雨の日が大好き! ~だったあのころ~
小さいころ、雨が降るとよく外へ出ていた。
特に何か楽しいことがあったわけでもないのだけど、雨の日に外へ出ると特別な気持ちになれたのだ。
長靴を履いて水たまりの中を歩くのが好きだった。
水たまりの中へドボンと飛び込むと、ざぶんと水が足元から飛び出していく。
何度もぬかるみの中で足踏みして、水をざぶざぶ波打たせる。
まるで小さな海の支配者になったような気分だった。
どんな水たまりも、長靴を履いていれば濡れない。
最強の装備を手に入れたような気持だった。
普段、履きなれている運動靴とは違う、ゴムのぐにゃっとした感覚が好きだった。
わざとかかとを踏んでみたり、つま先を動かして長靴の感触を楽しんだり、一人で色々やって遊んでいた。
雨の日だけ履く長靴は、幼いころのたらこにとって特別だった。
傘をさして歩くのが好きだった。
ぽつぽつと雨が傘を叩く音が好きだった。
滴る水滴を見ながら歩くのが好きだった。
傘をさしていると雨から身を守っているような気がして、胸が高鳴った。
雨が強ければ強いほど、傘をさして歩くときの高揚感は強くなる。
どんな雨でも傘は防いでくれる。
最強だ。
ズボンやシャツがびしょびしょになっても、傘をさして雨の中を歩くと楽しい気持ちになれた。
家に帰って過ごしていると、濡れた衣服は気づいたら乾いている。
傘を差せばその程度で済んだのだ。
雨の日に傘をさして歩くと、別世界を探索しているような気分になる。
傘は冒険をするときの相棒だった。
合羽を着て雨の中を歩くのが好きだった。
水たまりに落ちた雨の波紋。
しゃがんでずっと眺めていた。
傘をさしていたら、雨が遮られて波紋ができない。
だから合羽を着て観察する。
水たまりにできる波紋は、まるで雪のように儚く消えて行く。
そんな小さなエネルギーの波動に美しさを感じていた。
合羽を着ると、両手が自由になった。
最強の鎧を着たような気持になって、あちこち歩き回る。
どんなに雨が強く降っても、合羽を着ていれば大丈夫。
隙間からしみ込んだ水が衣服を濡らしても、まったく気にせずに雨の中を歩き回った。
台風の日が好きだった。
強風がびゅうびゅう吹き荒れて、大粒の雨が斜めに降りつける。
学校が休みになり、昼間の間ずっと家にいて、台風の情報をテレビで見るのが好きだった。
窓からのぞく外の世界は、いつもと違う全く別の世界。
見知った光景が灰色に染まっていた。
まるで弾丸のように降り注ぐ雨は、そこら中に水を灌ぐ。
排水溝があふれかえる。
ドブがいっぱいになって川になる。
道の上を誰かの帽子が流れていた。
どこか遠くで雷鳴が鳴り響き、強風で木々が大きくしなる。
窓には葉っぱが何枚も張り付いて、雨戸がガタガタと音を立てる。
一変した世界は、あこがれた冒険の世界のよう。
外へ出たくて仕方がなかったが、さすがに親に止められた。
台風の日に一度だけ、切断された電線を見たことがある。
風吹かれて生き物のように動く電線。
切断面から電気がビリビリ放出されている。
実際にこの目で電気を見たのは、雷以外ではその時だけ。
絶対に触ってはいけないものだと理解していたが、その美しさに目を奪われた。
確か白い色をしていたと思う。
もしかしたら紫だったかもしれない。
強風の中でほとばしる電流。
まるでアニメのようだった。
気づいたら、雨の日が嫌いになっていた。
傘を差そうと、合羽を着ようと、長靴を履こうと、必ずどこかが濡れる。
ズボンの裾はぐしょぐしょになり、運動靴はびしょびしょ。
濡れたつま先がとても冷たい。
雨が降った日に外へ出るなんて絶対に嫌だ。
通勤するのも億劫だ。
雨の日はジョギングが出来なくなる。
走ることにはまっていた時期は、雨の日は一日憂鬱だった。
とにかく走りたくてたまらないのに、モヤモヤがたまったままで気が滅入る。
雨の日が嫌いになったのはいつからなのか。
正確には覚えていない。
すでに高校生の頃には嫌いになっていたと思う。
雨の日は憂鬱だった。
働き始めてから、台風が来ると戦々恐々とする。
雨の日でも休めない仕事なので、大雨の中、車を走らせて出勤した。
大雨だと視界が悪くなるので、運転に気を遣う。
高速で動くワイパーが鬱陶しい。
対向車が見えづらい。
前を進む車との距離が分からなくなる。
とにかく台風の日に仕事へ向かう時は、緊張して嫌になる。
いつも以上に慎重に運転しなければならない。
子供の頃、雨が好きだったのは、きっと何も知らなかったからだろう。
濡れた服は親が洗濯して乾かしてくれたし、びしょぬれになった時はタオルで拭いてくれた。
思いっきり遊んで疲れたら、夕食を食べて寝るだけで良かった。
あの頃は何も知らなかった。
台風の日にニュースを見ると、大雨での災害が報道される。
被災者のことを思うと胸が痛む。
子供の頃は、こんなニュースが流れていても何も感じなかった。
今ではちゃんと理解している。
雨は恵ばかりもたらすものではない。
時に全てを奪っていくのだと。
今日も雨が降っている。
歩く時は水たまりを避ける。
できるだけ短い距離で移動を済ます。
家に帰ったらお風呂に入って身体を温め、濡れた服を洗濯機に放り込む。
窓の外を眺めると、灰色に染まった世界。
横ぶりの雨がガラスをたたく。
子供の頃に雨が好きだったことを思いだすと、胸が締め付けられるように苦しい。
今はもう……あんな気分になれないだろう。
子供の頃、雨の日が好きだった。
大人になった今、雨の日が嫌いだ。
好きなものが嫌いに変わるのはとても切ない。
そんなことを思いながら、雨を眺める。