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よき風の運び手

 昔々、世界は精霊の歌にあふれ、人々は精霊の姿を見、声を聴くことができた。その精霊をまとめるのが大精霊だった。

 一人前の魔法使いになるには大精霊さんたちに会わないといけないんでしょ?

 そうだよ。でも、それだけじゃない。四人の精霊たちの力を合わせて精霊竜バハムートに認めてもらう必要がある。

 おじいちゃんはバハムートに会ったことがあるの?

 もちろん、あるよ。銀と金の光をまとまった立派な竜だ。

 すごいなあ。わたしもいつか会えるかな。

 その時が来たら、きっと会えるよ。一人前の魔法使いになったらね。



 ソニアは街を出て、来た道を戻っていた。一人前の魔法使いになるための試練、大精霊を探すこと。魔法使いになる人が減ったため行う者はかなり少ないが、それでも習わしは生き続けていた。

 始めに祖父から教えられた風の精霊の社へ行く途中だったのに、森の場所が分からなくなった。社のある森の名前は教えられても詳しくは何も言われない。そこからは自分で探さないといけない。それも試練の一つだった。

 別れ道で迷っていると、一人の旅人が通りかかった。黒づくめの姿に鳥のような仮面、手には木の短い杖を持っている。その姿はソニアも何回か見かけたことはあった。確か医者といって、病気を治す人々のことだ。魔法使いも同じように魔法で病気を治す仕事をする人もいる。だが、医者は魔法を使わないらしい。薬を作っているのだろうか。どちらにしろ、ソニアの村には魔法使いが何人もいたから、ほとんど医者には会ったことがなかった。

 このあたりの医者なら森のことを知っているかもしれない。声をかけてみると、案の定、その方角を口にした。

 「だが、今は行かないほうがいい。君は何をしに行くつもりかね」

 「精霊に会いに」

 「精霊…? あのような不確かな存在のために命がけになる必要もあるまい。悪いことは言わない、やめておけ」

 医者の表情は仮面で見えない。しかし、どこか呆れるような調子が声音には含まれていた。

 「どうして?」

 「グリフォンが暴れている。誰も近づいていない」

 



 ルミールはやれやれと街道へ戻った。精霊に会うという少女に話しかけられた時は驚いたが、森へ行くと言われてさらに驚いた。グリフォンが暴れているというのに。そこまでするとは、よほど精霊に会いたいらしい。もしかしたら、魔法使いなんだろうか。

 魔法も精霊も不確かで理不尽な存在だ。錬金術のほうがまだ、安定している。もちろん成功ばかりではないが、精霊のような気まぐれはない。

 ふと気になって、ルミールは少女がいたほうを見た。そこにはいなかったが、信じられないことに森の方へ歩いている。

 「あんなに止めたのに!」

 何を考えているのだろう。

 気が付けば、ルミールの足も森へと向いていた。自分には関係のないことかもしれない。だが、これ以上、怪我人が増えると思うと我慢ならなかった。

 森の道は通ったことがあった。旅人が通るための道だ。そこも今は誰もいない。危険だという噂が早くも立っているようだ。道に目を配りつつ走る。ふと、遠くの方で立ちすくんでいる少女が見えた。あわてて少女に声をかける。

 「なぜ森へ入ったんだ。危ないと言っただろう!」

 「グリフォンが暴れているなら、精霊のせいでしょ? それなら、何とかしないといけないと思って」

 「魔法使いなのか?」

 少女はうなずく。魔法使いの仕事だと言いたいのだろう。その考えは分からなくもない。だが、危険を冒そうとするのは理解できない。

 「それに、こんな人の通る道にやってこない…」

 そこで言葉を切った少女に違和感を覚え、ルミールは振り返った。

 音もなくそこに、グリフォンが佇んでいた。低いうなり声をあげる。こちらを歓迎しているわけではあるまい。とっさにルミールは杖を持った手で少女を制した。自分の杖を掲げようとした少女が驚いたようにこちらを見る。

