第83話 悪女、違和感を気にしない。
「ノーラ……これ……」
(元々こんなものだったよ?)
驚愕するシシリーに対して、私はへらっと笑ってみせた。
まぁ、元からヨボヨボだったには違いないしね。
おおよそ、この身体ももって一か月……いや、二週間くらいだろうか。
当然ながら、身体があってこその命である。
身体の寿命が潰えたとき、私の命も終わる。
(そっか……誰かに悪いことされた、とかじゃないんだよね?)
(うん。侵入者が何かしたとかはないと思うかな)
外部的要因で何かされた形跡はない。
ここに来た人は何が目的だったのだろう……。
だけど、それをあからさまに調査しようとしたら、シシリーを心配させるだけ。
だから私は小さく息を吐いてから、「ねぇ、シシリー」と呼びかけた。
(今まで、こんなおばあちゃんのわがままに付き合ってくれて、ありがとうね)
そう――私がここまでシシリーを付き合わせたのは、彼女にお礼が言いたかったから。
本当はね、自分の身体で、シシリーを抱きしめたかったの。
だけど……今クリスタルから出してしまえば、いますぐこの身体が瓦解してしまいそうだから。そんな些末な独りよがりの願いは諦める。
だから、お礼だけ。
私なんかにお礼を言われても、シシリーには一銭の得にもならないだろうけど。
それでも、彼女は『本当の私』をまっすぐ見上げながら、震えた声で聞いてくる。
「ねぇ、ノーラ……もうどうにもならないのかな?」
(なにが?)
「わたしが研究者としていっぱい頑張ったら……ノーラを元気にすることできない?」
それは絶対に無理な話だ。
たとえ若返りの薬を使ったとて、こんな体では再生に耐えることができないだろう。人間の身体が八○○年保管されているだけでも奇跡なのだ。それこそ新しい身体でも作れない限り無茶な話である。
でも……そんな現実を話す必要はないだろう。
私が、最期にシシリーにしてあげられることは――嘘を吐くことだけ。
私の嘘で、シシリーが夢の第一歩を踏み出せるなら。
(……それはシシリー次第かな?)
「じゃあ、待ってて! わたしが必ずノーラを元気にしてあげるから!」
年相応の希望に満ちた表情が、とてもまぶしい。
あぁ、彼女のこんな笑顔を見られるなら、私はどんなの悪女にだってなってみせるよ。
そのときだった。背後になにか気配がする。
シシリーと同時に振り返れば、ひらりとなびくマントの裾が見えて。
(あいつが侵入者かな?)
「絶対にノーラに危害なんかくわえさせないんだからっ!」
だからシシリーさん、走り出すのが早いって。
私も慌てて彼女たちのあとを追うけれど……どうにも先頭を走るフード付きマントの男は余裕があるようで、チラチラとこちらを窺ってくる。
……なんかあの人物に、見覚えがあるような……?
そして、私たちが洞窟を出たタイミングだった。
私の背中スレスレで、洞窟の入り口に強固な魔術結界が貼られる。
この結界は、かつて私たちを閉じ込めた禁術。
すなわち、そんな術を扱えるのは――
(シシリー、身体を借りるよ!)
私のお願いに、彼女は未だに抗わない。だけど、それが今はありがたかった。
たとえ次代の賢者が相手でも、私の心の声は聞こえないのだから。
「アイヴィン! どうしてあなたがこんなところにいるの⁉」
すると、彼は自ら簡単にフードを外して。
アイヴィン=ダールはいつも通り軽薄な笑みを浮かべてきた。
「いやぁ、こないだは浮かれすぎて、見せちゃいけないものを見せちゃったから……謝ってこいって、怒られちゃって」
「……誰に怒られたの?」
私の疑問に、彼は答えない。ただ「あいつが俺と同じようなロマンチックなことを考えるとは思わなかったよ」と聞いてもいない言い訳をしてくるのみ。
このあいつは……おそらくマーク君だね。文化祭のときの謝罪をしているつもりなのだろう。
ふーん、一度は研究室に閉じこもっていたなんてしらばっくれておいて、ちゃんと『キスした人』に怒られたら、謝りにくると。
なんだろうね、この気持ちは。
怒りを通り越して……あのとき涙を流した自分が情けなくなってくるよ。
アイヴィンはへらへらと笑ったまま言葉を続けた。
「シシリーちゃんも、本当にごめんね。でも俺、きみとの約束はちゃんと守ったからさ」
本当に、こいつは何を言ってくるのだろう。
だけど、苛立つ言葉の中に違和感が残る。
――シシリーちゃん?
「ねぇ、あなたは一体――」
「それじゃあ、また。とりあえず受験がんばってね」
そうして『彼』は、虚空に消える。
長距離の空間転移だ。『私』の魔力を使えば、あとを追うこともできるだろうけれど――そうしたら、最期、私は……。
迷う私を、心の中のシシリーが止めてくれる。
(もう、意味わからない! わたし、あんな人になんか負けない……あんな人よりすごい研究者になって、わたしがノーラを救ってみせるんだからっ‼)
そう――別にいいじゃないか。
こうして新学期明け、シシリーが無事に王立研究所の入職試験に臨むことになったのだから。






