プロローグ
「あーーーー腹減ったーーーー」
盛大にお腹の音が鳴る。
いつもは道中の森などで適当に狩りをして食料を調達するのだが、ここは砂漠。
見渡す限り、砂、砂、砂。小魔獣一匹見当たらない。虫ならいる。
そして、暑い。めちゃくちゃ暑い。
「あんの、詐欺師め!何が砂漠は半日もありゃ越えられるだ!もう3日だぞ!!」
『マジで許せねえよなあ!?殺してくるか!?』
見た目は大きな黒い狼、黒狼と呼ばれる魔獣の一種であるガルムが牙を剝き出しにして吠える。
「殺すのはだめだ」
『わかった!!』
図体が俺よりでかいので忘れそうになるが、ガルムはまだ生まれてから5年。
現在常識というものを学んでいる途中だ。
前の街を出るときに、今目指しているスルティスという街までどれぐらいかかるかと酒屋で尋ねたら、山を一つ越えて、その先の砂漠を半日歩くと教わった。
なのに! 俺とガルムはもう砂漠を歩き続けて3日目。山の中ならいくらでも食料を調達できたが、ここには虫以外の生物が見当たらない。多めに持っていた水も底をつきかけている。
「やばい……腹減って死にそうだ……」
『オレも……あと暑くて死にそう…』
この際、虫でもいいか…?と、思い始めた矢先、今までの乾いた砂の匂いとは違った、スパイシーな匂いが鼻を掠めた。
隣をみると、ガルムもひくひくと鼻を動かしている。
匂いを辿って歩を進めると、蜃気楼の向こうに探し求めていた街の影が見えた。
先ほどまで干からびて死にそうだったのが噓みたいに、急に気力が回復してくる。
「ガルム! あれだ! ようやく着いたぞ、スルティスだ!」
俺より全身が毛皮で覆われている分よほど暑かったであろうガルムをみると、尻尾をぶんぶんと振り回しハッハッと息を切らせながら今にも走り出しそうにしている。
「よし、走るぞガルム!競争だ!」
『よし来た!行くぜ!』
ワフッ!!と大きく吠えたガルムが地面を蹴るのと同時に、俺もスルティスを目指して駆け出した。ようやく、飯が食える……!!
ライオネル・プライド。数多の動物がヒト型に進化した「獣人」達が住む巨大な国。
ここでは王族であるライオン種を筆頭とした大型肉食動物種たちが権力を握り各地に領地を持ち、草食動物種を含む全種族を束ねて社会を形成している。
種族によって身分階級が定められており、力の弱い小型動物種や草食動物種はほとんどが低い身分にいるが、協力し合い慎ましいながらもたくましく生きている。
種族によって定められた身分の壁を超えるのは難しいが、その身分制度と職業の偏りは、ある種この世界のバランスを保つのに辿り着いた一つの形でもある。
力のあるものが弱きものを守り、弱きものは力のあるものを支える。
それは獣人以外の生物から自分たちを守るための手段なのだ。
この世界には獣人以外の魔獣という生物が存在する。
祖先を同じにするが、耳や尻尾は動物の名残があるもののヒト型に進化して文明を発展させてきた獣人と違い、獣型に進化し野生に生きるものたち。殆どが理性を持たず言葉を解さず、獣人魔獣の区別なく獲物を襲う完全なる獣。
例外は家畜として育てられたり愛玩魔獣として飼われたりもしている獣人を襲わない草食の魔獣や小型の魔獣と、高い知性を持ち獣人の言葉を理解する高等魔獣と呼ばれる種族だが、それは魔獣全体の10%にも満たない。
魔獣は獣人よりよほど戦闘能力が高い。草食動物種が魔獣に襲われるとひとたまりもない。
それを大型肉食動物種が軍を組織し魔獣を倒し、獣人の世界を守っている。と同時に、魔獣を食す雑食や肉食のものたちの食糧確保もしている。だからこそ、大型肉食動物種に高い地位が与えられているのだ。
スルティスはそんな大型肉食動物種の一種、虎族の領主が治める街。
砂漠にあるオアシスにできた、旅人や商人の中継地として栄える比較的新しい街である。
「止まれ!!」