 「君は逃げろ」

 言うか言い終わらないうちに興奮したグリフォンがそのカギ爪で襲い掛かった。腕に痛みというよりは熱のようなものが走った。そこから徐々にひどい痛みがやってくる。背後で少女が後ずさるのを感じた。反射的に腕を強く握り、止血するが焼け石に水だった。そうこうしているうちに、グリフォンが体制を立て直してくる。少女が息をのんだ。このままではまずい。早く逃げなければ。かといって走っても、すぐに追いつかれるだろう。なす術は見つからない。

 半ばあきらめかけた時に、その音は突然、天から降るように鳴り響いた。角笛だ。高らかに鳴り響く角笛の音を耳にしたグリフォンはうなるのをやめ、一度、空を仰いだ。そして、二人に目もくれず天へと羽ばたいて、去った。

 しばらく、少女もルミールもまんじりともせず角笛の音を聞いていた。その笛の音はまるで風のように軽やかに響き、そして消えた。

 「大丈夫だった?」

 頭上から声がする。そこにいたのは一人の狩人だった。どうやら角笛を吹いて、グリフォンを追い払ってくれたらしい。森の番人と呼ばれる彼らは滅多に森の外のことには関わらないが、こういうときは決まって助けてくれる。木から飛び降りた狩人はルミールの傷口を一瞥した。

 「グリフォンの爪に毒はない。傷さえ何とかすればいいんだけど。まあ、お医者さんだから、わたしよりよく知ってるか」

 簡単にいう、と思いながらルミールは苦笑した。それにしても、自分がこんな目に合うとは。滑稽としかいいようがない。とりあえず簡単に処置だけでもするか、と考えていると少女が心配そうにこちらをのぞきこんでいた。

 「あの、腕をもっとよく診せて」

 思いもよらない言葉にルミールはしばし、ためらった。それからそっと腕から手を放した。少女が何事か呟き、手をかざすとふわりと光が現れ、それとともに傷がふさがった。治癒の魔法。存在は知っていたが、初めて見た。

  「毒がないっていうなら、なんとかなると思って。こんなことぐらいしかできないけど」

 少女はそこで言葉を切って、困ったようなそんな様子で頭を下げる。

 「助けてくれて、ありがとう」

 それはルミールにも狩人にも向けられた言葉のようだった。

 「そんなのいいって。森を見守るのがわたし達の役目ってね」

 ルミールより先に狩人がさっと答える。おかげでルミールは、言いかけた言葉を飲み込むことになった。

 「魔法使いなら、これが役に立つかな」

 狩人はそう言うと、先ほどのグリフォンの羽を少女に渡した。羽ばたいた時に抜けたようだ。よく見れば自分の服にもついている。どちらかというと、こちらは小さな羽で少女に渡されたものは、かなり大ぶりだった。

 「グリフォンは風の精霊に一番近い生き物なの。魔法使いなら、これを使って精霊を探せるでしょ」

 「ここにいんるんじゃ?」

 「いないわ。少し前から、この森の加護がなくなってる。ほかの動物たちも不安になってるし、わたし達はしばらく、ここを動けないの。森を守らないと。それに、精霊と話せるのは魔法使いだけ」

 少女は羽を見つめ、しっかりとうなずいた。




 がばっとソニアは目を覚ました。さっきの声は、やっぱり夢だろうか。頭がまだ、ぼんやりしている。頭のもやを振り払うようにさっきまでのことを整理する。

 思い出したのはグリフォンの声、鋭いカギ爪。かがみ込む医者の後ろ姿。グリフォンを前にして呪文の一つも唱えられなかった。思い出した今も背筋が冷える。精霊に近いといわれるグリフォンなら声を聴けるかもしれない。それは甘い考えだった。その自分の未熟さが彼を傷つけた。守護の魔法でもなんでも使えば、傷つかずにすんだはずなのに。

