第30話 悪女、ストレスが限界になる。
「それで、何が目的でせっかくの晴れ舞台の邪魔をしてくれたのかな。事の次第によってはただじゃおかないけど?」
「まず、きみが本当にノーラ=ノーズなのか確かめるため。『稀代の天才』だったら、あのくらいの結界は解けるだろう?」
「まぁ、無駄にこんがらがってなければ……ね」
観劇会時の結界は、本当に『失敗作』だったのだ。でなければ、脱出にあんな手こずることはなかっただろう。シシリーがいなかったら……と、思い出すだけで背筋が凍る。
そんな嫌な思い出を、アイヴィンはろくでもない言葉で上塗りしてきた。
「あと、俺に惚れてもらいたかった」
「はあ⁉」
人が生きるか死ぬかって時に何を言っているの⁉
私が大口を開けても、アイヴィンは欠片も狼狽える様子がない。
「まさか、きみの中で『シシリー=トラバスタ』の意識が残っているのは意外だったけどね。きみが『ノーラ=ノーズ』であろうとなかろうと。彼女が何者かに身体を乗っ取られていたのは明白だったからさ。高い魔術素養がある者に恩を着せたいなって思ったんだよ」
まるで、それは全てを諦めようとしているように。
だけど何かに縋りたいと、泣いているようにも見えた。
「そして、俺に協力してもらいたいと思った」
「私に何をさせたいの?」
「研究の手伝い」
そんなの、声を震わせて頼むことでもないと思うんだけど……。
それでも、アイヴィンはどこか不安げな様子を変えなかった。
「稀代の悪女ノーラ=ノーズといえば、その悪名はあれど元は歴史上最大の天才の名だ。八百年前……今は無き『魔法』という奇跡の知識と、その天才の頭脳。それらを利用して、俺は自分の研究を完成させたい」
「人形の研究だったら、そこまでしないでも普通に相談してくれれば――」
「人体錬成と死者の蘇生……ていっても、協力してくれる?」
その単語に、思わず私は閉口する。
それは奇跡の力を行使する魔導士全員が一度は夢見ることであり、誰も成しえたことがないこと。成しえようとしてはいけないこと。
「あなたそれ、人の身で行えることじゃ――」
「そ。神への冒涜として、今の世でも特級の禁術指定を食らってるよ。それでも、俺にはどうしても生き返らせたい人がいる。そのために、俺はノーラ=ノーズの力を借りたい」
とんでもないこと言い出したね……。
全身から嫌な汗を掻きっぱなしで、身体が寒い。
この場から逃げたくても、結界を解かない限り逃げ出すことはできないだろう。
かといって、安易に「はい」と言えることでもないのだけど。
「……何回も私を殺そうとした人に、協力なんてするとでも?」
「ちなみに、最近きみのことを狙った攻撃は俺じゃないよ。むしろ、狙われているのは俺だろうな。きみを巻き込んでしまったのはすまないと思っている」
「どういう――」
そう、疑問符を返そうとした時だった。
結界の外から感じる巨大な魔力。密室状態のこの場所から感じるなんて、よほどの大きさだ。それこそ最近似た魔力を感じたのは、殺人人形に攻撃された時のような――そして、それに今度はアイヴィンも慌て始める。
「ノーラ! こっちへ」
「どいつもこいつも、私を舐めないでほしいかな!」
シシリーの婚約者くんといい、アイヴィンといい。
せっかくの楽しみにしていた体育祭の日に、どいつもこいつもごちゃごちゃ言いやがって。さすがの私も堪忍袋の緒が切れるというものである。怒っているのだ。せっかくシシリーと一緒に楽しもうとしている青春を邪魔してくる男どもめ、私を誰だと思っているんだ?
――来い、私の魔力!
こんな私怨に、シシリーの魔力を枯渇させるのは忍びない。
少しのシシリーの魔力を媒体に、私は自らの死にかけの身体から魔力を呼び寄せる。その巨大な魔力で緻密な結界の術式など、全て容赦なく焼き尽くし――
「覗き魔なんて趣味悪いんじゃないの⁉」
私は急いで廊下へと飛び出した。外の術者も、暴力的な方法で解かれた結界に驚いていたのだろう。編んでいた魔力の解除していて。
だけど、廊下でひとり立ちすくんでいた人物に、まさか私の驚かされる羽目になった。
豪奢なマントを纏う、金髪が凛々しい美形中年。その顔は、さすがの私もひと目で覚えさせられている。
「なんで、こんな場所に国王が……?」
「この魔力……やはり、おまえはノーラなのか?」
いま練られていた魔力は、明らかに攻撃を目的としたものだった。
それを私が迷わず判断できた理由は……それが現在使われている『魔術』を基盤にしたものではなく、今は空想の産物だと笑われる『魔法』を踏襲したものだったからだ。
たとえ、あらゆる禁書を閲覧できるだろう王族のトップとて、そうそう簡単に八百年前の技術を扱えるものだろうか。それに、ここ数日多かった危険な目はアイヴィンを狙ったものだと彼は話していた。つまり、国王陛下がアイヴィンの命を狙っているということ? 名の通り『王』が管理しているだろう、王立魔導研究所のエリートである、若き天才魔導士を?
いや、それより今、問題視すべきなのは――こいつは私を見て、なんて言った?
『やはりノーラなのか?』と私の名を呼んだ男は、その青い目を涙で滲ませて。
「会いたかった……ずっと、ずっとおまえに会いたかった!」
強く、私を抱擁してくる。






