第28話 悪女、引き続きテニスに再挑戦する。
だけど、あの婚約者くんにあんな繊細な魔術が使えるのかな?
ズルといっても、スポーツにおける魔術の使用はなかなかデリケートである。
彼らは打球時における威力の向上と、狙い通りの場所を打ち抜くためのボールコントロールを魔術で制御している。しかし威力が高すぎればラケットが壊れる。ボールコントロールも口で言うのは簡単だが、三次元における位置の把握能力と打球速度を殺さないための風の操作が必要だ。しかも、それらを瞬時にほぼ同時に行使しなければならないのだ。
アイヴィンや私クラスなら鼻歌を歌いながらできるけど、それは天才だから。学生レベルの宿題を手伝わせようとする頭に花を咲かせた坊ちゃんにできるものだろうか。
「それで、俺らはどうしよっか。魔術、使う?」
「ただ相手の土俵にわざわざ下りてやるのもどうなのかと思って……」
「ちなみに魔術勝負になったら、俺、勝つ自信あるよ?」
「そりゃあ私だって余裕ですけど」
でも、私のルール違反はシシリーの違反になる。
私だけならともかく、彼女に汚名を着せるのは……。
(わたしなら……大丈夫だよ?)
(私が嫌なんだよ。それに……シシリーはあいつと婚約破棄、あまり望んでいないでしょ?)
心の中のシシリーに問えば、彼女は落としたように笑った。
(彼のことはもちろん好きじゃないんだけど……お父様がね、なんて言うかなって)
シシリーのコンプレックスを作ったのは、どうやら彼女の父親らしい。
血を分けた親子なのにね。望んで生まれた子供なのに、どうしてそんな酷い仕打ちができるのか……私にはさっぱりわからないし、わかりたいとも思わないけれど。
(今度の里帰り、楽しみだね)
体育祭が終われば、いよいよシシリーを泣かせてきた両親との対面である。夏に長い休みがあるらしいから、その時に『お姉ちゃん』と帰るのがいいだろう。そう――今日が終わっても、また次の楽しみがあるのだ。シシリーと過ごす青春はまだまだ終わらない。
「それなら尚のこと、綺麗な身でいないとだよね」
「ん? きみは十分に綺麗だと思うよ」
「ばか。そういう話じゃないって――」
呑気に話しながらも、今はテニスの試合中。
こうしている間にも、名を知る気もない婚約者くんは、サーブを打とうとボールを真上に投げていた。よくよく考えれば、『サーブが打てる』ってだけでも私より運動神経はいいんだろうね。これでズルをしていなければ、名前くらい聞いてあげたのに……なんて考えていると、彼の後ろの観客席にいた人物がひときわ目に付いた。
国王陛下である。そういや、現国王陛下の名前はなんだったか……。
小気味いいサーブ音が歓声の中に響く。歓声といっても「アイヴィンさまぁ♡」と色男を応援する声ばかりだ。そんな中で、その一陣の風はやたら不自然に。ボールを押して、真っすぐに私に迫ってくる。あ、当たる。
「ノーラっ⁉」
――その名前で呼んじゃダメだってば。
――でも音として自分の名で呼ばれたのは、何百年ぶりだろう。
相反する気持ちに口を動かせないでいる間に、私の目の前で色男くんが倒れる。
アイヴィンが私を庇って、豪速球を頭で受けてしまったのだ。
「……アイヴィン?」
ちょっと何をしているの? ほら、次代の賢者様なんだから。そのくらいお得意の魔術で防ぐなり躱すなりしないと。身体を張る前に魔力を練ってこその賢者じゃないのかな。
(ノーラ! 早く治療を‼)
シシリーが私を叱咤してくるなんて、初めてじゃなかろうか。
この短い間に彼女もこんなに成長しているのに……私はなんで呆然としちゃっているんだろうね。気を引き締めて、私はアイヴィンの怪我の具合を確認する。猫毛の柔らかい髪を持ち上げてこめかみを見れば、そこから血が出ていた。どうやら掠っただけらしく、怪我も深いわけではないようだ。
私は考える前に止血の魔法を使っていた。このくらいの治療なら、シシリーの魔力量でも十分だからね。元より、シシリーの心の成長に合わせて、魔力量もどんどん増えているし。魔力なんてそんなものだもの。
いつの間にか駆け寄ってきていた先生たちが「シシリー=トラバスタ⁉」と驚いた声をあげている。
「あ、ごめんなさい……」
そうだった。ここじゃ、生徒が直接魔法で治療しちゃいけないんだっけ。憑依した初日に、ちゃんとアイヴィンから教わっていたのにね。ダメだ、気が動転している。
そんな自分に、思わず笑みが零れた。
ちょっと仲良くなったクラスメイトが気絶しただけで、こんな体たらくに陥るとは。
たとえ落ち着いていなくとも、このくらいの治療を失敗する稀代の悪女様ではない。軽量化の魔法を使いつつも、アイヴィンを持ち上げ、私は「医務室に運びます」と先生方に宣言する。
観客もアイヴィンの負傷に動揺している中で……ただひとり、馬鹿が何かを叫んでいる。
「勝負から逃げるのか⁉ ぼくの不戦勝でいいんだな‼」
私の中で、何かが切れた。
私はアイヴィンを近くの先生に預け、転がっていたボールとラケットを拾う。そしてボールを真上に投げては、思いっきりラケットを振った。魔力でズルなんかしない。正真正銘のフルスイングである。
その結果――ラケットが婚約者くんに飛んで行って、その無駄に伸びた鼻頭にゴツンとぶつかったところで不可抗力なのである。私の全力のテニスがこれなのだから。
「誰がお前なんかと結婚したいか、ばーーーーーーーーかっ!」
私の大声にガヤガヤしていた観衆たちも静かになって。
その中で、場に不釣り合いのパチパチとした拍手がいくつか聴こえた。
隣のコートのアニータである。あ、控えめにハナちゃんも拍手してくれている⁉ それに釣られて、観衆たちもチラホラと拍手をし始めた。あら、国王陛下までも。
盛大な拍手に見送られ、私は再び気絶しているアイヴィンを医務室まで運ぶ。
そんな中で、鼻血を思いっきり流した名も知らぬ婚約者くんだけが顔を真っ赤にして悔しそうな顔をしていた。






