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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

喫煙キス

作者: 智秋

 規則正しく歩く女性。雨元あめもとは喫煙室に入った。

 近くのテーブルに陣取って煙草をくわえる。

 火をつけて煙草を吸い、満足げに煙を吐いた。


「ふぅ」


 仕事に入っていた意識が休みに切り替わる。

 このまま一つ結びにした髪をほどいて、もっとリラックスしたい。そう雨元は思った。


「仕事中にも吸ってたいねぇ」


 ため息交じりに愚痴る。

 最近オフィスビルが全室禁煙となり、手軽に煙草を吸えないのだ。

 だから数時間の口寂しさを癒すように、じっくりと煙草を吸う。

 そして二本の煙草を吸い終えると、喫煙室のドアが開いて若い女性が入ってきた。


「うっいす雨元センパイ。おつかれっす」


 後輩の軽井が親しげに挨拶をした。

 二人は10歳ほど年が離れている。

 とくに軽井は会社員になってもギャルっぽく、スーツ姿に不釣り合いな金髪が輝いていた。

 しかし親しいので、年齢など気にせず雨元も調子よく返す。


「お疲れさん。軽井も休憩?」


 テーブルに置いたアメリカンスピリットを取って、軽井にみせる。

 休憩という甘美に軽井は目を輝かせた。


「もちっす」


 軽井は雨元のいる丸いカウンターテーブルについた。


「えへへ。やっと栄養補充できるぅ」

「栄養? 煙草じゃないの?」


 同士に会えたと思ったのに、と雨元は内心がっかり。

 軽井はそれとは知らず、人懐っこく笑った。


「最近の禁煙ブームに乗るって訳っすよ」

「なら喫煙者の私はおいとまするわ」


 残念そうに雨元が伝えると軽井は慌てた。


「ちょうジョーダンっす! もちニコチン摂取っすよ」


 カワイイ小物入れから煙草パックを取り出した。

 銘柄はピアニッシモ。甘い匂いで人気の煙草だ。

 やはり喫煙目的。嘘つきな軽井に雨元は異議を立てる。


「それなそうと言えばいいじゃない」

「だって雨元センパイがどんな反応するか知りたかったんだもん」


 雨元は鼻で笑った。「お望みの反応だったか」と。

 軽井は「まぁまぁよかったっす」とそれなりに満足げであった。

 そして会話を広げようと軽井が嬉々として話し始める。


「てか雨元センパイ聴いてくださいよぉ。あたしこれで今週10パックっす」

「すっかりヘビースモーカーね」

「毎日がヘビーすぎるから仕方ないっす。今の部署忙しすぎて煙草もヘビーにしないとやってらんないっすよ」


 愚痴をこぼす軽井。

 それに雨元は引っかかりを覚えた。


「あら、その口ぶりだと私と組んでいたほうが楽勝だったのかしら?」


 雨元は入社したばかりの軽井を教育していた。

 そしてギャル軽井を教えるのは大変であった。


「私は思い出せるよ。教育初日に『パソコンの電源どうやってつけるっすかぁ』て聞かれたときは死を覚悟したね」

「申し訳ないっす……でもそんなあたしに真剣になってくれたのは雨元センパイだけっす」

「それはどうも。まぁ仕事できるようになったから大丈夫なのだけれど……それでも今の部署辛い?」


 共に仕事をしてきたからわかる。

 軽井は立派になった。

 それなのに今の仕事がつらいのだろうか。

 訴えるように見る。軽井はやたら早口で答えた。


「でもしんどいモノはしんどいっす」


 がっくりと肩を落とす軽井。

 はたから見れば疲れている様子だが、雨元には『まだ余裕』と映った。

 カバンからライターを探す軽井を、雨元はイジメようと考えた。


「そのわりにはおしゃべりね」

「まぁそうっすけど」

「軽井はしんどい時、喋らないないから疲れているのは嘘ね」

「よくご存じで」


 軽井は苦笑い。雨元が鼻で笑う。


「一年間みっちりと付き合ったから、軽井のことは親よりも知っているつもりよ」

「あはは、それは言いすぎっすよ」


 冗談すぎる、と軽井は笑った。でも雨元にとっては冗談ではなく本音であった。


「私はそれぐらい軽井と親しいつもりだけど」

