第82話 悪女、自分に会いに行く。
何度説明しても、アニータの誤解が解けない。
「ごめんなさい、傷心旅行に……あたくしついていけなくて」
「そういうつもりじゃないから。ただの観光だからね?」
(大丈夫だよ、アニータさん。わたしがノーラを支えるからね!)
いや、だからシシリーさん。
そうじゃないと何度言えば……うん、もう、いいや。
というわけで、冬休みの開始である。
本来なら新年のお祝いをするための長期休暇なわけだけど、せっかくの家族団らんな時間を、私はシシリーから奪ってしまった。
(別に、今実家に戻っても色々と中途半端だろうし……それに、アニータさんも年始すぐに新しい就職先の研修に行ったりするみたいじゃない。気にしないでよ)
と、気を遣ってくれているのか、それとも単純に旅行を楽しんでいるのか。
相変わらず、私はシシリーのことを一番知った風を装いながら、一番よくわかっていなかったりする。
今も、乗合馬車には慣れているということで、身体はシシリーに任せていた。
ゆっくりと流れていく景色を楽しんだり、一緒に乗り合わせた人たちとの会話を楽しんだりと、彼女はそれなりに退屈な時間を充実させている様子だ。
「うちはおじいちゃんが住んでいるから、たまにこうして会いに来ているんだけど……お嬢ちゃんはどうしてこんな辺鄙なところへ?」
「学校の課題で、この周辺の歴史を調べることになったんですよ」
「あー、あの極悪非道の魔女……だっけ? ここらを雪山に変えちゃったっていう」
「稀代の悪女、ですかね?」
シシリーはわざわざ訂正してくれるけど、どうせ悪名ならそこまで仰々しいのがよかったなーなんて、当の本人は思っておりますが。
ともあれ、そんなシシリーは暇つぶしに私も使ってくれるらしい。
(ねぇねぇ、今はこの辺すごく寒くて栄えていないけど、八○○年前はどうだったの?)
(栄えていたとは少し違うかもだけど……昔はもっと人気は多かったかな。鉱石の産地でね、その採掘員や研究者がよく来ていたと思うよ。ちょうど私が封印される少し前から、資源の残りが少ないことが問題視され始めていたから、都合よく私のせいにされちゃったようだけど)
というより、『稀代の悪女』が封印された土地でもあるから、瘴気が云々を恐れて人が寄り付かなくなったのだと思うけど。あと八○○年も経てば、気候も変わるというもの。山の切り崩しなどが進んだ関係で海水の温度が上昇した結果、北部の寒気が流れてくるようになったのだと思うけど……まぁ、そんな話をしてもシシリーにとっては退屈なだけだろう。
(ノーラ、こんな場所でずっとひとりぼっちだったんだね……)
(そう悪くない八○○年だったよ?)
だって、その八○○年がなければ、シシリーに出会えなかったのだから。
私は馬車から身を乗り出して、遠い雪山を眺めた。
あそこに、『本当の私』がいる。
馬車を降りて、そこから歩くこと半日。
足場の悪い中、きちんと辿り着くシシリーの体力と胆力には本当に目を瞠るものがある。
どうして、私はその運動神経を少しも引き出すことができなかったのだろう?
(もしかして、テニスのこととか引きずってる?)
(正直、シシリーの身体を魔力で動かしていいなら、もっとちゃんとできたと思うんだ)
(わたしの身体をパペットみたいに動かすってこと?)
(やらないから安心して…………あれ?)
(どうしたの、ノーラ?)
そのとき、私は気が付いてしまう。
(いや、洞窟の入り口が空いているなぁって……)
だって、封印されてから百年くらいで、崖崩れがあったはずなのに。
その山肌にはぽっかりと大穴が空いていた。
しかもご丁寧に、女の子でも歩きやすいように、雪も踏み鳴らしてある始末。
「じゃあ、中のノーラが大変ってこと⁉」
叫ぶのが早いか、シシリーは大股で走って行ってしまって。
(待ちなさい、シシリー!)
制止の声をかけながらも、私はもう知ってしまっている。
こうなったシシリーは止まらない。
だから慌てて後を追いつつ……私はどんどんと奥歯を噛み締めていた。
なぜ、八○○年誰も足を踏み入れていなかった洞窟の内部が、魔術の明かりで灯されているのか。
しかもその明かりは、まっすぐに最奥の『私』まで続いている。
「ノーラっ!」
そこには、齢九○歳の相当の老婆がクリスタルの中で眠っていた。
まぁ、わかっていたことだけど……相変わらず髪の毛はカサカサに白く脱色しているし、手足は枯れ枝のようにみすぼらしいし、腹は不必要に出ているし、それに……。
私は現実を直視して、苦笑するしかなかった。
まぁ、何度もこの身体から魔力を呼び寄せたので、自業自得だね。
どうやら私の命は、あと三か月ももたないようである。






