第53話 祝杯
その夜、戦勝者たちは勝利の祝いで酒を飲んでいた。城の備蓄に加え、敵の荷駄から奪った酒や食料が振る舞われた。
男たちの主な話題のひとつは、ユリヌスが惨い死体となってみつかった話だ。数多くの修羅場をくぐり抜けた屈強な男すら、目を背けたくなるような凄惨な状態だったらしい。
――死ぬまでに想像を絶するような苦痛を味わったに違いねえ。
ユリヌスはアルヴィオンの兵たちにとって最も憎き相手であったが、その死に様のあまりの悲惨さに同情するような声すらあった。
ジェンゴはしたたかに飲んでおり、すでに出来上がっている。下戸で酒を口にすることがないフレドが見かねて注意する。
「飲み過ぎるな。明日には王都に向けて進軍する。俺たちはそれに先立って出発して王都を偵察せねばならん」
ジェンゴはみるみる不機嫌になる。
「俺たちが城で一万の兵と殺し合っている間、お前は何をやっていた?どうせ安全な場所で安全な任務についていたんだろ?」
「偵察の任を果たしていた。敵にみつかれば命は無い危険な仕事だ」
「へんっ! 俺たちは本当の地獄にいたんだ。俺に言わせればお前のやっていたことなどガキの遊びだ。最も危険なところで体を張っているのは俺やサキやヴァンだ! 頭はお前を可愛がっているが、俺はてめえを認めていねえからな」
フレドは表情ひとつ変えずジェンゴを無視して立ち去った。“谷”の後継者はフレドかヴァンだと目されている。自然と派閥ができている。ジェンゴははっきりとヴァンの支持を表明しているが、フレドの実力は認めているはずだ。
剣術の実力で、フレドとジェンゴとヴァンは突出している。冷静さや判断力の点でジェンゴは次期頭の候補から落ちている。もっとも頭となれば前線に立つことは無くなるから、前線を好むジェンゴは望んでいないのだが。
「お前は頭になれると思うか?」
「さあな」
「頭になる者に必要なのは指導力、“谷”への忠誠心、実力だろう。お前は何一つあいつに劣っていないはずだ」
「だが俺は異国からの流れ者だ」
フレドは生粋の“谷”の人間である。
「そんなのは関係ねえ。お前のことは俺たちも“谷”の人間もよく知っている。信頼できるやつだ。そしてあいつは酒を飲まないが、お前は飲む。それがもっとも重要だ」
ジェンゴが大声で笑う。フレドは情報収集など、後方の任務を命じられることが多い。頭は後継者候補としてフレドを大事にしているのだろう。いっぽう前線の重要な任務を任せられるヴァンも、信頼されているからこそ危険なところへ派遣されているとも解釈できる。
サキとしてはヴァンが頭になってくれれば、と思う。頭は“谷”の女を妻とすることになっている。そうなれば王女とヴァンが一緒になることはない。“谷”から選ぶとすれば、それは……。
すでにジェンゴは大きないびきを立てて寝ていた。自分ももう眠ろう。体は今日の戦いで疲れ切っている。明日の朝は早いのだ。今頃王都にこの戦の結果が知らされているはずだ。王都は一体どうなっている?
サキはふと目を覚ます。まだ夜中だ。ジェンゴが大きないびきをかいて寝ている。ヴァンも眠っているようだ。先ほどまで壮絶な殺し合いをしていたとは思えないほど星が美しい夜だ。月が出ている。
眠気が再びやって来るまで散歩しようと思い、ジェンゴやヴァンを起こさないように静かに起き上がる。
夜風が心地よい。ぶらぶらと歩いていると丘の木の下で男女が星を眺めながら語らっているのに気付いた。サキは夜目がきくのでわかった。シオンとティアナだ。
「シオン様は約束を果たしてくださいました」
「遅くなり申し訳ございませんでした」
「きっと来てくださると信じていました」
二人が急接近しているのは傍から見ていてもわかる。嬉しがってはいけない、ヴァンに悪いと思いつつも、サキにとってそれは嬉しいことだった。
***
王宮ではモーゼフがいちはやく前線の情報を入手していた。モーゼフはその情報をディミトリィに知らせる。
「ご快復されたライオネル陛下が帰還され、諸侯が次々と寝返り王太子軍は壊滅しました。王太子とユリヌスは戦死したそうです。陛下はデュランから借りた兵は返し、アルヴィオンの諸侯とともにこちらへ向かっております」
矢束を担いだツン族の男がふたりの脇を通り過ぎる。
「王都にはユリヌスが守備として置いていったツン族二千が残っています。ツン族の多くは勝ち目のない戦に見切りをつけてすぐに脱出するでしょうが、一部は残って籠城の準備を進めています。このままでは王都を焼く戦になりかねません。ツン族によって略奪も行われるでしょう。王宮も守りを固めねばなりませんな」
ディミトリはうつむいて、酒気を帯びて鈍った頭を働かせた。
(このままでは俺は王太子になびいてライオネル陛下を裏切った逆臣だ。陛下が戻ったら評議会の椅子を失うだけではすまないだろう。首をはねられる)
「ライオネル陛下が戻られる前に王都から逃げますか?」
傍らにいたニコロの問いにディミトリィは顔を上げた。
「いや」




