第72話 ばーか。
王座の扉は重厚な見た目のわりに軽く開いた。
それが現スヴェイン陛下の気遣いによる魔術というのは、まるで嬉しくないけれど。
「あぁ、本当に来てくれたんだな。僕のノーラ」
あなたのじゃないっての。
そう言ってやりたいのを、グッと堪える。
時間になれば、向こうから合図があるのだ。それがどんな合図なのかは「任せて」とのことだが、それまでは何とか時間を稼がなくてはならない。
「私は誰かさんと違って、ウソを吐かない女だからね」
「あの時は……本当にすまなかった……」
スヴェインという男が、本当にしゅんと項垂れる。
そんな彼に、長年私が募らせていた疑問をぶつけてみる。
「どうして、私に冤罪を押し付けたの?」
「お前の才能に嫉妬したんだ」
なんてシンプルな答えなのかな。
あまりのくだらなさに苦笑を漏らせば、彼は「お前は本当に変わらないな」と視線を落とした。
「稀代の天才ノーラ=ノーズ。僕は王太子という肩書はあれど、魔導においてノーラに到底及ぶものでない。いつしか、お前が王座を乗っ取るんじゃないかなんて話もあがって――」
「そんなわけ――」
「僕は、お前が怖くなった」
そして、彼は手のひらから懐かしい光景を映し出す。
その技術は、紛れもなく『魔法』による奇跡。
私たちが出会った時のこと。
パーティーでケーキを奪われたこと。
協会の小汚い一室で、二人で研究に明け暮れていた日々のこと。
全部、とても懐かしい……もう遠くに過ぎ去ってしまった思い出だ。
あなたも……ちゃんと覚えていたんだね。
「才能のあるお前が、常に僕の前を行くお前が、怖くなった。ただ可愛いだけの女へと逃げて……そうしたら、お前からの報復が怖くなった。だから封印した。お前が永遠にいない世界をつくろうと思ったが……殺したとしても、もしまたお前が生まれ変わりでもしたら? 僕がせっかく築いた栄光を、一瞬であざ笑われてしまったなら?」
そんなこと、しないのに。
八百年前ですら、あなたのことを馬鹿にしたことなんて、一度もなかったのに。
ただ、私が天才だったたけ。誰も私の隣に立ってくれなかっただけ。
どうやらそんな驕りが……あなたを傷つけていたらしい。
「そう思ったら怖くなって、俺は封印することにした」
だけど、そこから見える光景は知らないものだった。
スエル王が稀代の悪女を封印し、瘴気でボロボロだった国を少しずつ再生していく姿。
魔術という新しい魔導体系を確立させ、民草から称えられる英雄となった姿。
顔や姿が変わっても、ひたすら王座に座り続け、常に国民のために働き続ける姿。
八百年間も、人の上に立ち続けるのはどんな気持ちだったのだろうね。
それこそ誰も自分の隣に立つことを許さず、ひたすら誰かのために働き続ける日々。
それはとても凛々しくもあり……とても苦しそうだった。
「だけど、すぐにその過ちに気が付いたよ。最初は民草全員が僕を崇めて、とても気分がよかった。お前が色々と開発途中だった魔法を魔術という名に変え、発表するたびに皆が俺を叡智だと崇める――だけど、すべてを発表しても、僕はお前に勝てたという実感がもてなかった。お前が遺していたものを、どれも超えることができなかったから」
そうして、国政にも力を入れて、国が本当に平和になった時。
彼が数百年生きて、ようやく一息つけるようになった時。
「僕は、後悔に見舞われた。僕は常に誰の背中を追っていたと思う?」
その問いに、私は答えない。
答えずとも、その答えは明白だったからだ。
「それからは、ひたすらにお前……ノーラを求めるだけの日々になった。そして、八百年たった今、ようやくお前に巡り合うことができた」
スヴェインという男が王座から立ち上がる。
そして赤い絨毯をゆっくり下りてきて、そっと私の肩を抱いた。
「八百年かけて、ようやく僕は真に求めていたものに気がつけたんだ。あの時は本当にすまないことをした。どうかこれから、僕とやり直してくれないか?」
それに、私は何も答えない。
ただ少しだけ口角を上げれば、その精悍な顔が近づいてくる。
「愛している、ノーラ」
懐かしい顔。だけど知らない顔。
唇と唇が触れる、その寸前。
「ばーか」
ドーンッ、と。
太鼓のような音が胸にまで響き渡る。
大きな窓を横目で見れば、空に不格好な花火が上がっていた。
まるで花とは言い難い、ただの光の残骸のような無様な花火。
その現実に、私は望む未来をわが手で掴もうとしていた友を思い、悲しくなるけれど。
合図は無駄にしないよ。私が足を踏み鳴らせば、王城内の各地から魔力の茨が集結し始める。もちろん、絡める相手は国王陛下、スヴェイン=フォン=ノーウェン。
「これはどういうことだ、ノーラ=ノーズっ⁉」
手足を茨に拘束され、強制的に浮かされた、かつて私を裏切った婚約者。
私は集まる魔力を再形成しながら、八百年生きる王様に真顔で言ってのけた。
「昔の女が、いつまでも自分を好きだと思うなよ」






