ガルムとの出会い
「おっちゃん、この串焼き20本ちょうだい」
「あいよ、よく食べるな兄ちゃん。ああ、隣の犬魔獣の分もか」
美味しそうなタレのかかった鳥魔獣の串焼きが良い匂いをさせている。
門番のところでは少し手間取ったが、一般の獣人はガルムのことを高等魔獣だとは思わないので変に目立つこともない。愛玩魔獣に似たような犬魔獣がいるし、そもそも高等魔獣を見たことのない獣人の方が多いからだ。
ガルムがまだ幼体なのもあって、随分でかい犬魔獣だな、ぐらいにしか思われていないだろう。
串焼きを用意してもらっている間、俺の隣に大人しく座って尻尾をぶんぶんと振り回している。
『まだか!?まだか!?』
「もうすぐだよ」
ガウガウと吠えるガルムに対して返事をする俺をみても、「親馬鹿だな」という生温かい視線を向けられるだけだ。
「はい、20本。銀貨1枚ね」
「ありがと」
20本で銀貨1枚ってことは、串焼き2本で銅貨1枚か、良心的な値段だな。
「ガルム、あそこの木陰で食べよう」
『おう!!はやく食おう!!』
もうガルムのよだれがものすごいことになっている。
丁度座れそうな段差を見つけたので、座ってガルムの分の串焼きを串から外し、器に盛る。
「いただきます」
『いただきます!!!』
ぱくっ
「『~~~~~!!!』」
「うま~~~~い!!!」
『ワオォーーーーーーン!!』
突然遠吠えをするガルムに通りすがりの人がビクリと肩を揺らすのが見えた。すまん。
「空腹は最高のスパイスっていうけど、本当だな……生きてて良かった……」
『はぐはぐっ……ロウガが初めてくれた飯ぐらいうめえ~~!!』
そう言って勢いよく器の上を綺麗にしていくガルムに、思わず目が潤む。
「大きくなったなあ……」
ガルムと俺が出会ったのは5年前の冬、俺が13歳の時のことだった。
この頃から育ての親である義父が仕事で家を空けることが多くなり、ロウガは片田舎の小さな家で一人冬支度をしていた。
義父は家を空ける度に申し訳なさそうな顔をしていたが、ロウガは寂しくはなかった。
義父が仕事に出ている間は鬱陶しいほど手紙が毎日届き(返事を書かないと枚数が倍増する)、近くの町まで仕事で来たという義父の仲間、つまり女王直属軍警察の面々は頻繁に顔を出しに来るし、近所に住む猫族のミムルおばあさんとその孫のリーシャも優しかった。
その日、ロウガは薪にする枝を集める為に近くの山に入っていた。この辺りは小型の魔獣しか出ない為、ロウガなら一人で対処もできた。
背中に背負った竹籠に枝を拾っては入れていく。半分ほど集め終わったところで、ふと嗅ぎなれない匂いがした。
「魔獣……?」
どこか懐かしいような、だけど明らかに魔獣の匂い。普通の獣人であれば気づかなかっただろうが、ロウガは嗅覚の鋭い種族の獣人の中でもさらに鼻が良い。恐らく動物の血を濃く残しているのだろう。
このあたりでよく出る兎魔獣や栗鼠魔獣とは違う匂い。もっと危険な……。
『ちちうえ……ははうえ……』
ピクッ、とロウガの耳が動く。微かな匂いに加えて、今確かに聞こえた。小さな声が。いや、鳴き声が。
『どこです……さむい……おなかすいた……』
クゥン、という高い鳴き声がだんだん弱弱しくなっていく。
鳴き声と匂いを頼りに山の奥へ向かって走り、ロウガはその正体を探した。
「どこだ……どこから声が……」
すると、木の根元に隠れるように丸まっている黒く小さな毛玉を見つけた。
大人の兎魔獣よりも小さい。30センチぐらいだろうか。
近くまでゆっくり行くと、足音に気づき頭を持ち上げた黒い毛玉が微かに震えながらグルル……と小さく唸った。
『だれだ……ちかづくな……ぼくはつよいぞ……』
毛を逆立てて唸っているが、どうみても強くは見えない。
「黒狼の子ども……?」
黒狼は故郷でみたことがあるが、めったに獣人の前に姿を見せない高等魔獣だ。
確かに成獣は3メートルを超え、大型の肉食動物種の獣人でも太刀打ちできない強さだが、恐らくこの黒狼は生まれて1か月も経っていないだろう。
