星の光を探求する者
街の様子がだんだんと活気づいてきている。祭りが近づいてきているのだ。出店の準備が進められているところもあるし、それぞれの家には星見の花が飾られている。
祭りの華やかな様子をぼんやりと見ながら、どこへ行こうかとソニアは算段する。この前に行った庭園で精霊を呼ぶ練習をしようか。祭りが終わったら、バハムートの門へと挑まなければいけない。そのことが少しばかり、ソニアの心を重くさせる。そんなふうに考え事をしていると、不意に見知った人物が視界に入ってきた。イリスだ。かなりあわてた様子で走っていく。
どうしたんだろう。ただごとではなさそうだ。その雰囲気に引きずられるようにソニアも後をついていく。
イリスは路地裏へと曲がっていく。ソニアもそのまま路地裏へ向かうと、イリスは袋小路になっている塀を乗り越えているところだった。ソニアはシルフィールの力を借り、塀を乗り越えた。一体、どこへ行くつもりなのか。イリスがやっと立ち止まったのは、街の一角だった。
「出てきなさいよ。そこにいるのは分かってるから」
びくっとして、ソニアは立ち止まる。しかし、それはどうやらソニアに向けられた言葉ではないらしい。イリスが声をかけたのは何もない屋根の上だ。何か隠れているのだろうか。
イリスが白衣のポケットから銀のペンダントのようなものを取り出す。ひし形の銀の板の中に透明な丸い石がはめこまれているペンダントだ。石は日の光を受け、きらきらと輝いている。中で虹色の光が踊っている。それに呼応するように屋根の上に、闇が立ち上がる。膨れ上がった闇の中からライオンのような魔物が現れた。尾にはいくつもの針のようなものがついている。
魔物は一つ唸り声をあげると、イリスへ向かって飛びかかる。前触れのないその動きに、イリスはとっさに反応できない。ソニアはノームの名を呼んだ。杖から放たれた魔力が地面に伝い、低木となって魔物を遮った。
「大丈夫?」
「助かった……」
魔物はすぐにも低木を食いちぎってしまいそうな勢いだ。杖を握りしめ、魔力を強くする。
「もうちょっと頑張って」
イリスは別のポケットから何やら、針を取り出した。一言、何か呟くと針に虹色の光が宿った。一呼吸、間をおいて針を放つ。魔物の右耳の下に針が突き刺さった。魔物は形を保てなくなり、建物の影へと消えた。
「本当にびっくりした。さっきのは魔物?」
「マンティコアっていってね。先生が封じていた魔物なの」
イリスの先生という錬金術師は魔法についてもよく研究していた。きっと何かの役に立つはずだと魔法と錬金術を合わせた道具を作ることも多かった。そんなある日、この街にマンティコアが紛れ込んだ。魔法使いのいないこの街で、魔物に立ち向かったのが先生だった。日の光の精霊の力を集めるペンダントと針で、魔物を封じ込めたのだ。
「星見の花をヒントに作ったって言ってたわ。星見の花は光をため込む性質があるから、それを利用したって。それで、魔物を避けたり、封印もできるはずだって。それで、このペンダントに実際に封印しちゃったんだけどね。」
イリスは少し遠く見るように呟く。まるで、遠くにいる先生を見つめるように。
「その封印が緩んでたのか、解けちゃったの。今は先生が旅に出てるし、わたしがなんとかしないと。さっき針を刺したから、これで追いかけられるはずなんだけど」
「だったら、わたしも手伝う。二人で探したほうが速いよ」
イリスはちょっと驚いたような顔をしたが、そうだねと少し元気が出たように答えた。
マンティコアは影の中を移動する。夜になってしまったら、街中を好きに動き回るようになるだろう。それまでに何とか見つけ出さなければいけない。
「このペンダントが近づいたら、光って教えてくれるの」
ペンダントを手に持ちながら、マンティコアを探す。なるべく光が強くなっている道を選んでいく。ソニアも何か気配があったら知らせようと、感覚を研ぎ澄ます。それでも魔物の気配はあまり感じられなかった。
ふらふらと街の中を二人で歩く。それとともに緊張感も増していく。ペンダントはわずかずつ光を増していく。散々、歩き回った挙句にたどり着いた所は、あまりに意外な場所だった。
「病院だよね?」
二人の知り合いであるローレンスとルミールが働いている場所。確かにレンガ造りで影になっている部分は多い。それに人もたくさん出入りしている。その人の傍にはそれぞれ影法師ができる。隠れられる場所は多そうだ。ペンダントはひと際、強い光を放っている。ここにいるのだろう。
「厄介なところに逃げ込んでくれたわね」
二人は病院の中へ足を踏み入れる。ペンダントの光はますます強くなる。どこかにいるはずだ。油断なく目を配りながら歩く。行き交うのは具合の悪そうな人、怪我をした人、それを診る医者たち。明かりの下にできる光もそれぞれの影法師にも魔物はいそうにない。
「やあ、イリス。仕事かい?」
突然に声をかけられ、あわてて振り返る。声をかけたのがローレンスと分かって、二人は警戒を解く。曖昧に返事をするイリスに、いつものようにローレンスは優しく挨拶をする。少し言葉を交わして、仕事に戻っていくローレンスを見送る。途端、ペンダントの光が弱くなった。魔物の反応は、ローレンスと共に遠ざかっていく。
「ええっ」
まさかと思いたい。だが、見間違いではない。魔物が彼の影法師に隠れているということだ。
