第29話 悪女、先生からの説法に涙する。
保健室でアイヴィンを寝かしたあと、私は担任の先生から指導を受けていた。
「生徒同士の治療魔術の行使は禁止――それは生徒手帳にも明記されている我が校のルールだ」
「はい……」
「理由は、治療魔術は少しの乱れが取り返しのつかない惨事になり兼ねないからだ。医術師資格のハードルが高いことは有名だろう? その専門学校への進学難易度の高さを知らないとは言わないな。最近、君が成績をぐんぐん伸ばしていることは私も知っている。だけど、慢心してはならない。君は未熟だからこそ学生なんだ。慌てなくていい。今は自分ができることを、少しずつ増やしていきなさい」
「はい、すみませんでした」
……なんていい担任なんだろう⁉
ただ怒るだけでなく、私の気持ちを鑑みた上での理知的な指導。思わず泣けてきてしまう。
さらに、担任の先生は「あと……」とつややかなこめかみを掻きながら言いづらそうに話してくる。
「貴族同士のしがらみもあろう。政略結婚として、卒業後に嫌々ながら嫁いでいった女生徒たちを、私も多く見てきた」
そして、先生は私の肩を叩く。
「個人的に、私は君を応援する。困ったことがあれば相談してきなさい。どれだけ力になれるかわからないが……身寄りがなくなったところで、奨学金の案内や就職先の支援ならできる」
「……はい、ありがとうございますっ!」
もうシシリーの将来、この先生の助手とかでいいんじゃないかな~‼
絶対良くしてくれるでしょ。先生の専門なんだっけ……歴史学か。くっそ、シシリーの得意分野と違うっ‼
(いや、そんな悔しがらないでも……)
(なんでよー。師を選ぶことは大切だよ?)
心の中でそんなこと話していると、先生は「それじゃあ、彼が目覚めるまでそばに居てやるように」と先生が保健室から出て行く。「ありがとうございました!」と頭を下げながら見送って、私はアイヴィンの眠るベッドの隣の丸椅子に座った。
「……で、いつまで寝たふりしているのかな?」
「いやぁ、先生の説法を邪魔しちゃいけないと思ってね?」
そう苦笑しながら、ゆっくりと起き上がろうとするアイヴィン。私はそんな彼の肩をそっと押す。
「せっかくだからゆっくり休んでなさいよ。けっこう強く頭に当たったんだから」
「きみが治してくれたんだ。何も問題はないんだろう?」
「ずいぶんな信頼ですこと」
そりゃあ、後遺症など残らないように完璧に治したと思うが、万が一があるといけない。先生が言う通り、医療という行為は本当にデリケートなのだ。
だけどアイヴィンは私の言うことなど一切聞かず、身を起こしては頬杖布団の上でつく。
「きみの本体から、また魔力を借りたの?」
「いや、シシリーの魔力を使わせてもらったよ。だいぶ強くなってきたからね」
シシリー本人が使うなら、まだ人より弱いかもしれないけれど……これでも八百年前は大賢者と呼ばれた女だ。人より魔力を操る感覚やセンスは高いと自負している。そんな私が使えば……十分に学生の上位に食い込めるのではないだろうか。そりゃ、現在の天才魔術師さまには劣るかもしれないけど。今は、まだ。
そんな時だった。鈴のような音が聴こえる。そのあと一瞬、耳が詰まったような感覚がした。この感覚、私は身に覚えがある。
「アイヴィン、これ結界――」
「俺なりに憑依の術式は調べてみたんだけど、本体の魂が弱ったタイミングで、きみが乗っ取ったんだよね?」
結界に閉じ込められた感覚が、アイヴィンにわからないはずがない。
つまり、今結界を張ったのは――
その術者に、私は肩を竦めて会話を続ける。
「言い方があれだけど……まぁ、そんなとこかな。ただ私もきちんとしたやり方がわかっているわけじゃなくてね。今回ばかりはノリと流れで憑依しちゃったと言いますか」
「そんな世紀の大禁術をノリで成功させないでよ。本当に……ノーラ=ノーズは天才なんだな」
「だてに派手な異名が八百年続いてないよ」
完全密室の結界。当然、音も外に漏れることがない。だからこうして、聞かれてはならない秘密を話すにはたしかにこれ以上ない場所となる。長居すれば、空気もなくなってしまうけど。
「それで、二人っきりの密室で何がしたいのかな? こないだは私を殺したかったようだけど?」
それを気軽に問いてみせれば、アイヴィンは「くくっ」と笑い出す。
「やっぱりバレるよね」
「そりゃ、観劇会の時とまったく同じものを使われたらね。ただ、あの時より精密そうで解きやすそうだから……今回はちゃんとあなたが張った結界のようだけど」
「あの時は本当にごめんよ。窒息させるつもりはなかったんだ。魔力が十分な新入生二人を選んだつもりなんだけど、あんなに未熟とはね。ただちょっと怖い目を見てもらいたかっただけで、殺すつもりなんて本当になかったんだよ。頃合いを見て、俺が外から解除する予定だったし。本当に……最後の出番には間に合わせてあげるつもりだったんだ」
そう軽口のように言いのけた後、「信じて?」と見せてきた顔は、むだに色気のある表情だった。






