第35話 悪女、楽しい親子喧嘩をする。
だけど、家族円満のハッピーエンドとはいかないらしい。
「貴様、好き勝手しおって!」
鞭を常備している男なんて、一体誰が喜ぶのだろうね?
男の脚力で無理やり立ち上がり、パパの膝から落ちた私に鞭が振り下ろされようとしていた。
……もちろん、指先に魔力を集中させて弾いてやりますが。
「なっ」
魔力の小さな盾に弾かれた鞭が、豪勢な食卓を直撃する。薙ぎ払われてしまった前菜の数々に「あ~~⁉」と声を荒げたのは私だった。しまった……勿体ない。魔法で復元することはできるけど、何を打ったかわからない鞭が触れた食事は食べたくないよなぁ。
「料理人さん、ごめん……」
これはあとで謝りに行かなきゃと落ち込んでいるものの、どうやらパパもママも固まっている理由はそうじゃないらしい。
「貴様……なぜ、魔術を……」
「どうして驚くの? 魔術学校に通っているんだから、魔術が使えるに決まってるでしょ?」
「だ、だが貴様は魔力なし――」
「あっはっは。パパ知らないのー? この世に魔力の無い人間なんていないんだよー。むしろ魔力の枯渇した人間は死んじゃうって知らなかった? 魔術として行使できるかはともかく、人間大なり小なり、必ず魔力を所有しているものなんだよ」
それは、わざわざ学校なんて大それたところに通わずとも、親から子へ「人間は水分を摂らないと死ぬんだよ」と伝えるような当たり前の知識である。
「しかし、貴様は極端に魔力が少なく――」
それなのに……どうして今の世の人間は、シシリーを魔力なしと揶揄するのか。
その悪口が余計にシシリーを自分の殻に閉じ込めてしまうことに気付かないのか。
まったくもって愚かである。ただ面白がっている学生にそれを言うのは厳しいかもしれないが……彼女を健やかに育てる義務があるはずの大人に言うのは問題なかろう。
愚 か で あ る !
だから、私も容赦なく嘲笑させてもらおうじゃないの。
「そりゃあ、ず~っと大好きなパパから『嫌い』って言われてたんじゃ……どんどん心が弱くなって、自分を表に出すのが怖くなっちゃうよね? ねぇ、誰のせいで、今まで私は魔法が使えなかったんだろうね? ちなみにお姉ちゃんは最近まで知らなかったようなんだけど、魔力の素養て父親からの遺伝が大きいって知ってる?」
つまり、本当に魔力が人より少ないのであれば……それはお前のせいだぞ、と。
笑いながら言ってやれば、そのくらいの嫌味は理解できたのだろう。パパは頭まで真っ赤にしながら激昂してきた。
「ま、魔術と魔法の違いもわからぬ愚か者がワシにたてつくな! 不愉快だ!」
あら~、ごめんね? 八百年前の稀代の悪女は今、すっごーく楽しい♡
……と、そんなことはさすがに言えないので。私は振り下ろされた鞭を再び魔法であっさり弾く。あらあら、今度はママの方に跳ねちゃったね。けっこう派手な親子喧嘩をしているつもりなんだけど、ママは変わらずだんまりなんだね?
あ、お姉ちゃんはやっぱりと言いますか、部屋の隅で奥歯をガタガタ言わせている様子だ。どっちが怖いんだろうね。パパかな? それとも私かな?
とりあえず、親子喧嘩も親がいてこそ。孤児だった私にとっては初めての経験である。だから寝る時にシシリーに「ありがとう」と告げたら、彼女は思いっきり頭を抱えていた。
(やりすぎだよ……こうなる予感はしてたけど)
(ありゃ?)
そして翌朝。パパはやっぱり怒っていた。
「貴様、○○家の御曹司と婚約破棄がしたいなど、本気で言っているのか⁉」
どうしてだろう。その家名だけが耳に入ってこない……。
(わたしの婚約者のお家だよ)
そんなシシリーからの補足情報に、私はようやく合点がいく。
あー、あの頭からっぽボンボンか!
だから、今日も私はにっこり微笑んだ。
「うん。私、あの坊ちゃん嫌いだもの」
「ならいいんだな! 例の辺境伯に嫁がせるぞ⁉」
はて、例の辺境伯とは?
それに、またしてもシシリーが教えてくれる。
(今年五十七歳でお金はあるけど女性を乱暴することが好きって噂の……)
「あー……それも困るなぁ……」
そんな最低の代打案も言ってたねー。それが嫌の妥協案で、あのお金だけ坊ちゃんと婚約することになったんだっけ。
……お金ねぇ。私はぼんやりとダイニングの内装を見る。すごーく立派である。昨日今日見た中で、シシリーの倉庫(部屋とは言わせない)以外はとっても立派で綺麗なお屋敷である。
まぁ、それは後回しにするとしてパパが握り潰している書簡である。あれが○○家からのお手紙だったのかな。パパの話ぶりかして、きっかり『婚約破棄しようぜ!』と書かれているのではなく『おたくの娘さんが婚約破棄したいと言っている旨を息子から聞いたのですが本当でしょうか?』みたいな手紙だったのではなかろうか。
あのボンボン。あんな恥を晒したんだから、いい加減諦めてほしいかな。
私が色々察している間にも、パパはぎゃんぎゃんと文句を捲し立てている。
あーあ。せっかくの焼き立てパンが冷めちゃうよ。今日はしっかり私の分も食事を用意してくれていたようだから、一番美味しい状態で食べてあげたかったな。
そんな食事を尻目に私が憤慨しているパパをどう宥めようか考えていると、シシリーが珍しいことを提案してきた。
(あの……対応、わたしが代わってみても……いいかな?)