あまりのことに二人とも一瞬、立ち止まってしまった。振り返り、ローレンスを探す。人混みにまぎれていたが、病院の外へ出ようとしていたのが、ちらりと見えた。人混みをかき分け、彼に近づく。早く魔物を追い出さなければ、どうなしってしまうか。想像はしたくなかった。
「ローレンスさん、待って!」
懸命に呼び止めようとするが、思いのほか足が速く追いつかない。このままでは見失ってしまう。
ローレンスは道の途中でルミールと会い、挨拶をしている。ルミールに魔物のことを知らせようか。でも、どうやって。考えがまとまらないまま走っているとルミールが意外な行動をとった。
ローレンスが挨拶をして去って行くのを立ち止まったままじっと見ていた。角を曲がるローレンスの背後を見ていたかと思うと、ルミールは杖で師の影を押さえた。
「そこから出ていけ」
マンティコアが影のまま、そこから飛び出す。黒い煙からライオンの足が出ているのが見えた。マンティコアはあっという間に宙へ駆け上って消えていった。
「なぜ、こんなところにいるんだ」
「ルミールこそ、なんで魔物のこと、知ってるの?」
「魔物がうろついているようだったから、探していただけだ」
正直、ソニアに会ったのは予想外だった。街中をうろついている魔物の気配を感じ、追っていると師の影に入り込むのを見た。何ともしても追い出したかった。それと同時に師には自分の力を見せたくないという思いもあった。まだ、その勇気はなかった。
師に挨拶だけをして、角を曲がったところで力を使った。飛び出した魔物、マンティコアはどこかへ去った。師は自分の力を見ていない。死角になっていたから。恐らく、突然、魔物が自分の傍から現れたと思っただろう。
イリスとソニアもマンティコアを追っていたらしい。イリスの持っているペンダントがあれば、もう一度、封印しなおせるという。
「私の影にいたのには、びっくりしたね。でも、どこへ行ったんだろう」
師はもう落ち着きを取り戻している。この人が取り乱したところを見たことは一度もない。我が師ながら、全く恐れ入る。
「まだ近くで、うろついていると思います。光が消えない」
「じゃあ、二手に分かれて追い込もう。この先の広場には社がある。今はほとんど誰もいないはずだよ」
「それは危険ではないですか!」
「人数は多いほうがいいよ」
師は自分もついていくと譲らなかった。というよりも、自分も協力したほうが速いし、それが当たり前だと考えているらしい。若い頃に魔物にも散々、会ってたきたというから、今更、恐ろしくもないのかもしれない。自分としてはなるべく、師を巻き込みたくなかった。だが、引かないことも分かっていた。一度、言い出したことは曲げないのが我が師なのだ。
結局、ルミールとソニア、師とイリスが一緒に行くことになった。自分とソニアがマンティコアを追い込み、師とイリスが広場に先回りして道を塞ぐことにしてもらった。こうすれば、いざというときは、自分がソニアと一緒に魔物と戦え。
無理はしないようにとお互いに念を押して出発した。マンティコアの気配はすぐに分かった。影が屋根の上を移動していく。ソニアはマンティコアの気配は捉えづらいと言っていた。闇が邪魔をするのだろうか。逆に自分は、力を使えば、はっきりと捕捉できる。いつの間にか、力を使うことに慣れてしまっている。
意識して力を使うこと。シルフィールの言っていたことだ。ソニアの修行の傍で自分も何度かやってみた。杖を媒介にして力を使うと、うまくいくとソニアが話していた。そのことをぼんやりと思い出す。まだ力を意識するというのには違和感があることもあるが、何とかなりそうだった。少なくとも前よりは落ち着いて力を使える。
マンティコアはうまい具合に広場へと向かってくれた。広場のもう一方の入り口からはイリスたちがやってきて塞ぐ。行き場を失い、マンティコア自身がライオンの姿を現した。
ソニアが魔法を使い、マンティコアを木の枝で制する。その間にイリスがペンダントを掲げる。イリスが何事か呪文を唱えると、ペンダントから光があふれる。その光と共にマンティコアが吸い込まれそうになる。だが、マンティコアは自らの闇でそれを遮る。ペンダントの光がはじかれる。
「封印が……!」
やはり自分の力を使うしかないのか。ルミールが杖を構えようとすると、ソニアがその前へと出る。ごめん、と呟いたような気がした。何をする気なのか。もしも、危険なことなら、止めなければ。
ソニアは銀の花、星見の花の花飾りを外し、手折る。寂しそうなソニアの横顔が見える。無数の花びらが手の中にできた。自分が贈った花飾りのことを謝ったのだと、その時、気付いた。
「風の大精霊よ。我がもとに良き風を運びたまえ」
一陣の風が星見の花を運び去る。花びらはまるで無数の光のようにマンティコアを射た。花に閉じ込められた光が、魔物の闇を打ち消していく。すかさずイリスがペンダントを掲げる。マンティコアが吸い込まれ、ペンダントへ消えた。
「そいつはもう収まらないぞ」
不意に聞きなれない声が広場に響いた。それととも一条の光がペンダントを射抜いた。黒い煙と共にペンダントが消えた。誰かが、ペンダントもろとも魔物を消し去った。でも、一体、誰がこんなことをできるというのだろう。
ふらりと街角から紳士のような整った身なりの男性がやってきた。余裕そうな笑みを浮かべ、こちらへやって来る。
「魔法使いのお嬢さん。バハムートの門に挑みに来たんだろう?」
なぜか男性はソニアにそう呼びかけた。