりましてよ。多少の手入れさえしてしまえば、あとは姿勢と化粧と表情の作り方で、いかようにもなりますもの。
……それでも、元の『ルルーシェ=エルクアージュ公爵令嬢』として外見を利用することなど、今更あまり機会がありませんでしたが……こんなにわかりやすく動じてくださると、女として快感も芽生えるものですわね。
思わず口も軽くなってしまうわ。
「むしろ、わたくしにフラれて狼狽えている貴方のほうが今にも萎れてしまいそうですわよ?」
そんな不要だった軽口に、『自称シシリーの婚約者』は我に返ってしまった様子。今までの失態を取り戻すかのように激昂してきます。
「どの口が偉そうに! 僕が誰なのかわからず言っているんじゃあるまいなあ!」
「はい。一切記憶にございませんわ」
「は……?」
それが逆効果なことを、彼はご存知なかったのでしょう。
もう少し社交界に出て、色んな方と話してみたほうがいいですよ――なんて、わたくしが助言する義理もないので、わたくしは白々しく会話を続ける。
「だから、階段から落ちた拍子に貴方のことなんか全部忘れてしまいましたの」
「…………それなら、病院に行ったほうがいいんじゃないか?」
「結構ですわ。今少し話しただけでも、貴方との思い出に価値があるとは思いませんので」
「なっ……⁉」
わたくしは正論を述べただけですが、それでも多少なりと階段から落ちた婚約者に心配をしてくれた様子。その微かな良心に免じて、少しばかり助言をして差し上げましょう。
「立ち振る舞いからして、貴方は新興貴族の方かしら? 僭越ながら助言すれば、いくらお父様が優秀だろうが、油断されない方が宜しくてよ。代が変わって没落する家を、わたくしはいくつも見てきてますからね」
なのに、なぜだか彼は再び怒りをぶり返してしまっていた。
「き、貴様は何様のつもりなんだ⁉︎」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし……シシリー=トラバスタと申しますわ」
ついつい『ルルーシェ』と名乗りそうになって、不自然な間が空いてしまいましたわ。
だけどお辞儀に隙はありません。完璧にご挨拶申し上げたあとに顔をあげれば、婚約者と名乗る少年はまたまた頬を赤く染めていた。お可愛らしいこと。
「それでは、ごきげんよう」
だけど、わたくしにこれ以上の用はありませんわ。
お待たせしてしまったアニータ嬢とダール卿に対して「では参りましょう」と先を促す。ついつい時間を無駄にしてしまいましたわ。時間は有限。いつまでこの『シシリー』でいられるかもわからないから、早く魔法というものを習得してみせなければ……。
と、先を急ぎたいのに、同行者の二人の足は遅かった。
「……俺、きみに魔術は必要ないと思う」
「奇遇ですわね。あたくしもそう思いましてよ」
まあ、なんて薄情なことを仰るお二人なのでしょう⁉
階段を降りる際中で、文句を言うべく振り返ろうとしたときでした。
「あら?」
足を下ろす場所がないと思ったときには、視界が反転していて――
◆
『もう、危なっかしいなあ』
『神様⁉』
再び階段から落ちたわたくしを受け止めてくれたのは、正真正銘の神様でした。
長い白髪に、長身痩躯。まるで芸術品のように整った美貌の神様の名前を聞いたことございませんわ。
だけどいきなりわたくしの夢の中に現れては、『きみは100日後に死にます』なんて大層なことを教えてくださいました彼は、今宵も落ちてきたわたくしを受け止めてくれたようですね。
そんなお優しい神様に、わたくしはにっこりと問いかけた。
『さて、神様。わたくしに謝罪することはございませんか?』
『んん? な、なにかな?』
声が裏返っておりますわね。やはり今回の憑依は神様の手違いだったのでしょう。そのそそのっかしさ……本当に彼は神様なのかしら?
だけど、貴重な時間を過ごさせていただいたのは事実なので、強い追及は避けて差し上げましょうか。わたくしは優しいですからね。
『もう少し向こうでゆっくりさせてもらいたかったですわ』
『えっ、いきなり魔法の世界なんて怖いかと思って、早めに連れ戻したのに』
『すっっごく楽しかったですわよ!』
わたくしの全力の肯定に、なぜか神様が後ずさっている。
……本当、失礼な方ですわ。わたくしは神様の腕の中から飛び降りて、ツンと顔を背けた。
『ただ……やはりこの手で魔法が使えなかったことだけが心残りですわね』
『憑依した女の子の今後とかは気にならないの?』
『あら、神様はご存知なんですか?』
『そりゃあ、神様だからね』
すると神様が『知りたい?』と少し意地悪い顔で尋ねてくる。
それで今回の不始末の手打ちにしたいということかしら?
その申し出がそそられないわけでもないのだけど……わたくしは首を横に振ることにした。
『結構ですわ。彼女なら大丈夫だと思いますし』
『その理由は?』
『怪しげなわたくしの差し出した手を素直に取れる子なんですもの。そんな心の強い子が、あの程度の逆境に負けるなどと思えません』
『あの程度、かなあ……?』
まあ、双子の姉に虐げられて、魔法の世界で魔法が使えなくて……と、なかなか苦労は多そうですけれど。でもクラスメイトには恵まれているようですし、どうにかなると思いますわ。彼女らの助けを借りればいいのです。
『でもたしかにきみの理論で言えば、シシリーちゃんはきみより強い子かもしれないね』
『あら、どういう意味ですの?』
『いや、別に?』
まあ、深く追及はしないでおきましょう。
……わたくしも自覚がないわけではないですしね。
それに正直、わたくしには人を案じる暇などございません。
神様から余命宣告をされた身。わたくしはわたくしの世界で、まだまだ為すべきことがあるのですから。
『それでは、わたくしも残りの人生を楽しみますわよ!』
『本当、きみはブレないなぁ』
苦笑する神様に、わたくしは完璧な笑みを返す。
『お褒めいただき光栄ですわ』
『褒めてないから!』
そうして、わたくしは今日も目覚める。
わたくしが死ぬまで、あと――――
【100日後に死ぬ悪役令嬢はひっそり青春を楽しんでいる。おしまい】
これにて番外編も最後です!
お付き合いありがとうございました!!
本編の続きは、コミカライズの公開日なり、小説の続巻予定なり、今後の予定が決まってから検討したいと思っています。きっかり卒業式まで書き上げてはいますので、少々お待ちくださいませ。お手すきの間は新作も連載しておりますので、そちらで暇をつぶしていただければと思います。
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