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第22話 狂王と魔王

 デュランの別動隊を指揮する将校は唖然としていた。


「馬鹿な。こんな早くやってくるはずがない」


 敵の進軍の早さもだが、方向も想定外だった。西はドーラが固めているからそちらから攻められることはないはずだった。だから西側の警備は手薄になっていた。


「なぜだ?」


 戦いは一方的な展開で推移し、すでに掃討戦の様相を呈している。


 馬上から指揮するライオネルの背中をみながら、ヴィドーは舌を巻いていた。王都を立つ前からライオネルはドーラと交渉をはじめており、ある条件と引き替えに砦から兵を退かせることに成功していた。デュランは王都からの援軍を警戒し、別動隊を南に配置していたが、ライオネルはこの動きを完璧に読んでいた。ライオネルはこのあたりの地形を知悉している。巧みに敵から姿を隠しながら、ドーラの脅威が無くなった西側から接近し、別動隊を攻撃した。想定外の方向から想定外のタイミングでの敵の襲来に、デュランの兵たちは反撃の間もなく敗走している。


「城はまだなんとか持ちこたえているようです。諸侯の軍勢と合流したら、城を包囲している敵の本隊を叩きますか」


 ヴィドーがライオネルに問うと、王は振り返らずに答えた。


「いや、これ以上の犠牲は両国にとって不毛なだけだ。交渉で解決する。クルセウスに使者を送れ」


*** 


 ライオネルはヴィドー、オルセイ以下少数の騎士を引き連れ、デュランに指定された場所にやって来た。戦時に似合わず花畑が一望できる丘の上だ。クルセウスが台座に腰かけている。少年たちが世話をしている。クルセウスは煌びやかな装飾がほどこされたゴブレットで葡萄酒を飲んでいたが、ライオネルが近づいてくるとゴブレットを傍らに侍っていた少年に渡した。クルセウスが何か言おうとしたところ、ライオネルが機先を制した。


じじぃめ。貴様が戦場に出てくるとは珍しいこともあるものだ」


 この悪態のせいで、ただでさえ張りつめていた空気が一層重くなった。ヴィドーは胃に痛みを感じた。ライオネルの目的は交渉での解決のはずだ。そうでなければわざわざこうして出向くわけがない。しかし、場の雰囲気を和ませるような挨拶も無しにこんな険悪な憎まれ口ではじめるとは。魔王と狂王が対峙した地獄のような沈黙がしばらく続いた。


 突然に、クルセウスが破顔一笑した。顔中に走る複雑な皺の紋様がさらに様々な曲率で歪んだ曲線になり、迷宮のような様相になった。唐突で不可解な笑顔にその場の誰もが固まってしまった。


「ここの花は美しい。アルヴィオンにも見事な花が咲くのだな」


 クルセウスはうっとりとして花畑を眺望した。瞼の奥にある真意は読めず、ヴィドーは不気味なものを感じた。クルセウスは花畑からライオネルに視線を戻して言った。


「ドーラが兵を引きあげてしまったようだが、何を差し出したのだ?」


「息子をドーラの王女と婚約させた。さて、貴国の優位は崩れたが戦を続けるか?」


「やれやれ。貴様が回復するとはとんだ計算違いだった。よかろう。これ以上続けても互いに消耗するだけだ。兵を退こう」


 停戦が成った。ヴィドーはほっと胸を撫でおろした。それだけ聞くと、ライオネルはさっさと身を翻して立ち去る。ヴィドーらも続いた。


 ライオネル達が引きあげた後、脇にいた側近の者がクルセウスに困惑顔で言う。


「アルヴィオンの王家とドーラの王家が親族になり結束を強めると、我が国にとっては好ましくない状況ですな」


 しかしクルセウスは不気味にほほ笑んだ。


「ドーラの王が何の野心もなく娘を差し出すと思うか? これからきっと面白いことが起こるだろう」 


***


 ライオネルらが王都へ戻ってきた。タロスからシオンのことを聞いた元帥は、シオンとアーロンが囚われている牢獄へやってくる。


「陛下が裁判の無効を認めてくださった。おい、開けろ」


 ヴィドーに促され、牢番が牢の扉を開く。アーロンはシオンに小声で伝える。


「ここに殿下のために命を惜しまない男がいることをお忘れなく。私にできることがあれば何なりとお申し付けください」


「すまない。できる限りはやくお前をここから出す」


 シオンが牢を出る。ヴィドーがシオンの肩に手を置いた。


「また働いてもらうぞ」


「はい。閣下」


 ヴィドーが向きを変えて歩き出すと、シオンはアーロンに一度うなずいてみせ、ヴィドーに続いて牢を離れた。


***


 元帥の執務室で、ヴィドーは厳しい目でマッセムをみている。


「私に嘘をついたな? シオンが使いに出ていると言った」


 マッセムは何か反論しようとするが元帥は口を挟ませない。


「囚人から私への伝言を握りつぶしたな? タロスはたしかにお前に伝言を頼んだと言っているぞ」


「お忙しい父上のお手を煩わせまいと思って」


「もういい!」


 元帥はそっぽを向いてしまった。そして息子に冷酷に言い放った。


「この執務室には二度と入ってくるな。王宮を去れ」


「そんな」


「話は以上だ。故郷へ帰る準備をしろ。十日以内に荷物をまとめて王宮を出て行け」


 マッセムは何か言おうとするが、諦めて執務室を出ていった。元帥は深くため息をついてシオンをみる。


「すまなかった。息子の仕打ちについて謝罪する」


 廊下に出たマッセムは暗い気持ちになっていた。父には何度か怒られてきたが、あんな怒りははじめてだ。今までは数日あければ父の怒りはおさまったものだが、今度の怒りも冷却期間をおけば鎮まるだろうか?王宮を離れるということは元帥を継がせる気がないということだ。まさか領地も?領地も継がせる気がないということはないだろうか?


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