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始原の精霊

「行先で、この扉と同じ扉を探してくぐって行くんだ。最後に天へと続いていく階段が見える。その先に社の門がある」

 かなり大雑把な説明だ。この先には、結局、何があるのか分からない。もしかしたら、それほど不可思議な所を通るのかもしれない。しかし、それ以上はベアトリスが説明してくれなかった。

 迷っている暇はなかった。もう決めてしまったのだから。二人で精霊に会いに行くと。それならば、心を決めなければ。

ソニアは扉をそっと押し開けた。そこに広がっていた景色にソニアは思わず足を止める。

 「雪……」

 目の前に広がる一面の銀世界。だが、それは見たことのある雪原だった。遠くに見えるのは、やはり、かつて訪れたことのある街、サラマンダーのいる街だ。

 「これは、どうなっているんだ」

 ルミールはぼんやりと街を見つめている。理解が追いつかないといった様子だ。かつてここを訪れたときと違って空は晴れ渡っていた。それなのに太陽は見当たらない。空だけが澄み渡っていて明るい。雲一つない空だ。おまけにソニアとルミール以外、人の気配はない。

 ルミールとソニアが少しだけ歩いていると、雪原にぽつんとさっき二人が入ってきたのと同じ扉があった。同じ扉を見つけてくぐれ、とはそういうことなのかもしれない。

 ソニアが扉を開くと向こうには全く違う景色が広がっていた。遠くへと海が広がる港。その港にはいくつかの大きな船が停泊している。ウィンディーネのいた海の街だ。扉はルミールとソニアの後ろでひっそりと閉まる。街にも人は一人もいない。海は凍ってはおらず、穏やかに波を寄せては返していた。二人で道なりに進み、ウィンディーネの社の手前で扉を見つけた。

 次は迷いなく扉をくぐった。どうなっているのか何となく分かり始めていた。これは二人が今まで辿って来た旅路と同じだ。それを逆向きに辿っている。

 広がっていた景色は傍に森の広がる街。ノームの街だ。医者ギルドの本部も誰もおらず、ぽつんと病院だけが建っている。

 「こっちだ」

 ルミールはソニアを医者ギルドの薬草園に連れて行った。その扉がさっきと同じ扉になっている。それを押し開けた。

目に入ったのは一面の草原。そよ風が二人の頭上を吹き抜けていく。

その道をソニアはよく知っていた。それはルミールも同じだろう。ここで二人は初めて出会った。あの時はまだ、一緒にこんなところまで旅することになるなんて思ってもみなかった。

 「ここ、覚えてる?」

 「忘れるはずがないだろう。君と私が初めてここで会ったんだ。グリフォンの森へ行くなと教えたのに、君は聞かずに行ってしまって。あれは、びっくりした」

 「魔法使いだから何とかしなきゃって思って。ルミールはわたしのこと、助けてくれた。それで、怪我しちゃって」

 「だが、治してくれただろう。君の魔法で」

 あの頃は、こんなふうに話すようになるなんて思わなかった。ルミールは、魔法も精霊もあまり好きそうではなかったのに。

二人で話しながら、森の方へ歩いて行くと、森の入り口に同じ扉があった。この先が一体、どうなっているのかは二人とも分からない。二人の旅路は全て辿って来たから。それでも、きっとどうにかなるだろうとソニアには思えた。



 扉をくぐった先は空の上だった。いや、そういうと正しくはない。足場はある。草木の生えた小さな足場が空に浮かんでいる。その上に二人は立っていた。周りには雲が浮かんでいる。空は夕方と夜の間の時間のように茜色に染まっていた。赤い夕日が地平線の端に見えた。真上の空にはもう星空が広がっている。風の吹き行く音しか聞こえない。ほぼ無音の世界。それは一種、不思議に思える空間だった。その非日常な感じがなければ、恐ろしく穏やかな場所だ。

 よく見ると同じような足場がところどころに浮かんでいる。それは穏やかに螺旋を描いて上へ続いている。

 「どうやって、あそこまで」

 「魔法を使うのかな」

 ソニアが指さした先には階段のようなものが薄く見えていた。ソニアが杖で触れながら魔力を流すと、透明な階段が出来上がる。

 「行こう」

 ソニアの後ろについてルミールも階段を確かめながら上がる。足元に空と雲が透けて見え、少しだけ冷や汗が流れるのをルミールは感じた。踏み外したら、この無限とも思える空の上に放りだされてしまう。時折、階段には黒い霧がかかっていることがあった。それをルミールの力で消すと、ソニアの魔法でまた、階段を作ることができた。二人で文字通り、力を合わせながら上の層を目指した。

半ばほどまで上がったところで木々の生い茂る足場に着いた。どうやらここで休めそうだ。それなのに、ソニアはまるで休息には関心がないように、先へ進もうとする。よく見れば、肩で息をしていた。

「ここらで休もう。先は長そうだ」

 そういわれて、はっとした顔でソニアはルミールを見た。それからゆっくりうなずく。

 「そうだね」

 それだけ呟いて、やっと肩の力を抜いた。ルミールが声をかけてくれなかったら、きっと休むことを忘れて進んで行ってしまっていたに違いない。ルミールも疲れが手足に出始めていたことに気付いた。やはり休む潮時だったのかもしれない。

探せば足場に木の枝がいくつも落ちていたので、それを集めて火を起こした。ルミールは手持ちにいくつか薬草や香草があったのを思い出し、ハーブティーを淹れた。夢の世界で飲んだ春の香りがするお茶を思い出して。もちろんそれには似ても似つかないのだが。

