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夜を見通す目を持った者

 ルミールとソニアが旅を始めて、随分、経つ。ルミールは次第に魔法使いとの旅に慣れてきていた。ソニアは日常的に魔法を使う。それは自分の知っていた魔法とは少し違っていた。大仰なものでもなんでもなく,自然にさりげなく魔法を使う。そして,それは,自分のためというより,誰かの何かのために使うことが多かった。傷があれば癒し,夜になれば明かりを灯し,不用意に魔物が近づかないように結界を張る。誰に言われるのでもなく,当たり前に行う。これが,ソニアの言う精霊の声に耳を傾け,魔法を使うということなんだろう。

 ルミールの提案で二人はノームが宿るという大樹の街へ来ていた。そこは水と緑にあふれ、様々な植物が育つ。その地に植えられた植物は、どんなものでもすくすくと育つと言われている。それはひとえに、その地に豊穣をもたらすという大精霊がいるからというのが、この街の言い伝えだ。

 その街には医者ギルドの本部があった。ギルドはメンバー制だが医者なら誰でも入ることができる。ギルドといっても大げさなものではなく、情報交換の場というのが主な働きだ。普通は地域にある小さなギルドを利用し、どこに患者がいるとか、こっちに人手が足りていないというような話をする。本部そのものは、それら地域のギルドのとりまとめだ。また、大規模な薬草園を持っていて、場合によっては少し分けてもらえた。ルミールも旅をする中で手持ちの薬草が減ってしまったので分けてもらう気で立ち寄った。

 街についてみると、晴れのはずなのに薄く曇ったような変わった天気だった。いや、曇っているのではなく、空気が淀んでいる。心なしか、くしゃみをしている人も多い。ソニアでさえ、何度かくしゃみをしていた。それは街の人々も同じだ。まさか感染症の類ではないだろうな。しかし、こんなにすぐ症状が出るなんて。一体、どうなっているんだ。

 ギルドの本部の前までくると、人だかりができていた。本部は大きな白い石造りの建物で、中もかなり広い。この街では病院としての顔も持っている。いつもは何人かが出入りしているだけなのに、こんな長蛇の列は見たことがない。列の合間からは医者も出たり入ったりしている。明らかに忙しそうだ。その場で様子を見ていると、ひとりの医者がこちらに気づいて声をかけてきた。

「お、ルミールか」

 同僚のラデクだ。彼はルミールと違ってギルドの本部にとどまっている。顔を合わせるのは何年かぶりだが、変わりはなさそうだ。

「一体、どうしたんだ?何か、はやっているのか?」

「いや、そうじゃない。花粉がひどい」

「花粉が?」

「ノームが宿る大樹があるだろう。あれだよ」

ラデクの話によると、この街のはずれにある大樹から突然、猛烈な花粉が飛んで来たらしい。春過ぎにつけた花の花粉が飛んでいるのだ。前まではそんなことは、もちろんなかった。街の人々も花粉のせいで、くしゃみが止まらないらしい。そのため、ずっとギルドの本部は人が絶えない。花粉だから、マスクをしている医者は平気でいられるわけだ。

「正直、こっちは人手不足なんだ。で、頼みたいことがあるんだが」

ルミールはわずかに身体を硬くした。ラデクは確かにいい奴なのだが、少々、ちゃっかりしているところもある。何か厄介ごとが舞い込むとも限らない。

「なんだ」

半ば半身になりながら尋ねる。

「大樹の様子を見てきてくれないか」

「なんで私に頼む」

予想通りというかなんというか。恐らく誰かが大樹の花の様子を見に行ったほうが対策しやすい、というところだろう。行かなくてもいいが、誰かが行ったほうがいい。そこにまんまと自分が通りかかったというわけだ。ラデクは悪気なさそうに淡々と続ける。

