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第15話 悪女、オーディションを受ける。


(よりにもよって、なんで演劇部なの⁉)

(昔一度だけ歌劇を観たことがあってね? その時の歌姫にひどく感動したの)


 もちろん八百年前に活躍した歌姫なんて、今存命しているはずがないけれど。それでも、どうせ刹那の青春を体験できるなら、あの時自然としていた拍手を、自分でも受けてみたい。


(それにシシリーが歌姫になれば、ファンクラブとか出来ちゃうかもよ?)

(いらないよ、そんなの!)


 そしたら一気に友達百人獲得である。それに、私を通じてでも舞台に立てば、彼女の小心も多少は良くなるかもしれないしね。


 そんな一石三鳥の元、アニータから聞いた演劇部の部室へ向かってみれば……そこには大勢の行列ができていた。


「出演希望者は整列してー! 審査は今から始まっているからねー。待機時間だからって油断しちゃだめだよー」


 そう声をかける男子生徒が掲げるプラカードには『新入生披露観劇会オーディションはこちら』と描かれている。なんていいタイミングなのかな!


「お仕事中に失礼するね。入部希望は新入生じゃなくても大丈夫なのかな?」

「あなたは三年の……まぁ、入部に学年の制限はかけてないですけど……先輩も興味あるんですか?」


 さすがの私も覚えてきたよ。青いリボンを付けた彼は二年生。一年生は赤いリボンみたいだね。現に整列している生徒のほとんどが赤いリボンだ。数人青いリボンもいるけど……あれ、あの緑のリボンは……?


「よし、絶対に合格する!」


 私が向けた視線の先を、プラカードくんも気が付いたらしい。


「あの人も先輩の友達ですか?」

「友達になろうとして……思いっきりフラれたんだよね」

「えっ……」


 そう、新入生に混じって並ぶ三年生の彼女を見間違えるはずがない。

 地味な三つ編み。分厚い眼鏡。長いスカート。お昼に話しかけて玉砕した転校生のハナ=フィールドである。……彼女も演劇に興味があるのか。これはやっぱり友達になる運命なのでは?


 私は列に並ぶ前に、彼女の肩を叩く。


「ハナちゃん、一緒に頑張ろうね!」


 すると、ハナちゃんはめちゃくちゃ嫌そうに眉をしかめながら「頑張らない方がいいと思いますよ」とエールを送ってくれた。うん、応援だよね。私は前向きに解釈しておく。




 並んだタイミングが遅かったせいか、私のオーディションは最後の方になった。五人ずつ審査しているようで、私以外の四人はみんな一年生だ。自己紹介で噛んでしまったり、歌唱の声が小さかったり……これぞ新入生。みんな可愛いね。だけど審査員の現役演劇部の人らはとても真剣なようで、ずっと険しい顔をしている。だから余計に新入生が委縮しちゃうんじゃないかな。


 その中で、自己紹介が噛み噛みだった少女が歌い出した時――場の雰囲気が変わった。澄んだ声が、まるで砂漠に落ちた一滴の水のように体に染みわたる。その歌声は、私が八百年前に聴いた歌姫の声と遜色ないほど美しい。


 彼女が歌い終わった時、誰よりも大きな拍手を送ったのが私だった。こちらを見てはにかむ顔がさらに愛らしく……私が審査員だったら、間違いなく彼女を劇のヒロインに選ぶだろう。


 ま、私は今から彼女を上回る必要があるわけど。


(ノーラは……歌えるの?)

(声が出るなら誰でも歌えるものでしょ?)

(えっ?)


 そんなこんなで、私の番である。


「三年、シシリー=トラバスタです。部活動に貢献できる時間は少ないけど、誰よりもやる気はあります! 公平な審査をよろしくお願いします!」


 審査員にはきちんと礼儀を。

 私が頭を下げると、部長らしき少年が「勿論、学年で忖度するつもりはありません。トラバスタ嬢の歌声、楽しみにしてますね」と真摯に言葉を返してくれる。同じ緑色リボンだけどクラスは違う少年だ。シシリーの悪名も知っているだろうに紳士だね。婚約者候補の一人に入れておこう。


 心のメモ帳に記入してから、私は大きく息を吸った。

 審査は自由曲で行われる。だから私が歌うのは――八百年前に聴いた、歌姫が歌っていた曲。その歌曲は余命短き乙女が死への恐怖を隠したまま、残された人生を前向きに歩いていく姿を綴った歌だ。私は封印される時、何かを残したいなどと思う暇すらなかったけれど……今も、彼女への尊敬の念を忘れたことはない。


 我ながら、なかなかうまく歌えたのではなかろうか。

 現に私が歌い終わっても、審査員や他の参加者の皆が息を呑んだまま拍手を忘れている。


 これは……あまりの歌声に言葉を忘れちゃったやつだよね?

 私から「どうでしたか?」と尋ねてあげようとした時だった。


「に……逃げろおおおおおお! 呪歌だ! 保健医に解呪してもらえええええ!」


 この場にいた全員が、振り返ることなく教室から走り去っていく。


「え?」


 ぽつんと残された私は疑問符をあげることしかできなかった。




「あーはははははっ! さすが俺の愛する女性、やることがいちいち面白い!」

「ごめん……今、本当に落ち込んでいるから勘弁して」


 結論から言えば、もちろん私が歌った曲に魔法的要因はない。

 ただ……誰も知らない古い曲を、保険医曰くものすごくクドイ歌い方した結果――呪われた歌だと勘違いされてしまったらしい。近頃どこかの都市で、そんな殺害事件が多発しているんだそうだ。


 歌に魔術的要素を込めることは理論上可能だし、古典魔法のひとつにもあるくらいだけど……さすがに酷すぎやしないだろうか。実際、保健室に押し掛けた生徒らの皆に何も被害はなく、厳重警戒した先生らの前で私が歌ってみせた結果、ただの勘違いということになったのだが。


 その調査にために呼ばれたらしいアイヴィンに、今こうして大笑いされている始末である。


「ごめんって。購買でアイスでも買ってあげるよ。あのチョコの入ったやつ気に入っているんでしょ?」

「そうだね。今日は甘い物でも食べて、また明日から頑張ろうかな」


 私がトボトボ購買へ向かおうというのに、お財布になってくれるというアイヴィンが付いて来ない。私が振り返ると、彼は思いっきり目を丸くしていた。


「また他の部活に挑戦するつもり?」

「私はそんなに短気じゃないよ。演劇部に決まっているじゃない」


 真面目な顔で答える私に、アイヴィンが一呼吸置いてから口をあんぐりと開けた。


「まだ諦めないのっ⁉」



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