第34話 悪女、パパに全力で甘える。
馬車で旅して一週間。
途中、宿で休み休みしても、腰が痛い。
「着いた~~!」
馬車から降りて、思いっきり腰を伸ばす私と、そわそわ背中を丸めているお姉ちゃん。
「はい、これネリアの荷物ねー」
と、御者さんから荷物を受け取って、彼女の分を渡そうとした時だった。
「貴様、どうしてネリアに持たせようとするんだっ!」
ズシズシと、玄関から出てきたのはそこそこ恰幅のいい男性だ。
少し薄い緑の髪。顔立ちはくっきり美形だけど、丸いほっぺと二重の顎などで台無しのいきなり怒っている紳士の姿に、私は心の中のシシリーに尋ねる。
(あれがパパ?)
(……うん)
そうか。やっぱりあれがシシリーを弱気にした元凶か。
それなら――と、私はさっそく荷物を地面に置いて、その紳士に抱き付いた。
「パパ、ただいまー。パパに会いたかったよぉー」
「なにを気色悪いこと言っているんだ⁉」
ひどいな、このパパ。久々に会った娘を気色悪いだと?
とりあえず、もうぶっ飛ばしていいかな?
もう館ごと消し炭にしていいかな?
なんて魔力を呼び寄せようとするも、
(お願いだからやめて?)
とシシリーに止められてしまうので、私は不貞腐れながらもシシリーパパから離れる。途端、パパは私を無視して立ちすくむネリアの元へ。
「おお、ネリア。どうしたんだ、やつなんかと一緒に同乗してくるなど。いつも別々に帰ってくるように言っているだろう? あいつはネリアとは違うんだぞ?」
「……ごめんなさい、お父様。長旅でちょっと疲れてしまったわ」
感動の再会をしようとしているパパに対して、こちらの顔を窺っているお姉ちゃん。
心の中のシシリーが視線を落としている。
だから私は何も気にせず、自分の荷物を持った。
「そうだよねー。私も部屋で少し休憩しよっかなー」
背後から「こら、ネリアの荷物も持て!」なんて怒鳴り声が聞こえた気がするけど、気にしない。私は執事っぽい人らに「どもー」と挨拶しながら、シシリーに部屋を聞く。
(……あっち)
歯切れが悪いな?
だけど案内されるがままに隅の部屋に向かい、ドアを開ければ……キーッと嫌な音がする。そして襲い掛かってくる埃に咳き込んでいると、だんだんと視界が開けてきた。
「いや、物置よりひどいから」
もう笑うっきゃない。倉庫以下だね。実家に戻るのも半年ぶりらしいから、その間まともに風通しもしていなかったのだろう。たぶん扉を開けるのは、この薪とか油とかをしまう時くらいなんじゃないかな? てか、そんなもの娘の私室に置くなという話だ。
私はバシーンッと扉をしめて、踵を返す。
向かう先はもちろん、元気のないネリアが向かった部屋。
彼女がメイドと一緒に部屋に入った直後に、私はその扉をばーんっと開く。
「お姉ちゃーん! 今日から一緒に寝よー?」
「い――――や――――っ‼」
え、全力で拒否られた?
さすがの私もちょっぴり落ち込む。
そんなこんなで無理やりネリアの部屋に荷物を置いて、私たちはダイニングへ向かう。私たちの帰宅時間に合わせて、少し早いディナーを用意しておいてくれたらしい。
さーて、仮にも侯爵家。どんな豪勢な食事が待っているのだろう?
(あまり……期待しないほうがいいと思うよ?)
(そうかな。見た感じお屋敷は綺麗だし、使用人の数も十分。いい暮らししているんじゃない? 道中の村の様子から、正直あまり期待してなかったんだけどさ)
そう、道中馬車で通り過ぎた村々に、あまり覇気がなかったのだ。
数年前に全国的な飢饉があったという話だから、トラバスタ家も不景気が続いているのかなぁと思いきや……とても立派な栄えたお屋敷である。
まぁ、領主としての是非は置いておいたとしても……長旅後の食事くらい、おこぼれに預かってもいいじゃないか――と、私は意気揚々と扉を開けてもらうのを待つ。
開かれた途端、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂い。緑が綺麗なサラダと一緒に、お魚のマリネが置かれている。すごい、生魚。この近郊に海や川はなさそうだったから、どれだけのお金を使って取り寄せたんだろう。
これは今後運ばれてくるメニューも楽しみだと、自分の席に座ろうとするも……食事が三セットしかないな? すでに座っているパパと、ママの前。
あ、あれがママか。金髪がたおやかな、だけど薄幸さがまた美人なママさんである。私と目が遭うや否や、気まずそうに逸らされてしまったけど。
で、ママとの交流はまたあとで……と、もう一つの食事のセットの前に、自然とネリアが案内されて。
あれ、私の席は?
「何を突っ立っておる? いつまで待ってもお前の食事なんか出て来んぞ?」
ニヤニヤとパパに言われて、私はようやく気が付いた。
こいつら、家族団らんの食事までシシリーを仲間外れにしていたのか⁉
(……今まではこういう時、何を食べていたの?)
(みんなの残飯を使用人さんたちに分けてもらうことが多いかな。何も食べられないってことは悪いことしない限りはないよ)
(ほう、こいつら全部食べ切るわけじゃないんだね?)
それなら解決方法は簡単だね!
いやぁ、無理やりぶんどることも簡単だけど、一応はシシリーの大切な家族である。力業の暴力は極力避けたいなーと思っていたのだ。
だから、私は遠慮なくパパの元へ近づいた。そして「えっ?」と目を丸くしている間に、パパのズボン越しでもムチムチだとわかるお膝の上に座る。もちろん、優雅に足を組ませていただきましょう。シシリーはパパと違ってママ似だから、意外と足が長いのだ。
「わぁ、美味しそう! ねぇ、パパ。何から食べさせてくれるの?」
いくら豚のように短足でも、パパはパパ。
私がニコニコとパパに甘えると、パパも嬉しかったのだろう。
「シ……シシリ~~~~っ!」
ふふっ、今日初めて名前を呼んでくれたかな。やったね。