「噂だよ。お前、眠ってた貴族の娘を治したんだろ。これだって同じ精霊がらみだぞ、多分。それに魔法使いと知り合いみたいだし」

いきなり話題をふられて、ソニアもルミールも同時に面食らった。

「知り合いっていうか。うん。知り合いかも。あの、その大樹はどこに?」

「行き方はルミールがよく知っているよ。街の外れから広がる森の奥だ」




 なんでこんなことになったのか。自分としては精霊と関わりたくないのに、いつの間にか巻き込まれている。

大樹へと続く森への入り口はすでに花粉が立ち込めていた。

「うわ、すごい」

「なかなか厳しいな、これは」

なんとなく、目の前もかすんで見える。ソニアはまた、くしゃみをした。

「このまま進めるか?」

「うーん、どうかな?」

ソニアは聞きなれない言葉をつぶやいた。精霊の言葉。確か、それで魔法を使うんだったか。一瞬、風が巻き起こって花粉を散らしたが、すぐに元に戻ってしまった。

「風の精霊の力がここは弱いなあ。声もほとんど、聞こえない」

『それならば、わたしの名を呼べばよかろう』

その場に現れたのはシルフィールだった。驚くソニアにシルフィールは続ける。

『困ったら、いつでも呼べと言ったぞ。しかし、この花粉、ノームに何かあったか』

「ノームに?」

『ここの植物は彼が守っているはずだ』

シルフィールも心配するところを見ると、思ったよりはことは大きいのかもしれない。試しに花粉を晴らしてしまおうとシルフィールが風を巻き起こしたが、すぐに花粉は戻ってくる。それだけ量が多いようだ。

『ここまでになると、ますますおかしいな』

「でも、このままだと、わたしは行けないね」

『となると、この医者と私が行くしかないだろうな』

そこでソニアもシルフィールもじっとこちらを見つめる。何か言いたいらしいが、おおよそは分かる。

「シルフィールの姿なら、私にも見えるし、声も聞こえているぞ。驚くべきことだが」

「え、そうなの!」

「まあ、当然といえばそうだ。わたしは、周りに合わせることで魔法使いでなくても見えるし、声も聞こえる」

結局、ソニアは街で待っていることになった。何かわかれば知らせると約束し、ルミールはシルフィールとさらに奥へと進んだ。シルフィールが少し前の空を飛んでいく。

『なぜ多くの人は精霊が見えぬか知っているか』

いきなり何を尋ねるんだろう。脈略がなく、ルミールは少しぞんざいに答える。

「夜のとばりの裏に隠れたせいか」

『よく知ってるな。だが、一部の人にはそのとばりがあっても我らを見たり、話したりすることができる者がいる。とばりのことをよく知っているが故に見える者と、とばりを通してみる目を持った者と』

「何がいいたい」

『実を言うと、わたしはあまり、周りに合わせているわけではない。それなのにわたしが見えるとは珍しいと思ってな』

そうか、とただ聞き流す。シルフィールが何を言いたいかなど、知りたくもなかった。彼らの心の内は分からない。黙っていたほうがいいかもしれない。シルフィールもそれ以上はもう何も言わなかった。

ようやく着いた大樹の根元は逆にそこまで花粉がひどくはなかった。木の下に入ってしまえば、視界もはっきりしている。

『おい、ノーム。何があったのだ』

『シルフィール? 久しぶり』

声に応えて現れたのは木の大振りな杖、いや枝を持つ一人の少年だった。枝の葉はしおれ、本人も元気がない。

『ごめん。なんか風邪、ひいちゃったみたい』

「風邪…?」

『あ、人間のいうようなやつじゃなくて。ちょっとエネルギー切れっていうか』

最近、川の水などが少なくなっているという。川は海の方から流れてきたらしい。雨もそこまで降らず、ほかの木々に元気を与え続けたせいで、ノームの方の力が減ってしまった。結果、大樹の力もコントロールできなくなった。

『悪いんだけど、日の光の精霊の薬、作ってきてくれないかなあ。そうしたら、良くなると思う。魔法使いの知り合いがいれば、なんだけど』

『それならば一人、我らの試練を受けている者がいる』

ノームはその言葉に嬉しそうに材料となる薬草を教えた。どれも一般的なものばかりだ。帰る途中で少しばかり見つかったものは摘んでおいた。後はソニアと自分の持っているもので補えた。

