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第62話 戴冠式

 ライオネル王は急激な病状の悪化のため死亡したと発表された。王の急な死をいぶかしがる者もあったが、もともと病状は重いことが公に知らされていたため、多くの人々は自然と受け入れた。


 ウェンリィが王位を継ぐことについては、ライオネルが後継者として明確に指名し、諸侯の間でも合意が形成されていたため、大きな混乱はなかった。むしろ、諸侯や民はライオネルの精神錯乱による国内の混乱に疲弊しており、健康な若い王を歓迎する者が多かった。若い王は王都の民衆にも人気があり、そのことも新たな王の誕生を後押しした。ウェンリィが本人であることは他ならないライオネル自身が肯定しており、これも多くの者が自然に受け入れていた。


 ほぼ同時期に姿をくらましたモーゼフとライオネルの死を関連付けて論じる者もいた。表向きモーゼフは失踪したことになっていたが、何者かに殺されたのだという噂も一部で囁かれた。しかし、この不気味な老人を嫌う諸侯は多かったし、大きな問題にされることはなかった。むしろモーゼフに弱みを握られていた者たちは彼がいなくなってほっと胸を撫でおろしたのだった。モーゼフに国庫からの横領という弱みを握られていたディミトリィもその一人だった。


***


 大聖堂で新しい王の戴冠式が行われる。大司教が玉座の後ろの神へ祈りを捧げる間、立ち会う諸侯と廷臣は黙する。大司教が祈祷を終え振り返ると、シオンが進み出てひざまずく。大司教が威厳を込めて聞く。


「神の代理者として問う。汝、国土を守る守護者となることを誓うか?」


「はい。誓います」


 控えていた侍従たちがシオンに素早く絹の法衣をまとわせ別の侍従と入れ替わる。入れ替わった侍従がシオンに首飾りを差し出す。本物の王家の首飾りだ。ライオネルが身につけることのなかった首飾り。シオンは優越感を覚える。彼は首飾りを受け取り首から下げる。


 さらに別の侍従たちがそろそろと王冠を運んでくる。子供の背丈ほどもある高い冠だ。これは戴冠式のときのみ使用される冠で、王は普段は小型の王冠をしている。侍従たちの手によってシオンに王冠がかぶせられる。不安定なので侍従たちが冠を周りで支えたままシオンが立ちあがる。そしてゆっくりと玉座の段を上る。そしてゆっくりと諸侯たちのほうに振り返る(支える侍従たちにはもっとも緊張が走る瞬間だ)幸い王冠が落ちることはなかった。


 シオンは諸侯たちを見渡してからゆっくりと玉座に腰掛ける。


「これより余がこの国の守護者として国土を守り、治めよう」


「善き治世、長き治世を! 陛下!」


 シオンはもう一度諸侯たちを見渡す。綺羅星のごとき高貴な者たちが全員自分にかしずいている。オルセイがいる。アーロンがいる。マリウスがいる。ジョゼフがいる。エリクがいる。この国の有力貴族たちが全ている。悪くない景色だ。


 父はかつてこの部屋の末席、いや、この場にいることすら許されない身分だった。その父の倅が、こうして国中の権力者たちを従わせているのだ。


 ついに手に入れた。この国を。最高の権力を。もはや自分の上に人はいない。厳しい鍛錬に耐え、危険を冒し、知恵を絞り、幾度も死線を抜け、多くの人間を踏み台にし、血に塗れながら勝ち抜き生き残り、この頂きへ登ってきた。


 レナードをみる。これまでみたことのないほど満足そうな笑みを浮かべている。父もまた自分と同じくこの最高の勝利を噛みしめていた。二人で登ったのだ。この頂きに。


 王の執務室でシオンとレナードが密談している。


「おめでとうございます。陛下」


 レナードが祝いの言葉を述べるが、その顔はすでにいつもの冷静沈着な男に戻っている。


「しかし、いつまでも勝利の喜びに酔いしれているわけにはまいりません。新しい王には試練が待つものです。国内には問題が山積しております」


 シオンはうなずいた。


「多くの諸侯は新たな王の誕生を喜び歓迎しています。しかし、ライオネルが手なずけていた者たちは不満のようです。ライオネルを支持して玉座に座らせた彼の崇拝者たちです。精神錯乱がはじまってから支持を失っていましたが、死んで美化され、再び崇拝がはじまったようです。先の戦でも勝利を決定付けたのはライオネルの帰還であり、国を救ったのはライオネルであったと主張する者たちがいます」


 レナードがうなずく。


「諸侯が結束して王を牽制するのはいつの時代も同じです。賢い王は彼らの拠り所を押さえ、それに対処します。彼らの忠誠を陛下に向けさせ、国を一つにまとめ上げなければなりません。次に打つべき一手は、結婚による国内の結束強化です。いま彼らの忠誠が向かっているのは、ライオネルの血を継ぐ者の中で唯一生き残ったあの娘です。ライオネル崇拝者の忠誠を陛下に向けさせるには、陛下とあの娘が一つになることです」


 あの娘とはもちろんティアナのことだ。


「わかっています。父上」


「素早く動きたいところですが、娘は父親を亡くしたばかり。少し時間を置く必要があるかもしれません」


「普通ならそうかもしれません。しかし、もし王女が望めば?」「手ごたえはあるのですか?」


「その点はお任せください」


 シオンは思った。あの美しい女のことははじめて見たときから気に入っていた。必ず手に入れたいと思っていた。美しく、教養があり、そして高貴な女。ずっと手を出すのを我慢していた。今こそ手に入れるときだ。


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