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借金メイドはいらないですか?  作者: 海老の尻尾
2/2

その2 あの世ですか?

「ん……? ここ、どこ?」


 目を醒ますと私は見知らぬ天井を見上げており、フワフワな毛布とベッドにくるまれていた。しかも今にも崩れ落ちそうな我が家の天井とは違い、キラキラと豪華な装飾が施されている天井。そして硬い煎餅布団に樟脳の匂いのする我が家の寝具とは違い、噂に聞く羽毛布団に甘く良い香りが漂っている。夢かと思って頬をつねるも確かに痛い。


「私、確か借金取りに追われて雪のなか外で寝て……」


 なのにこんな真逆のところにいて…… あ! なるほど死んだのか! それならば納得はいく。でも……


「もう少し、長生きしたかったなあ……」

「死んではいませんよ、お嬢さん」

「ふぇえっ!?」


 完全に一人だと思っていた空間から急に渋い男性の声が聞こえた。思わずその方を振り向くと声のイメージ通りの口髭を生やしたダンディーなおじ様がそこにいた。190cmはある身長に引き締まった体躯。

四十歳か五十歳なのか分からないほど若々しい印象がある。


「お体の方はいかがでしょうか。こちらハーブティー、紅茶、緑茶、コーヒー、はたまた白湯がございますのでお好きなものをどうぞ。これら以外にリクエストがございましたらご自由に」

「…………」


 喋りながら迅速に、また余計な音を出さずに飲み物を注ぐ姿に言葉が出なかった。というかこの人誰?


「え、っと。その……」

「申し遅れました。私、この屋敷で執事長をしております流川(ながれかわ)と申します。以後お見知りおきを」

「は、はあ」


 いきなり自己紹介されてこっちは頷くしかなかった。というかそんなことを聞きたいわけじゃない。


「それより、ここはどこなんですか? なんで私こんなところに?」

「そうでしたね。優先すべきはそちらでした。失礼しました」


 深々とお辞儀をした後くるりと体を翻した。


「坊っちゃん、こちらへ」


 扉を執事さんが開けるとその中から自分と同じくらいの男の子が現れた。


「こちらの坊っちゃんがお嬢さんをお助けになりました。さぁ、自己紹介を」

「…………」


 執事さんが一歩下がって控えてもその男の子は口を開かずにこちらをじっと見つめるばかりである。その様子に後ろの執事さんもやれやれといった感じでため息を吐いていた。


「仕方ないですね…… お嬢さん、こちらは銀傘家の当主、銀傘壱乃丞(いちのじょう)様の息子の銀傘(れい)様でございます。少し人見知りのところがありますが何卒ご容赦下さいませ」

「そ、そうですか…… え? 銀傘ってもしかしてあの超メジャーブランドの!?」


 銀傘といえばこのあたりでは知らない者はいないくらい有名な高級ブランドである。カバンやバッグなどの頑丈性がウリであり女性人気よりも男性人気の方が高いレアなブランドである。そしてここはその屋敷…… ということはここは水切町(みずきりちょう)!?。どれだけ逃げてきたんだ私。


「ご存知でしたか。ありがとうございます。ところでお嬢さんはどちらから来られたのですか? 必要であれば車の手配を……」

「あ! いや…… その……」

「? いかがなさいましたか?」

「…………」


 どうしようか。いうべきであろうか。第一印象的には悪い人には見えないけど…… なにしろついさっきまで追われていた身であるし、そんなにすぐに信用できるわけではない。でも……


「……分かりました。何か事情がおありのようですね。しばらくお泊りになられてはいかがでしょう。こちらは大丈夫です」

「あ、ありがとうございます…… 一週間以内には出ていきますから」


 泊めてくれるのはありがたいがずっといるのも申し訳ないので一週間以内には去ろう。完全に信頼できるわけではないから。二人は部屋を去り、私を一人にしてくれた。


「私、これからどうしよう……」


 ひとまず命の危機は去ったようだけどまたいつあの借金取りが来るか分からない。それに帰るべき家も今はどうせ差し押さえになっているだろうし、それに所持金はカラオケ帰りで800円しか持っていない。一人暮らしするためのアパートも借りないといけないし、生活費も稼がないと。


「学校、行きたかったな……」


 中学生の頃は当たり前だと思っていた友達という存在。それがいざ手に届かないものとなったと気づいた瞬間ふと口と目から後悔が流れた。


「はっ、いけないいけない」


 泣いても腹は膨れない。人生で培ってきた教訓の一つ。でもいざ完全に失ったときはそうそう抑えられるものではない。


「ん……」

「えっ?」


 一人物思いに耽っていたため人のいる気配に気づかなかった。涙で赤くなった目に映ったのはさっきの男の子、澪君? だったっけ。彼は表情一つ変えずにハンカチを手渡した。


「我慢、しないで、いいから」


 たった一言。言葉もたどたどしく男らしい声ではなかった。でも今の私には何よりも頼りになり、包み込んでくれるような言葉に聞こえた。貰ったハンカチはもののすぐにビショビショになってしまった。その無様な姿を何も言わずにただ見守ってくれていた。この人は信用してもいいのかもしれない。そんなことを思えるくらい優しい人には違いない。


「ごめんね、ありがとう。れ、澪君……」


 あまり男の子と喋ったことのない私だけどなんとか目を見てお礼が言えた。ハンカチを受け取ると部屋から出て行ってしまった。


「あの子のためにも悲しい顔してちゃダメだよね!」


 何もかも失った私だけど新たに得るものもある。この世には怖い人やダメな人もいるけど優しくて良い人もいるのだと再確認することができた。今日一日で人生のグラフはジグザグと変動したなー、と考えながら熟睡することができた。




「坊ちゃん、あのお嬢さんの様子は大丈夫でしたか?」

「……うん」

「それにしても拾われたとはいえ、あの坊ちゃんがあそこまで干渉するとは…… 何か心境の変化でもおありでしょうか?」

「……内緒」

「……左様でございますか」


 流川は恭しくお辞儀をして自室に戻る澪を見送った。しかし何年も仕えている執事の目には表情一つ変わらない澪の顔が綻んでいるように見えた。

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