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第40話 事件

 王女の寝室から先ほどまで悲痛な嗚咽がずっと漏れていたが、今は静まり返っている。王女は先ほどの評議会での王太子の宣言を受け、あまりのショックに気を失いそうになりながら、サキに支えられながら寝室に帰ってきた。寝室に入ると寝台に倒れ込み、大声で叫ぶと泣きはじめた。


「私は王族の者として、覚悟はしていたわ。国のためにどこか父上が決めた貴族の男と結婚することになるのはね。だけどあの男とはあんまりよ」


 王女は泣きながらそう言い、「しばらく独りにして」と言うので、サキはティアナを寝室に残して外に出ていた。


 寝室の前でサキは、ティアナにどう言葉をかけてよいかわからず途方に暮れていた。


 ふいにユリヌスがあらわれた。


「ここは王女殿下の寝室。元帥閣下といえどお通しするわけにはまいりません」


「すぐに夫婦になるんだ。そうすりゃ毎日通うことになる」


「今はまだご夫婦ではありません」


「どうせ俺の女になるんだから同じことだろ。ちょっと先に味見するだけだ」


 押し通ろうとするユリヌスにヴァンらは剣を抜く。呼応してユリヌスに付いていた衛兵たち二人が剣を抜く。ユリヌスはヴァンを押しのけ扉を開けようとする。


 次の瞬間、ヴァンはその手に剣を振りおろした。ユリヌスの右手の指が二本、床に転げ落ちる。


「うあああああ!ってえ!」


「貴様ぁっ!」


 衛兵の刃がヴァンに向けられる。衛兵のもう一人がユリヌスを支えようとする。ユリヌスは息を切らしながら憤怒と苦痛で歪んだ顔で睨みつけてくる。


「とにかくユリヌス様をお運びするぞ」


 衛兵たちは数的不利な状況だ。ここはユリヌスの治療を優先するため一旦引くことにした。衛兵の一人がユリヌスを支えてヴァンらに背を向けて歩き出す。もう一人の衛兵はヴァンらに剣を向けながら距離を取っていく。


 ヴァンから声がかかる。


「おい、忘れ物だ」


 ヴァンは二本の指を拾って投げてよこす。驚いた衛兵は受けそこない、指は床に散らばる。衛兵は慌てて指を拾いなおし、去っていった。


***


 ユリヌスは寝室で王宮医が処方した痛み止めの薬汁をのみ、落ち着いてきた。右手には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。セフィーゼが入ってくる。


「大変だったそうね」


 表情には出さないが、その声には嬉しさも滲んでいる。


「王女を今すぐ手にいれたいのでしょうけど、父上からの言いつけよ」


 セフィーゼはハラゴン王からの手紙を見せる。手紙には結婚まで王女に触れることを固く禁じると書いてあった。セフィーゼが首を振る。


「王女の護衛は忠実に職務を遂行しただけだった。処罰することはできないわ」


「そうか」


 セフィーゼは意外にも素直に受け入れたユリヌスに驚いた。


 実はユリヌスにとってもそれは好都合だった。あの男が今回の件であっさり処刑されるなど許せない。あいつにはたっぷりと苦痛を味あわせてから殺さなければ。いずれ別の理由をつけて罰してやる。そして王女のことは条件付きだ。結婚するまでは。裏を返せばその後はなにも禁じていない。ユリヌスは唇を歪ませた。


***


 タロスとシオンがサキらのところにやってくる。


「あのユリヌスという男、報復に来ないですね。一体何をしたんです?」


 サキの問いに、シオンが説明する。


「セフィーゼ宛てのハラゴン王の手紙を偽造したんだ」


 モーゼフから評議会のあらましを聞いたシオンとタロスは手紙の偽造作業をはじめた。結婚まで王女に触れることを固く禁じるという内容だ。その手紙をハラゴン王からだと偽ってセフィーゼに届けたのだ。何とかそれで時間を稼げた。だが、タロスが苦渋に満ちた表情で言う。


「この工作が明るみに出るのは時間の問題だ。手紙が偽造だとばれたら、真っ先に疑われるのは手紙を管理している我々だ」


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