第78話 悪女、花束をもらう。
もちろん、私が誘う相手は彼しかいない。
「――ということで、マーク君。私と一緒に時計台で花火の観測しませんか?」
「そういうことなら……僕から誘えばよかったな」
(ノーラ⁉)
そりゃあね。アイヴィンのごもっともな意見を汲むなら、一緒の花火を作ったマーク君と見るのが筋だと思うし。それに……ねぇ? 私があくまで優先すべきことは、シシリーのことだから。
だんだんいい感じの雰囲気になっていることだし、ここらで勝負を仕掛けるべきでしょ?
(そういうことは! きちんとわたしの了承をとって!)
(だってシシリーに聞いたって『わたしはそんなんじゃない』とかまともなこと言わないでしょ?)
(もお~~っ!)
そう不貞腐れつつも、私から身体の主導権を奪わなかったのはシシリーである。
この顔を真っ赤にしたシシリーを、ぜひマーク君にも見てもらいたい。
なので、なかなかに忙しくなってきた。
当然、必殺のデート武装に彼女の協力が必要不可欠だものね。
「それで、今日一日あちこちフラフラしてましたのね?」
「いや、だから辛辣……」
もうすっかり夕方になって、辿り着いた先はアニータの私室。
一般的な三年生はクラスの出し物などもないため、アニータも例に漏れず、文化祭当日はお祭りを参加客として堪能するとのこと。だから……今日一日暇をしていたのはアニータのほうじゃないか!
「辛辣にもなりますわよ。ダール卿と仲良くしときながら、マークさんと時計塔に登るなんて……基本的にあなたの考えることはわかりませんけど、一番不可解な点がそこですわね。ダール卿を嫉妬させたいんですの? そこまでしなくても彼はあなたに惚れ込んでいると思いますが……あなたも殿方に関してはずいぶんと奔放なんですのね」
「アニータは私のことが嫌いになったの?」
涙ぐみながら尋ねれば、アニータが嘆息しながらも首元から何かを取り出す。どうやらネックレスを着けていたらしい。その長いチェーンに繋がるのは……赤い液体の入ったハート型の小瓶だ。
しっかり私からの贈り物を着けてくれている友人に、私は違った意味で涙が出そうになる。
「そのネックレス、本当に着けてくれているんだね?」
「おばあさんになるまで着けてやるって、言いませんでしたっけ?」
「そこまで言ってくれてたっけ?」
私の記憶ではまず言っていなかったと思うけど、そんなことはどうでもいい。
今日も愛い私の友人が、やっぱり不貞腐れながら視線を向けてくる。
「最終日のお化粧はしますから……文化祭の中日に、付き合っていただきたいことがありますの」
そして、いざ文化祭が始まった。
文化祭は三日間行われる。初日の午後に生徒向けの演劇部の舞台。二日目と三日目の午前中に来賓向けの舞台が二回。なので、初演は見覚えのある生徒や先生らに向けたものとなる。
「おーほほほほほほっ! この私に歯向かうなんて、八百年早くってよ!」
「残念ながら、わたくし八百年も生きるつもりなんてありませんの。わたくしと遊びたかったら、また来世でお誘いくださいませ」
結果として、舞台は大成功だった。
人前で台詞を喋って、歌って、高笑いをあげることが、こんなに緊張するとは思わなかった。
ハナちゃんも普段の不愛想とは違い、まさに令嬢そのもの。赤いドレス姿で迎えた崇高なラストは、観客の拍手と歓声で会場が割れそうになっていたほどだ。
そうして、無事にカーテンコール。
一列に並んだ演者のみんなで手を繋いで、私も隅っこでお辞儀をした時だった。
「シシリー、見事な高笑いでしたわよ!」
「お疲れ様。すごくステキな三流令嬢だったよ」
誉め言葉の是非はさておいて……どうしてアニータもアイヴィンも、大きな花束を持っているのかな?
思わず私は声を潜めてしまう。
「ちょっと、こういうのって主役の子が貰うんじゃないのかな?」
アイヴィンだけならまだしも、普段は周りの空気や礼節を重んじるコだと思っていたのだけど……。
舞台前まで花束を持ってきた彼女があっけらかんと言いのけた。
「あら、あたくしはシシリーが出演するから観に来たんですのよ?」
「それこそ文化祭なんて学生の自己満足なんだから、細かいことは気にしなくていいんじゃない?」
本当に、この二人は……。
最近どうも涙脆くなった気がする。やだなぁ、これが年をとるってことなのかなぁ……なんて思うには、今更な精神年齢なのかもしれないけど。
まぁ、主役のハナちゃんにも他のクラスメイトたちが花束を持ってきていることだし。
「さすが、すでに働いている次代賢者さまは言うことが違うね」
私も遠慮なく、二人から花束を受け取ることにする。
そして、翌日。
その日も午前の舞台を終えて、お昼からアニータと合流して文化祭を堪能しようとした時だった。
「ごめんあそばせ。あたくしはハナさんと回る約束をしてますの」
「えぇ! だって中日は一緒に遊ぼうって約束――」
「しておりません。付き合いってもらいたいことはあると頼みましたが……それは夕方からで結構ですから」
そんな殺生な~~⁉
アニータにフラれてしまい、しょんぼりする間もなく。
狙っていたかのように後ろから抱きしめてくるのが、アイヴィン=ダールという男だ。
「俺がエスコートしてあげようか?」
「……私は一切お財布出さないからね」
私の八つ当たりに、彼はひどく嬉しそうに目を細める。
「それ、いつもじゃん」