街の入り口で豹族らしき門番に止められた。白い麻布の制服が涼し気で羨ましい。
思いっきりガルムのことを凝視しながら、おれに片手を差し出す。
人の言葉を理解する高等魔獣ってだけでも珍しいのに、ガルムはその中でもさらに希少な黒狼だからな。
「身分証と通行料を」
「はい、どうぞ。早く頼むよ、もう3日も砂漠を彷徨ってほとんどなにも食べてないんだ」
そう言ってしゃがみ込むと、門番は不思議そうに首を傾げた。
「なぜ3日も?山を出てからは半日で着いただろうに、何か用事があったのか?」
「……半日?」
こいつ、酒屋の親父と同じことを言ってやがる。
「ああ、半日もあれば山に着く」
ガルムが不思議そうに俺を見上げてピクピクと耳を動かす。
そう、こういうことは初めてじゃない。初めてじゃないが……
「まさか……」
「たぶん……迷ってたのかも……」
「真っ直ぐ歩くだけなのに!?!?」
驚いたのか門番が瞳孔をまん丸にして耳と尻尾をピンと立てる。
「真っ直ぐ歩いたんだけどな~」
途中でガルムと遊んでいる最中に方向を見失ったのかもしれない。
「とにかく、腹が減って死にそうなんだ。もう行っていい?」
「いや、ちょっと待て、そこの魔獣はなんだ」
『そこの魔獣とはなんだ!!!オレは可愛いことで有名なガルムだクソが!!死ね!!』
とんでもない暴言を吐いているがガルムの言葉は俺にしかわからないので、門番にはただガウガウと吠えているようにしか聞こえていないのが救いだ。
生まれたてのガルムを拾ったときから可愛い可愛いと言って育てたせいか、自分のことを世界で一番可愛いと思っているが、ガルムはどこからどうみても可愛い。違った、普通の獣人から見れば恐怖の対象になるでかさの魔獣だ。成獣になればあと2倍くらいでかくなるけど。
「こいつは黒狼のガルム、俺の相棒だよ。獣人の言葉も分かるし、獣人を襲いもしない。保障する」
そう言って笑いかけるが、門番の厳しい表情は変わらない。
「なぜお前のような大型といえどもただの犬族が高等魔獣を従えている?」
そう、身分証に記載されている俺の種族は犬族のハスキー種。犬族は同じ種族の中でも犬種によって大きさや能力が大きく異なる珍しい種族だが人口は多い。たまに大型がささやかな爵位を持っていたりもするが身分はほとんどが平民。ちなみに猫族と犬族がこの国の人口TOP2だ。
「んー、たまたま小さい頃に森で拾ったんだよ」
「馬鹿な、それぐらいで高等魔獣が従うはずがない」
そう、普通、高等魔獣は自分より力の弱い獣人に従わない。例外は身分の高い種族の獣人の元で生まれ育てられた高等魔獣ぐらい(買おうとすれば街が1つ買えるぐらいの値段がするらしい)で、犬族ごときが従えられる魔獣ではない。
なぜなら、高等魔獣は獣人の言葉を理解するが、獣人は高等魔獣の言葉を理解できないからだ。力づくで従えさせる強さを持つか、生まれた時から刷り込むかしか選択肢がない。
そう、俺が本当に犬族なら、ガルムも俺には従わなかっただろう。
『ばーーーーか!!ロウガは犬族じゃねえよクソ豹!!』
「こら、ガルム、一体誰に似てこんなに口が悪くなったんだ……」
ガウガウ吠えるガルムに返事をする俺を見て、門番が眉間の皺をさらに深くする。
「ああ、もう、腹減った、いいから通してくれない?」
本当はあんまり見せるものじゃないが、とにかく腹が減って死にそうなので、胸元からもう一つの身分証、ペンダントのドッグタグを出してちらつかせた。
訝しげに覗き込んだ門番がハッと目を見開くと、ビシッ!!と敬礼して俺から目線を逸らす。
「し、失礼しました!!どうぞお通りください!!」
「どうもどうも。行くぞ、ガルム」
『おう!腹減ったー!!』
俺の名前はロウガ・ダークレイ、18歳。身分証上の種族は犬族のハスキー種で平民。
もう一つの身分は『女王直属軍警察』、通称『女王の狗』。
本当の種族は……大方察しがついているだろうが、まだ秘密だ。