 それでも、ソニアはおいしいと明るい声で言った。

 「ちっちゃい頃、飲んでたのと似てるかも」

 「そうか。それなら良かった」

 とにかくソニアが元気になったなら、良かった。ルミールも何となく、一息つけた。もう少し、頑張れそうだ。



 ソニアとルミールが天の社までついたのは、もう少し経ってからだった。どれくらい時間が経ったのかは、空の様子からは分からなかった。どんなに時間が経っても空は何も変わらなかった。

 二人が着いたのは空の最も上にある大地。その上に真っ白な社、というよりは城のような建物と巨大な門があった。門に近づくとかすかに薄く光の円が現れた。ソニアが杖を差し出し、魔力を流すと少しずつ円の中に複雑な文様が現れる。やがて文様が円の端々まで現れた。それとともに門が開く。

 轟音と共に開いた門の先には社に向かってまっすぐ道が伸びていた。道の両端には白い柱が等間隔に並んでいる。その道をソニアとルミールは黙って歩いた。二人の足音だけが辺りに響いた。

 城のように巨大な社には扉がなかった。ただ入り口が開いてるだけ。中は真っ白なホールが広がり、上へ続く大きな階段があった。そこも上がり、いくつか部屋を通り抜け、ひときわ大きく豪華な扉の前で立ち止まった。どの部屋にも誰もいなかった。この部屋の先に精霊がいるのかもしれない。この世界の始まりから存在するという精霊が。

 「本当にこの先に?」

 「分からない。だが、ベアトリスはここにいると言っていたな」

 ソニアが扉へ近づく。そこで、ルミールが立ち止まっていることに気付いた。

 「ここから先へ行けない。通れないんだ」

 何かの力がルミールだけを遮っているという。その先へ歩もうとしても、何かに体がぶつかって、どうしても進めない。ここからはソニア一人で進まないといけない。

 「ここで待っていて。行ってくる」

 「分かった。必ず戻って来てくれ」

 ソニアは一つうなずくと扉へ再度、近づいた。

 扉がゆっくりと開く。ソニアは思い切って中へ踏み込んだ。

 広い部屋は他の部屋と違って赤に金の刺繍のされたカーペットが敷かれ、壁には同じ色のタペストリーがかけられていた。そのカーペットは、まっすぐに部屋の奥まで伸びている。その先はベールのようなもので包まれていた。ベアトリスが試練のときに作っていたような結界と似ている。手で触れてみると、それはあっさりと手を通した。何も感じない。まるでソニアに早くやって来いと言うように。

 ソニアはそっとベールを通り抜けた。中には同じようにカーペットが続いている。その先に金で縁取られた椅子があった。天蓋の付いた王が座るような椅子。その椅子に誰かが座っていた。

 青年だった。金の髪に白いローブをまとった青年。どこかで会ったことがあると感じたのは、かつて会った夜の闇の精霊と似ていたからだ。ということは彼こそ、日の光の精霊だろうか。

 彼は眠っているように見えた。前かがみになって、片方の腕の上に頭をもたせかけている。

 しかし、ソニアが近づくと彼は、ゆっくりと頭を上げた。空のような青い瞳がソニアを捉える。はっとしてソニアは足を止めた。

 『待っていたよ』

 日の光の精霊は、ゆっくりとほほ笑んだ。まるですべてを見てきて、知っているとでも言うように。

 『もうじき夜が明ける。そろそろ僕は夜に闇の精霊を迎えに行くんだけど、その時にフロルも迎えに行くことになると思う。フロルはどこかに行っちゃったんだよね?』

 どうやら日の光の精霊はもう、フロルのことを知っているようだった。それでも、先を促され、ソニアは自分が見てきたことを話した。不思議とつっかえずに、すらすらと言葉が出てくる。四大精霊についても尋ねられたので、その試練と彼らが自分を認めてしてくれたことを話した。

日の光の精霊は黙って聞いてから、ソニアが話し終わるのを待っていた。

 『フロルはバハムートを連れて行ったんだね。僕は夜と一緒に二人を探すよ。天から僕が探せば、僕の力が大地に及ぶこともないだろう。そこで一つ頼みがあるんだ。僕が行ってしまった後、塔の上の明かりをつけておいてくれないかな。きっと僕たちのことも見えると思うよ』

 なんでもないことのように言って、手をソニアの額に一瞬、かざした。そうされると、塔がどこにあるのか聞かなくても、ソニアにはそれがどこにあるのか、明かりのつけ方も頭に入っていた。魔法で伝えたのだろう。

 『頼んだからね』

 そう言ってにっこり微笑むと、日の光の精霊は眩い光と共に消えた。彼は行ったのだ。夜を迎え、朝をもたらすために。

 ソニアは部屋をあとにした。塔はこの社の外にあるはずだ。部屋を出ると待ちくたびれたようにルミールがソニアに近寄った。

 「どうだった?」

 ソニアは成り行きを話し、明かりをつけに行かなければならないことを話した。まだ、現実感がなかった。この世界の始まりに関わったという精霊に会ったというのに、まるで随分、前に会ったきりの友達に会ったような気持ちがした。懐かしいような、浮き立つような。強い力は感じても、それに押しつぶされてしまうような、そんなことは感じなかった。それは以前に会った夜の闇の精霊も同じだったことを思い出した。



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