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星見の花の咲き誇る頃

 杖を握り、意識を集中する。心の中で一人一人の大精霊の名を呼ぶ。

 『今のところ順調だよ。がんばって!』

 ノームの声に励まされながら、さらに二人の名を呼ぼうとする。そこで集中が切れてしまう。

 『まだ二人か。先は長いな』

 『まあまあ。一人で精一杯より、できるようになってるよ』

 バハムートの門番へ挑むために必要なこと。それは魔法を意識的に使えることだった。大精霊たちに相談してみたソニアは、そう言われ、手始めに大精霊たちを全員同時に呼び出すようにと課題を出された。確かに今までは名を呼ぶぐらいで、特に何も考えずに魔法を使っていた。意識して魔法を使えるようになると、魔力をうまく魔法にすることができるらしい。これがなかなか上手くいかない。二人同時に大精霊を呼び出すことも、初めはできなかった。いつも途中で集中が切れてしまう。何度もやっているうちに、二人までは呼び出せるようになったのだ。

 『もっとわたし達の力の本質を知るのだ』

 そう言ったシルフィールの言葉を心の中で反芻する。力の本質。大精霊たちの持つ力がどんなものなのか、よく考えてみたらぼんやりとしか知らない。彼らを呼び出すとき、何か暖かい力のようなものを感じる。それが彼らの言う本質なのだろうか。とにかく、続けてみたら分かるかもしれない。

 「なかなか大変そうだな」

 『力を意識して使うことはお前にも関わることだぞ。そうすれば、力をうまくコントロールできるだろう』

 傍で見ていたルミールにシルフィールが語り掛ける。ルミールはそういうものか、とだけ呟いて、また、薬草の調合に戻っていく。興味はあるようだが、それ以上は立ち入らないつもりのようだ。

 大精霊を呼び出す練習をしつつ、旅を続ける。そうこうするうちに、バハムートが祀られているという街にあっという間についてしまった。まだ心の準備ができていないのに。時間ばかりが飛ぶように過ぎていくみたいだ。

バハムートの街は思っていたよりも小さく、閑静な印象を受けた。レンガ造りの小さな家が連なっている。家々の間には頻繁に草木が見られた。生活の中によく植物を取り入れている印象を受ける街だ。

 「先に医者のギルドに寄らせてくれ」

 「うん」

 考え込んでいたところをルミールに急に話しかけられて、ソニアは考えを中断する。ルミールが仕事のためにギルドに寄るのはいつものことだ。入り口までついて行こうとして、ルミールが足を止め、誰かをじっと熱心に見つめていることに気づいた。その視線の先にいたのは、ギルドで働く一人の医者だった。他の人と同じように鳥のような仮面をしているので顔は分からない。ただ他の医者より軽装のように思った。周りの医者に次々と指示を出している様子から見て、ベテランの医者なのだろう。その医者がふと顔をあげ、ルミールのことに気づいた。

 「もしかして、君は……」

 「お久しぶりです。我が師よ」

 その言葉に誰よりも驚いたのはソニアだった。先生がいたというのは初耳だった。師と呼ばれた医者は懐かしそうに、ルミールに話しかける。

二人の会話からルミールがギルドの病院にいたころに世話になった医者が何人かいたらしいことが分かった。その中で最もよく教えてもらったのが、このローレンスという医者のようだ。恩師といったところだろう。

 「だいぶ会っていないと思ったが、随分、大きくなったなあ。ちょうどいいところに来てくれた。最近、魔物に怪我をさせられる人が多くてね」

 ルミールはローレンスと話がしたいとギルドへ、あわただしく去っていった。

 いきなり一人になってしまったみたいに感じた。どこへ行くか思いつかない。ぼんやりと考えたのはバハムートの社だ。どんな所か見に行くのもいいだろう。逆に緊張するかもしれないけど。社は道を聞かなくてもすぐに分かった。真ん中にバハムートの彫像が立った高い柱のようなものがある広場が、すぐに見つかった。柱の下に社への入り口があるようだ。そこは、今は黒い鉄の門で閉じられていた。門の鍵の部分には、銀色の花がくくりつけられている。花は小さなブーケのようにまとまっていて、リボンでくくられていた。どこか凛とした不思議な花に目を奪われる。