「作り方は知っているのか」

「うん。昔、おじいちゃんとよく作ったから。でも、ノームを元気にするぐらい強いのとなると、もっと強い光にしないといけないかな」

 作り方としては薬草を清らかな水と一緒に瓶に入れ、後は日の光の精霊の祝福を与える。要するに、日光に当てながら魔法をかける。そうすれば精霊が力を与えてくれる。

 『それなら、日の光の精霊を祀る社があるだろう』

 シルフィールが示したのは地図にも何も描かれていないところだ。ここからはかなり離れている。

 「これは馬で行くしかないな。それでも半日はかかりそうだ」

 「わたし、馬って乗ったことない。馬車は一回だけあるけど」

 谷にあった村はほとんど自給自足で、馬もそんなに使われていない。そこまで遠出もしたことがないというのだ。

 「それなら、私の後ろに乗ったらいい。しっかりつかまっていれば、大丈夫だろう」

 ソニアは初めて馬に乗るのに慣れないようだったが、それもしばらくすると、周りの風景を見られるようになった。時折、人やら動物やら見かけたものを楽しそうに話していた。

 着いたところは街道からほんの少し外れた所にあった。平原の中にぽつんと石でできた建物の跡があった。屋根は崩れかけ、ところどころ欠けた壁と白いタイルの床がむき出しになっている。その真ん中に彫刻が施された台座が置かれていた。窓というよりは風化して穴の開いた壁から日の光が台座へと射している。その台へ瓶を置くとソニアはさっそく、杖をかざして呪文を唱えた。瓶は淡く金色に輝いた。まるで日の光が宿ったように。

 「一日ぐらいはかかると思う」

 日の光の中に宿る精霊は大精霊のようにはっきりしたものではなく、光のあるところに必ず存在する。決まった言葉を唱え、魔法を使えば、その力が作用する。どうも働きはゆっくりらしい。幸い、社には屋根がある。雨も降りそうにないから、宿の心配はないだろう。

 ソニアはすぐに眠ってしまった。疲れていたのだろう。逆にルミールは目がさえて、眠れなかった。いつも夜はあまり、ゆっくりできない。最近、一人旅ではないし、街にいたのでそのことを忘れかけていた。

 たき火の周りには嫌でも濃い影ができる。その影がゆらりと起き上がる。

 「今はお前の相手をしている気分じゃない」

 そう誰ともなしに呟くと影は引っ込む。ただ、それだけだ。もう随分、前からこんなことを繰り返している。故郷のことをぼんやりと思い出す。こういう夜のとばりが下りる頃、決まって思い出してしまう。

 私たちは夜のとばりの先を見る者だ。

 その意味が分からない頃からずっと、父にそう聞かされていた。家族も街の人々もみんな、それを受け入れていた。そして皆、半ば強制的に精霊と契約を結んだ。そうすれば代価を払わされると知っていながら。

 夜のとばりの先なんぞ見えてなんになる。どうしてもそれが嫌だった。精霊に縛られた故郷そのものから逃げ出した。医者を目指して学び、一人前とされても故郷には戻っていない。

 それなのにあの精霊は時折、自分のもとを訪れる。拒絶したはずなのに。なぜ、まだ付け狙うのか。父は精霊と契約して、その力で魔法使いとなって身を立てた。そのせいだろうか。あの影は放っておいたり、光の傍にいれば、いつの間にかいなくなるのだ。今もたき火があるし、日の光の精霊の薬も光っている。

 ソニアは祖父が魔法使いで、魔法使いの村に生まれたと言っていた。彼女には帰るべき故郷があり、待っている家族がいるのだろう。自分とは違う。もちろん影のことは何も話していなし、気づいてもいないだろう。本当は、すぐにでもソニアと別れて行くことになるだろうとは思っていた。だけれど、いつの間にか一緒に旅を続けている。

そのうちに、自分のことも話せるときがくるだろうか。我ながら感傷的になりすぎたかと自嘲して、ルミールはぼんやりとたき火を見つめていた。

 少しだけまどろみかけたその時、がたりと台座のほうで音がした。振り返ると影が台座の上の薬瓶に手を、手のような影を伸ばしている。いつも自分について来る影とは雰囲気が違う。もっと何か、敵意のようなものを感じる。

