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失われたあなたに

作者: gaffiot

本当のことを言います。

私はずっと、あなたがいなくなってくれないかなと思っていました。


もちろん、嫌いというわけではありません。

でも、お金がかかるのです。とてもかかるのです。

私の手にあふれるくらい、かかるのです。


私の心は一方で、あなたをどんなになっても救ってあげたいと思います。

でもじっさいに暮らしてみたら、私はどんなになってもなんて耐えられなかった。

無理でした。私は弱かった。何もかもできるなんて嘘だった。


私はあなたを愛したい。嫌いなはずなんてない。傷つけたいはずない。いなくなってほしいはずもない。そんなわけがない。世界中の誰よりあなたの幸せを願っています。守ってあげたい。許してあげたい。笑わせてあげたい。救ってあげたい。

でも、無理でした。頭の中の冷静な私がいいます。私は私のために生きるべきです。身を粉にしてあなたのためにいきて、それがなんになる? 朝起きて、昼に、夜に、深夜に。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。


あなたは、暇をつぶすように生きていましたね。明日のことを考えるのに憂いて、今日の快楽ばかりを求めていました。おそらく、あなたは絶望していたのですね。たぶん私だけは、その絶望がわかります。私も、暇をつぶすように生きているからです。

だから、あなたに声がとどかないとき、私は苦しくなります。あなたに伝えたはずなのに、あなたは動いてくれません。絶望が深い分、そこから逃れるのに躍起になっていたのでしょうか。


私はあなたを愛したい。でも、あなたは私の声に応えてくれない。私の声に応えてくれないと、私は苦しむばかりです。私が愛するあなたが、私を苦しくさせるのです。なぜ自分を愛してはくれないのですか? なぜ明日のことを考えてくれないのですか? なぜ一緒に生きようとしてくれないのですか。

人を変えようという気持ちはおごりであると、よく耳にします。人を変えようとすることは傲慢だから、うまくつきあうには合わせていくしかないそうです。けれど、わたしにはわたし自身の人生があるのです。わたしの人生が二つあれば、一つをあなたにあげましょう。でも、わたしは一人なのです。なぜわたしを、あなたと一緒に生きていけるようにしてくれないのですか。


愛しているなんて気持ちはわかりません。いつでも、わたしは心のどこかで、あなたがいなくなってくれないかと思っていたのですから。きれいごとばかりじゃないと、どなたかはいうかもしれません。愛憎の区別はつかないのだから、両方の面があるのだから、それを何と名付けても私の自由で、いっそ愛と呼んだとしても問題はないくらい、名前に意味はないのだからと、いうかもしれません。わたしはずるい人間です。どんな人にだって適切な距離があり、近すぎて、要求を言われすぎれば疲れてしまうのだと、考えることができます。私は疲れてしまっただけなのだと、思ってしまえます。

けれどもわたしは、こんな気持ちが愛であるなんて、認めたくありません。わたしは、あなたの人生に価値を見出していなかったのですから。あなたが絶望を抱く姿を、どこかで愚かだと断じて、それに寄り添うことを避けたのですから。わたしは、あなたが愚かだと思っているのですから。愚かで、大切で、愛しいあなたが、いなくなってくれないかと私はずっと思っていたのですから。


年を取ると涙もろくなると言いますね。私は泣けない若者でしたけれど、二十五を過ぎたあたりから、涙もろくなりました。涙は誰のために流すのでしょうか。色々なひとがいるのでしょう。けれど、私にとって、私の涙は、たぶん自分のために流れています。私は、自分の人生が報われ、幸せになるべきだとおそらく考えています。報われてしかるべきであり、当然であり、けれどもその当然は私の手にはない。だから、道理が通らなければ不条理に泣き、当然が手のうちに入れば報われたと泣く。大方そんなところなのでしょう。この心の動きは、どうにも私から切り離せないように思っています。だから、あなたのことを思うと雨が降るのは、あなたのためにではないのでしょう。ただただ私は不幸を嘆いているだけです。


まるで夢のようです。物語のようです。胸を襲う苦しみもなく、悲しみもなく、ただ私は、暇つぶしに一時の不幸を嘆いています。嘆きながら、自分の愚かさと、あなたの愚かさを断じています。なにもかも、わかりません。雨が降るのだけが本当だと、開き直ることもできません。私にとっての本当は、あなたの白い顔と、冷たい鼻でした。


なんで、もっと明日のことを考えてくれなかったのですか。わたしは、あなたと過ごしていたかった。なんでいなくなってしまったのですか。あなたに見せたいものがたくさんあったのに。あなたともっとしゃべりたかった。あなたともっと笑いたかった。わたしは軽薄に笑うことしかできないじゃないですか。


わたしは、あなたのことを愚かで、想像力のない人だと思っていました。けれど、もしかしたら、ずっと前からあなたは壊れてしまっていただけなのかもしませんね。だとしたら、きっと私も壊れかけなのでしょう。五十歩百歩というところでしょうか。きっと、私はあなたのようになるのでしょう。明日のことを考えず、絶望して、ひとを失望させることになるのでしょう。


なにもかも、わかりません。あなたが本当にいなくなったことを、わたしがいつ知るのか。あなたが何に絶望していたのか。あなたは果たして壊れていたのか。なんで雨が降っていて、あなたの鼻は冷たいのか。あなたへの手紙を、どんな言葉で結べばいいのか。


もしもわたしがあなたならば。あなたは私が絶望することを望まないでしょう。暇をつぶすように生きないでくれ、壊れないでいてくれと願うでしょう。だから、それをあなたへの贐にします。わたしにとっては、とても大変なことです。無理かもしれません。でも、わたしがあなたなら、そう願うでしょうから、まずは取り組んでみることにします。


せめて安心して、いなくなってください。

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