 「これから祭りがある。しばらくは社に入れない」

 いつの間にやってきたのか、紳士然とした男性が傍で社を眺めていた。どこか余裕のあるそんな様子で近づいてくる。

 「お祭り?」

 まるでソニアが大精霊の試練を受けているのを知っているかのような口ぶりで話しかけられ、ソニアも思わず自然と返事をしていた。

 「星見の祭りっていってな。年に一回あるんだよ。祭りの期間は開いてない。終わってから来るんだな」

 「はい」

 有無を言わさない態度だ。もしかして、彼も名のある精霊なんだろうか。人にしか見えなかったが。ソニアが思わず、居住まいをただすと男性はおかしそうに吹き出した。

 「そんなに堅くなるなよ。単に社に用がありそうだから、事情を教えただけだ。そうだ。せっかくだから、星見の花でも見て来たらどうだ。街の庭園にでもあるだろう。祭りでよく使われるんだ。きれいだぞ」

 男性に教えられ、仕方なく庭園へと足を向けた。何かうまいこと言われた気もしないでもないが、社が開いていないのは事実だ。

 庭園は誰でも入れるらしく、門は開きっぱなしになっていた。よく手入れされた庭園は花や草木が整然と植えられ、名前が立て札に示してあった。よく刈り込まれた木や小さな花のアーチもある。かすかに精霊の気配も感じる。よく遊ぶに来ているのかもしれない。

 その庭園の奥まったところに銀色の花をつけている木があった。さっきと同じ凛としたかすかに光る花。その木の下で何かをしている医者がいた。さっきルミールが師と呼んでいた医者だ。

 「あの、こんにちは」

 「おや。君はさっきの魔法使いさん」

 ローレンスは柔らかい口調で話しかけてくる。どことなく祖父と似ているような、そんな話し方だ。ローレンスは星見の花を採りに来たのだという。この庭園はギルドが管理していて薬草も育てている。

 「この花は祭りにも使われるけど、ちょっとした傷薬になる。それに魔除けにもなるんだ。身に着けていれば、魔物が避けるってね。星の光を映していると言い伝えられているんだ」

 きらきらと光る花は確かに強い魔力を含んでいるようだった。その魔力がこの光を作り出しているのかもしれない。確かに星の光を閉じ込めたような輝きを持っている。

 「君は魔法使いだから、私より詳しいかな」

 そう言って一つ手渡された花はソニアの掌の中で優しい光を放った。ローレンスは持っていた小さな花かごを花でいっぱいにすると立ち上がった。これから、この花を届けに行くという。

 「錬金術師のところへ行くんだ。君も手伝ってくれるかな?」

 特に予定もなかったソニアはローレンスと花を分け持って、ついて行った。ローレンスはずっと前からこの街に住んでいて、なんでもよく知っていた。錬金術師はこの街では珍しくない。いつも実験やら研究やらをしていて、新しいものを作り出す。薬を作れる者もいるから、医者のギルドとも協力していたりするらしい。

 錬金術師の家はレンガ造りの小さな家だった。窓の下に植物が植えてあったり、植木鉢が何個も置いてある。だが、人の気配はあまり感じられない。

 「イリス。今、いるかな?」

 開いたままのドアからローレンスが声をかける。家の中は明かりがついておらず、窓から日光が差し込んでいるだけだ。机の上には本やメモが雑然と置かれていた。よく分からないもの、実験に使う道具のような、そんなものもある。

 何度か声をかけると奥の方から、はーいと返事をする声がした。続いて、バタバタと何かが床に落ちるような音。それが聞こえなくなってから、ドアから一人の白衣を着た女性が飛び出してきた。

 「ローレンスさんでしたか。ちょっと研究に夢中で」

 「そうだと思ったよ。先生は?」

 「まだ、帰ってきてないんです。あ、いつものですね」

 イリスはてきぱきと星見の花を受け取ると、中から薬瓶を持ってきて手渡した。

 「あと、これも。お祭り、近いですよね」

 そう言ってイリスはローレンスに小さな花飾りを渡す。ローレンスもイリスと同じように花飾りを渡していた。それが祭りの風習らしい。そのやりとりを見ていたら、ソニアもイリスから花飾りを手渡された。戸惑っているソニアにイリスは、にっこり微笑む。