 まさかと思いながら瓶をとる。瓶はますます強い光を放つ。それにさえぎられてもなお、影が伸びてくる。

 この瓶を狙っているのか。まさかあの青年の手の者だろうか。ソニアはまだ起きない。おかしい。魔法でもかけられているのか。だとしたら、ここで何とかできるのは自分しかいない。

 じりじりとたき火の近くまで後退する。

 「ソニア、起きろ!」

 何度か声をかけるが、やはり起きない。影は音もなく近づいて来る。こういうとき、自分がひどく無力に思える。瓶の中では薬草と一緒に金色の光を放つ水が踊っている。さっきよりも光が強くなっている。

 それに伴って闇がぐわっと大きく伸びあがった。馬は異変に気付いたのか、落ち着かなげに地面をかいている。

 「ソニア…」

 せめて自分がおとりになってでも走るか。それでも、瓶はいつか取り上げられてしまうだろう。闇の手が自分をつかもうと振り下ろされる。瓶をぎゅっと握りしめた。

 「目、つぶって!」

 とっさに顔をそむけた。真昼のような光が辺りを満たした。それが消えると、闇は消えていた。逃げたのかもしれない。

 「起きたのか…」

 「何とか。起こしてくれたかなって。なんだか、声が遠くからしたから」

 「あ、ああ。そうだな」

 闇が襲ってきたことを考えて、青年も近くにいるかもしれない。すぐにでもここを離れたほうがよかった。

 「薬はほとんど、できてる。後は少しでも日の光に当てたらいいの」

 まだ月が輝いている中、馬を走らせる。若干、空の端が白み始めている。明け方が近い寒さの中、草原をひた走った。

 「さっきの、追ってきてる!」

 「なにっ」

 これ以上は速められない。馬がばててしまう。うまく道を選んでまいてしまうか、街へ戻るしかない。

 「あれはもしかしたら、日の光に弱いかもしれない。なんだか、分からないけど影は追い払ってみる」

 馬も何かに追われているのが分かっているのか、火が付いたように走る。気ばかりが焦る。日の出まではどのくらいだ。空の端が段々と白んできているのは分かるが、まだ太陽は見えない。

 「あれはなんだ。精霊か?」

 「違う、と思う。近いけど、意識はないみたい。使い魔みたいなものかな」

 ソニアは杖の先に光を灯した。時折、振り向いて影を追い払い、また馬の行く先を照らす。後ろを振り返る余裕はないが、闇の気配は近づいては遠のいていくことを繰り返す。

 終わりは急に訪れた。不意に目の前の空の端から光が現れた。一筋の日の光は空をオレンジに染めていく。天の頂が夜のとばりから青空へと変わっていく。それとともに周りから黒い煙のようなものが風になびいて、消えた。

 いつの間にか囲まれていた。そのまま夜が明けなければ、どうなっていたか。今は、あえて考えないことにした。

   




 日の光の精霊の薬はたちどころにノームの疲れを癒した。花粉は目に見えて少なくなった。恐らく三日もすれば元に戻るだろう。ノームは機嫌よくソニアに力を与えた。闇のようなものと青年について尋ねるとノームは困ったような様子だった。

 『そんな人がいるんだ。それなら、ウィンディーネが心配だよ』

 ノームの大樹に流れる川の水の先の海を守るのがウィンディーネと言われる大精霊だ。川の水が減ったままになっているところを見ると、何かあったのかもしれない。それは行ってみなければ分からないのだ。

 ソニアはもちろん海の街へ行くと約束した。ルミールはギルドへ行くといって、しばらく別れた。ソニアは街の出口の門で待っているからと約束した。

 「やっぱりお前に頼んで正解だったな」

 ルミールの話を聞いたラデクは感心した様子だった。

 「私だけの力ではない」

 「そうだな。で、これから、どうするんだ?」

 このまま、ここにしばらくいても、よかった。一人に戻れば精霊とも魔法ともかかわらなくてすむ。それでも、もう一人旅に戻るつもりはなかった。何よりもソニアは待っていると約束したのだ。

 「もう行かなければ。次は海の傍の街へ行くつもりだ」

 乗りかかった船だ。最後まで行く先を見届けたい。だが、それ以外に自分のためもあった。

 自分と故郷、精霊のこと。いずれは決着をつけなければならない。

他でもない、この手で。


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