第71話 悪女、部活の成果を発揮する?
「ようやく二人きりになれたな」
「思ってたよりお呼び出しが遅いと思っていたのだけど?」
「それは申し訳ない……お前から王宮までやってきてくれたんだ。僕に直接会いに来てくれるんじゃないかと、期待してしまった」
そう言って、八百年前にはスエルの名乗っていた男が後ろからそっと抱きしめてくる。
「ずっと、ずっとお前に会いたかった」
「……私も」
私が少ない言葉で同意すると、彼は「ノーラ!」と嬉しそうに私の名前を叫んで。
私が古書を落とすことも厭わず、無理やり向かい合わせにさせては強く抱擁してくる。
だから、私はしとしとと宣うのだ。
「こないだはごめんなさい。その……突然のことに、私も気が動転してしまって」
「構わない。僕らには八百年に比べたら、こんな数か月なんて瞬きの間だ。
私は彼の腕の中から、とある大きな絵画に目を向ける。
そこに描かれた女性は、どこか見覚えのある顔だった。
とても気さくで、愛らしく微笑む女。その下には初代王妃として名が刻まれている。
没年時期は七百八十年前になるのかな。まぁ、おおよそ八百年前だね。
「あの、女性は……?」
「あぁ、もう不要だな」
冷たい声で一蹴すると共に、スヴェイン陛下が指を鳴らす。
すると、絵画が燃え上がった。赤い焔に包まれて、かつて真実の愛を見出したはずの女性を容赦なく黒い灰へと変えていく。薄笑いを浮かべたスヴェイン陛下が、ゆっくりと私の唇を撫でた。
ゆっくりと近づいてくる大人の色香から視線を逸らしたまま、私は尋ねる。
「いいの?」
「昔の女の絵なんてもう必要ないだろう? あの頃の僕はまだ若かったんだ。本当に僕に必要な女性が誰なのか、あの時の僕はまるでわかっていなかった。大切なものは、すでにこの手にあったというのに」
無駄に耳元で囁いてくる陛下を、私はいじらしく押しのける。
「陛下、今はお仕事中ですわ」
「わざわざメイドなんてしなくても、お前だったらすぐ妃に据えてやるのに」
「八百年ぶりなんだもの。いじらしいのもいいでしょ?」
「ノーラ……」
本格的に、スヴェインの顔が近づいてくる。
だけど……もちろん、シシリーの唇をあなたに渡すわけにはいかないよ?
私はそっと彼の唇を手で制止させた。
「だから、もう少し焦らさせて?」
「具体的に、いつまで?」
「インターンの最終日の夜……なんてどうかな?」
相変わらず、上背の高い男である。私が見上げれば、彼は嬉しそうに口角を上げていた。
「勿論だとも。寝室までの警護は避けておくとしよう」
「ううん。せっかくだから王座の間がいいかな」
その提案に、この男がどんな妄想をしたのかは知らないけれど――どうやらご機嫌は損ねずに済んだらしい。彼は陽気に笑い始める。
「ははっ、いいとも。それなら正装で待っていてやろう」
「ありがとう。当日楽しみにしていて?」
そして、私はスヴェイン陛下の腕の中から抜け出して、資料室を出る。
最後にちらりと見るのは、燃やされた女の亡骸。
あなたも見る目がなかったね、なんて、いつか言ってやりたいものだけど。
それはまぁ、あくまでオマケの私にはすぎた願いなわけで。
だから、私はこれからを生きる少女に話しかけるのだ。
(どう? 演劇部の本気は?)
(八百年前は、こんなことをよくしてたの?)
どうやら、私の芝居にドキドキはしてくれていたらしい。
口元を両手で隠しながら尋ねてくるシシリーに、私は思わず噴き出した。
(私、キスすら誰ともしたことないけど?)
(うわっ、悪い女だね!)
(そりゃあ、稀代の悪女様ですから?)
ふふんと鼻を鳴らしながら、スヴェインから採取した髪の毛を弄ぶ。
さぁ、これで下準備のほとんどが完了である。
あとは決戦の当日――インターンの最終日を待つのみだ。
待望の時はあっという間にやってくる。
決戦の前に少しだけ眠っておこうとするものの、まったく睡魔は訪れてくれなかった。
(ノーラが緊張しているなんて初めてじゃない?)
(稀代の悪女とて人間なんだから、緊張くらい――)
するよ、と軽口を飛ばそうとしたところで、気が付いてしまう。
本当にこんなに緊張したことなんて初めてかもしれない。
「くふふ、くふふふふふふふ」
同室の研修生仲間はもう寝ている。だから起こさないようにと笑いを堪えようと思ったけれど……ちょっと難しかった。こんなに面白いことは、あの時ぶりか。シシリーに憑依した直後、何度も階段から落ちたやつ。
隣のベッドの子から「うるさいわよ!」と何かを投げられるけど、これは私が悪い。ま、今日で最後なんだから寝不足でも勘弁してもらいたい。
(それじゃ、そろそろ行ってもいい?)
(いつでもどうぞ)
軽いシシリーからの返事に、私も苦笑しながらベッドから起きる。
(本当にいいの? もしかしたら、逆上された王様に殺されちゃうかもしれないよ?)
(どのみち、わたしはノーラがいなければ階段から落ちた時に死んでいた気がするんだよね)
(そこまでの大怪我じゃなかったと思うけど?)
あの時、たしかに首も動かないくらい痛めたけれど……それは私が何度も落ちたからで。
それなのに、シシリーは優しい笑みを浮かべながら言うから。
(わたしの心が、死んでいたと思うから)
(……そっか)
目の奥が熱くなる。私、ちゃんとシシリーの役に立っていたんだね。
だけど、泣くのは後だ。感傷に浸るのは、これからの大仕事を終えてから。
私はなるべく静かに部屋から出る。あくまで、これは私の復讐だ。アイヴィンら魔導研究所職員の諸々も絡んでいるとはいえ、シシリー個人にとっては一切関係のないこと。
そんな私怨に巻き込んで、死なせるわけにはいかない。
私が固くこぶしを握りながら向かっていた時だった。
「シシリー、せっかくの最終日に何を――」
「あら、お姉ちゃん」
すっかり忘れていたが、どうやらネリアお姉ちゃんはこんな遅くまで働いていたらしい。針仕事って言ってたっけな……初めての体験だったらしいが、最後までサボらず腐らず頑張っていたらしい。
そんな立派になった彼女を、私は正面から抱きしめた。
「ちょっと、いきなり――」
「あなたの大切な妹には、一切の危害をくわえさせないからね」
「えっ?」
これは、私が初めて『ノーラ』としてかけた言葉だったかもしれない。
「この二週間、とてもよく頑張ったね」
「なによ、シシリーのくせに偉そうに……」
相変わらず言葉は辛辣だけど、満更ではないようで。目にはいっぱいの涙を浮かんでいる。
そんなネリアを離して、私は横を通り過ぎる。
「お花摘んだら、すぐに戻るから」
適当なウソを吐いて、私は歩を進める。
絶対にシシリーだけは笑って返してあげないと――ね。
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