 知らない人のはずなのに、助けに来てくれた。怒るかなと思ったのに、ソニアを責めることもなかった。それがソニアを落ち込ませた。

 グリフォンの羽は魔力をこめると街を示した。医者は案内がてら、街へ連れて行ってくれた。

 「私も仕事がある。また。どこかで」

 そう言って去っていった後ろ姿がなんだか疲れているようにも見えた。

それから、グリフォンの羽はどこも示さなかった。諦めかけて、今日はもう寝ようと思ったちょうどそのとき、夢うつつに精霊の声を聴いた。

 『人の子よ。わたしの声を聴くことができる人の子。わたしは今、動くことができない。何かの力に抑えられている。この地を治める人の子の屋敷にいる。わたしの力が戻れば、この地に再び、よき風を送ることができよう。』

 夢うつつに聴いた少女とも大人の女性ともとれる声は今も耳の底に残っている。あの精霊は確か、屋敷にいると言っていた。風の精霊が夢に話しかけたのか。それとも、助けを求めたのを自分がたまたま聴けたのか。グリフォンの羽を取り出す。わずかに魔力を放ち、窓の外を指す。ソニアは杖を手に、意を決してそっと外へ出た。

 屋敷はすぐにわかった。この辺りを治める貴族の館で、ひと際、大きな建物だから迷わなかった。羽はその先の公園を示す。もともと貴族の館の庭の一部だったところを公園に開放しているところだ。その噴水の辺りでソニアは思いがけない人物に出会った。さきほど別れた医者だった。

 「君は」

 「どうして、ここに?」

 「それはこちらの台詞だ。精霊は見つかったのか」

精霊の声について話すと、やはり医者は怪訝な様子になった。

 「その精霊は、ここに?」

 「こっちよ」

 ソニアは医者をつれ、噴水の向こうに広がるバラ園に足を踏み入れた。小道の途中にあったアーチをくぐった先、そこに広がる空間に淡い緑色の光が漂っていた。

 ソニアが手を伸ばすと、風が起こり、光は白いワンピースを着た少女の姿へと変わった。背に白い翼を持ち、頭に花冠をした少女は伝えられる風の大精霊、シルフィールと全く同じ姿をしていた。

 『わたしの声を聴くことができる人の子だな。わたしは今、身動きができぬ。何らかの力がわたしを抑えているのだ。そのグリフォンの羽を持って、わたしのいる屋敷の中に来てくれぬか』

 「でも、屋敷の中なんて。どうやったら………」

 『どうやら、ここの人の子の娘が目を覚まさぬらしい。ここに住む者ゆえ、わたしの力の影響を受けてしまったのだろうな。今のままでは何もしてやれん』

 頼んだぞ、と言い残しシルフィールは消えてしまった。屋敷の中にシルフィールが宿る何かがあるのかもしれない。だが、忍び込むようなことはできそうもない。ソニアは困って羽に目を落とした。

 「つまりこの屋敷の中に精霊がいるんだな。それなら、私が何とかできるかもしれん」

 医者の方を驚いて見上げる。表情は分からないが、少し得意そうな調子だった。

医者のアイディアはごく、簡潔なものだった。医者として貴族の娘を診るというものだ。ソニアは手伝いということで中へ入った。

 眠り続け、目を覚まさない娘のことは街で噂になっていた。何日か前から眠ったまま目を覚まさないらしい。それはこの地に以前から吹いていた風がほとんど吹かなくなった頃と重なるという。街の医者は誰もが、どうするかで頭を抱えていた。彼が娘の診察を申し出ると、皆、もろ手を挙げて承諾した。

 「やはり、ただ眠ってるだけだ」

 どこか具合が悪いわけではない。ルミールは娘の脈を測り、そっと手を離した。グリフォンの羽はまだ、反応はない。精霊の声も力も今は何も感じない。やはり何かに抑えられているのだろうか。