「なんでこんなところに……」
この辺りは黒狼の生息地ではない。それに、付近に他の黒狼の気配は全くなかった。
「……俺はロウガ。君の名前は?どこから来たの?」
なるべく優しく聞こえるよう問いかけるが、黒狼の警戒は解けない。
その時、クゥ……と小さく黒狼のお腹の音が鳴った。
ロウガは昼ご飯にと思い持ってきていたハムサンドイッチの存在を思い出した。確か黒狼は肉食だが、このぐらいの子どもでも食べられるだろうか…。
サンドイッチからハムを抜いて、小さくちぎってそっと口元に差し出す。
暫くロウガを睨んで唸っていたが、空腹に耐えかねたのかスンスンと匂いを嗅いだ後、ぱくりと小さな口でハムを加えた。
「か、かわいい……!」
はぐはぐとハムの欠片を飲み込んだかと思うと、ぼたぼたと大きな涙の粒を両目から溢す黒狼の子ども。
ロウガは何も言わず、次の欠片を差し出した。次はすんなりと口に入れ泣きながら食べる。
『おいしい……』
サンドイッチに挟んでいた2枚の薄いハムを食べ終え、名残惜しそうにぺろぺろと口の周りを舐めるその姿の可愛いことといったら。ロウガにないはずの母性が目覚めた瞬間だった。
「もっと食べたいだろ、一緒においで」
そう言って軽い身体を持ち上げると、抵抗せずに腕の中に納まった。恐らく生まれて間もないが故の無防備さ、だがその温かさと柔らかさに、なぜかロウガも少し泣きそうになった。
そうして家に連れ帰り、追加のハムをあげながら聞き出したところによるとこの黒狼は遥か北方の地からやってきたらしい。
5日ほど前、群れが狩りに出ている間留守番をしていたところ、巨大な鳥魔獣に攫われ巣に連れ去られ、命からがら逃げだしたが今度は熊魔獣に襲われそうになり、走って走って獣人のいる街まで下りてしまい、運悪く愛玩用の犬魔獣と勘違いされて捕まり珍しい毛並みとして王都まで運ばれる途中で脱走し、延々と走って山の中へ逃げ込んだところで力尽き、そこをロウガが発見したという。
途中で獣人に捕まったこともありどのようにここへ辿り着いたかもわからず、家族の元へ帰すことはできそうにない。
運が悪いのか生命力が強いのか、よくもここまで生き延びたものだと思った。いくら成獣になれば敵なしの高等魔獣とはいえども、生まれて間もない間はその辺の小型魔獣より非力なのだ。
『おまえ、なんでぼくのことばがわかる?』
そういえば、というように少し落ち着いた黒狼が尋ねる。そう、普通は魔獣の言葉を獣人は解さない。
「俺がもっと小さい頃に黒狼に会ったことがある。俺の種族はみんな黒狼と話せるよ」
『ふうん……ロウガのかぞくはどこだ?』
「……同じ種族という意味ならもういないよ。みんないなくなった。もしかしたら、弟はどこかで生きてるかもしれないけど。家族は今は義父がひとり、仕事にいってるけどね」
『ぎふ?』
「血の繋がりはないけど、お父さんって意味だよ」
『おとうさん……ちちうえ……』
「えっと……名前は?」
『……ガルム』
「ガルム、今すぐは無理だけど、いつか君の故郷を探しに行こう。それまでうちで一緒に暮らさないか?」
そうロウガか言うと、ガルムは少し黙って、ぺろりとロウガの手を舐め、小さく尻尾を振った。
仕事から帰ってきた義父がガルムを見てひっくり返るのはまた別の話だ。
「可愛かったなあ~~~」
昔を思い出してロウガがにやにやしていると、たし、と膝に大きな肉球が置かれる。
『そうだ、俺は可愛い!!もっと肉食いたい!!』
可愛い可愛いと育て続け、自己肯定感が変な方向に天元突破したガルムが口の周りをぺろぺろと舐めながら尻尾を振っている。
図体はロウガよりも大きくなったが、ロウガにとってはいつまでも可愛いことに変わりはない。なぜか口だけが妙に悪く育ってしまったが。
「よし、じゃあ次はあの牛魔獣のステーキにしよう!」
ワフッ!と尻尾を振るガルムと共に、3日分の食事を取り戻すかの如く、ロウガは片っ端から屋台の料理を食べつくした。