 「あなたも、もらって。お祭りでは星見の花飾りを作って、贈り合うのよ」

  星見の花は小さな花飾りになって、また違った趣を見せていた。ついつい花飾りに見入ってしまう。

 「よかったら、ちょっと作ってみる? わたし、教えるし」

 「いいの?」

 「うん。もちろん」

 イリスは作業台でやり方を見せてくれた。見た目はシンプルなのに、小さな花を複雑に結びつけている。何度かやり直したり、崩れたりしながらも、いくつか花飾りができた。でも、誰かに贈れそうなのは一つぐらいだ。いつの間にかローレンスは帰っていた。それだけ、長い間、ここに留まっていたらしい。暗くなるからと、イリスは宿の道の途中まで送ってくれた。

 「誰かに渡すの?」

 そうイリスに何気なく問われて、思い浮かんだのはルミールだった。ずっと一緒に旅をしている大切な友達だ。

 ソニアはイリスにお礼を言って、街へ歩き出した。杖の先に明かりを灯す。なんて言って渡そうか。そんなことを考える。月明かりの下、星見の花は静かに光を放っていた。



 「今日は助かったよ、ありがとう」

 「いえ」

 師から面と向かって礼を言われ、少し気恥ずかしくなる。夜へと向かう街は夕日の最後の光に染まっている。少し手伝うつもりが、気づけば一日、ギルドの持つ病院に張り付いていた。

 「しかし、君が魔物の傷の手当が得意とはね」

 知らなかったよ、と師から悪気のない賞賛を受け取りながら、どうしたものかとルミールは考えていた。治療の中ではどうしようもなく、自分の力を使ってしまった時もある。師はそれを知らない。今日のようにうまく使えればいいが、それが保障されているわけではない。

 徐々に夜の帳が降りてくる。足元に影ができる。もう前のように影は気にならなくなっていた。

 「最近、魔物が多いから気をつけてな」

 昔と変わらず気遣ってくれる。それに、はいと返事をして自分も帰路へ着く。少しずつ小さくなっていく師を目で追った。その近くの壁の影がざわりと動いた気がした。

 とっさに杖を構え、影をもう一度、見る。影は近くのランプの明かりに併せてゆらゆらと動いているだけだ。見間違いだったのかもしれない。それにしても用心するに越したことはないだろう。もしかしたら、街をうろついている魔物なのかもしれない。少し探ってみる必要があるだろう。

 宿に戻ると、ソニアはまだ戻っていなかった。戻るまでと思ってテーブルに薬草を広げる。師が、星見の花を分けてくれた。確かこれを花飾りにして贈る風習があったはずだ。他の薬草はブーケのように一つにまとめたが、これだけは花飾りにしてみてもいい。

 こういう細かい作業は嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。花飾りは師がよく作っていたのを見ていたので、すぐにできた。手持ちにあった小さな花も付け加えてみたり、気付いたら楽しんで作っていた。たまには、こういうことも悪くない。

 それから、しばらくしてソニアが戻ってきた。戻ってくるなり、渡したいものがあると言う。何か改まるなんて珍しいな、とちらりと頭の中で考えた。

 「一体、どうしたんだ」

 「あのね、ちょっとかがんで」

 言われて、かがむと帽子に何かが触れたような感じがした。

 「いいよ」

 「何を……」

 帽子を外してみると、黒いだけの帽子の端に銀色の花飾りが付いていた。そこだけ星の光が降ったように。

 「ほら、お祭りだから」

 ああ、そういうことか。ソニアもどこかで、この風習を聞いてきたのだろう。それでも、何かを贈ってくれたのが単純に嬉しかった。人から何かを贈られたのは、覚えている限り随分、前だ。

 「私も渡すものがあるんだ」

 それは予想していなかったのか、ソニアはおずおずと花飾りを受け取る。

 「髪飾りになるんじゃないかと思ってな」

 それだけ言って、渡した。ソニアはしばらく花飾りを見つめていたが、やがて鏡の前へ移動した。ルミールは特にそちらへ注意を向けず、机の上の薬草を片付け始めた。

 「ありがとう」

 呟くように返事が返ってきたのは薬草を全て片付け終わってからだ。ソニアの髪に銀色の花が揺れているのが見えた。



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