 「娘の眠りと精霊に関係があるかと思って、つい持ってきたしまったが、それがいけなかったのか。とにかく、どうもこうも、うまくいかんもんだ」

 心配しきった顔で娘の父親はソニアたちを送りがてら、呟いた。

 「精霊をつれてきたのですか?」

 「正確に言えば水晶だよ。精霊が宿るというし、何とかなると思ったが。少しの間だけと思って持ち出した罰だろうか」

 「精霊が、宿る」

 ソニアをちらっと見てから、娘の父親はつづけた。

 「見ていくかね? 何かわかるとは思えんが」

 つれていかれたのは分厚い豪奢な扉の前だった。三人の使用人でやっと開くほど大きい。ぎぎぎ、と音をたてて開く扉。そこに不釣り合いな一人の青年が立っていた。

 「誰だ!? どこから入った!」

 黒いローブを着て、ソニアと同じような木の杖を手にし、青年は面白そうに笑う。

 「やっと来たんだ。けっこう遠回りしたね」

 それはソニアに向けられた言葉だった。知らない青年のはずなのに、どうしてそんなことを言うんだろう。

 「あなたは」

 「僕も精霊を探しているんだ。グリフォンの羽、使ってよ。でないとシルフィールが水晶から出てこないんだ」

 驚いて立ちすくむソニアに青年が詰め寄る。

 「精霊に干渉できるのが、眷属と言われる生き物だけでしょ? 僕が近寄っただけなのに、シルフィールは水晶に閉じこもるんだ。本当に困るよ」

 「ちょっと待って。シルフィールが羽を探していたんじゃないの」

 「あー、あの声も姿も僕が作ったんだ。よくできてたでしょ。本物は水晶に閉じこもってる。声は聴けないよ」

 精霊の姿や声を作り出す。それほどの高度な魔法を使いながら、精霊を探している。ソニアと同じように見習いの試練を受けているのだろうか。そんなことがあり得るだろうか。

 「使ってくれないなら、もらっちゃうけど」

 青年が杖をかかげると、恐ろしいほどの風が起こった。闇の色をした風で周りが見えない。

 なんとかしなきゃ。ここで魔法を使えるのは自分だけ。今度こそ、誰も傷つかないように。羽が手から抜けそうになる。それを必死に掴む。そのさなか、ソニアの頭に青年の言葉が甦った。確か、羽が水晶を解くと言ってなかったか。

 ソニアは羽に魔力をこめた。どうなるかは分からない。でも、今はこれしか方法がない。 魔力のこめた羽を水晶に向かって放る。そのとたん、淡い光がちらりと見えた。

 『わたしの名を口にするがいい。力を貸してやる。やつをここから追い出せ』

 それの声の主こそ、風の大精霊シルフィールの声だった。その声とともに何か優しい力を、杖を握る手に感じた。誰かがそっと後押ししてくれるようなそんな力だ。

 風の精霊の名を呼ぶ。迷いなく。それに答えるように風が巻き起こる。まるで闇をつれていくように。

 「そんなことも、できるんだ」

 風が消えた時、青年も姿を消していた。




 ソニアは丘の上から、もう一度、街を見下ろした。心地よい風が吹き抜けていく。あの後、シルフィールはソニアに自分の力の一部を分けてくれた。

 『そのまま力を持っていけ。何かあったら、呼ぶのだぞ』

 そういって去った後に森から清々しい風が通り抜けてきた。精霊の守護が戻ったらしい。それから間もなくして、娘も目を覚ました。父親からは何度もお礼を言われた。じきに森も元に戻るに違いない。

 「あれ?」

 また、あの医者を見かけた。というより、追ってきたらしい。医者は立ち止まると、肩で息をしていた。よほど、急いで来たようだ。

 「これから、どこへ行くつもりだ」

 「精霊を探しに」

 「そうじゃない。具体的に場所がわかっているのか」

 そう言われてはっとした。どこに行けばいいのか、知らないのだ。

 「ノームと呼ばれる大精霊が宿る木を持つ街なら知っている。どうも君は見ていて危なっかしい。私もちょうど、用がある。だから、途中まで一緒に行っても構わないか」

 「うん、大丈夫だよ」

 本当のところを言うと、一人も心細かった。途中まででも一緒なら、心強い。

 「ところで、名を尋ねていなかった。私はルミール。君は?」

 今更だがな、と言うルミールにソニアは告げた。

 「わたしはソニア。魔法使いのソニアよ」


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