「うーん。雨元センパイぐらいなら、元彼と同じくらいかなぁ」

「私は別れた男と一緒かい」

「でーもー元彼よりも雨元センパイのほうが断然好きっす」

「フォローになってない」


 雨元は煙草を吸う。

 ふぅと軽井に向けて煙を当てた。

 軽井はそんなのお構いなしにライターを探しながら、雑談するようにこう切り出した。


「雨元センパイ。今日の帰りに飲みませんか」


 センパイと飲みたい気分なんですよ、と軽井は誘った。


「いいねぇ。軽井のそういうところ」


 雨元はにこやかに笑みをみせる。しかし軽井には笑顔の意味がわからなかった。


「あたしのそういうところってなんっすか?」

「物怖じしないところ」


 あぁ、と軽井は納得した。

 そして自慢げに笑う。


「あたしの長所っすから」


 くったくない笑みに雨元は安らいだ。

 この笑みをお酒とともに味わいたい。

 そう雨元は誘いに乗り気になった。


「じゃあ今日は一緒しようか」

「えへへ、やりぃー」


 一緒に飲めるとあって軽井は嬉しそうだ。

 これに雨元も嬉しく思えた。

 今はお酒を飲まない人が多い。誘っても振られてばかりだ。

 こう思うとがっつり飲んで、そして楽しい軽井は貴重だ。


「そういえば雨元センパイ。あたしが居る部署のセンパイからなにか言われたりしましたか?」


 なにか? そう言われて雨元は少し考える。たぶん仕事の悩みかなとあたりをつけた。


「悩みなら聞いてあげるわ。飲んでいる時にね」

「いやそーゆーのじゃないっす。ただあたしの仕事っぷりをどんなふうに聞いているのかなぁて」

「そうね……言われたことそのまま言うと『態度が軽くてウザい。しかし仕事はめっちゃ完璧。アイツから仕事センスを取って別の新人に移植したいほどだ』だって。私からしたら出来のいい半人前ね」

「あはは……ですよねぇ」


 力なく軽井が笑う。雨元はあきれる。


「わかっているのに治せないのは問題ね。まぁ私も軽井のそういうところ直そうとしたけれど、ごらんの有様なわけで」


 すると軽井はえっへんと誇らしげに。


「あたしの軽さは無敵っす」

「威張ることじゃない」


 雨元は静かに怒ってみせた。


「すいません……でも直そうと思うけれど、ぽろっと言っちゃうすよ」


 叱られてしょんぼり。軽井は意気消沈。


「ううぅ、あたしには無理っぽいっす」


 軽井にしてはずいぶんと暗くなったと雨元は感じた。

 でも軽井はしょんぼりしているよりも、大学生みたいにキラキラしているほうが可愛い。

 これはダメだ。元気づけたい。

 反省は大事だがそれ以上に大切なのがある。


「仕事はできているのだから、もっと意識したら治せるわ。頑張れ」


 すると軽井は嬉しそうにうなずいた。


「雨元センパイが言うなら頑張ってみるっす!」


 やる気満々。先ほどの暗い感情はしまい込んだらしい。すぐ元気になった。

 雨元は思う。こんなに単純だと詐欺とかに会いそう。


「なんだか軽井のこと心配になってきたよ」

「雨元センパイを心配させるなんて罪な女っす」

「女語りたければあと10年歳を取りな」


 元気なった証拠に軽口がよく回る。

 そこで雨元は気がついた。喫煙所に来たのに軽井はまだ煙草を吸っていない。ずっとカバンからライターを探している。


「ところで軽井。いつまでライターを探しているの?」


 ぎょっと軽井が慌てる。そしてごまかすように笑った。


「それがカバンに居ないっすよ。ライターがどこにも」

「忘れて来た?」

「それはないっす。たぶん足でも生えて逃げちゃったすね」


 アホなこと言っているな。そう雨元はあきれる。


「それは置いといてライターなしでどうやって煙草吸うのよ」


 ことの重大さを理解したのか軽井は慌てだした。


「あわわっす! どうしよう」

「逃げたライターを追えばいいじゃない」

「あれはジョークっす。本当に追ってたら休み時間なくなっちゃうっす!」


 どうしようどうしよう、と呪文のように唱えた軽井。するとあることを提案しだした。


「雨元センパイお願いっす。ライターを貸してほしいっす」


 手合わせお願いする軽井を見て、雨元は笑った。

 まるでカワイイ駄犬だ。首元をかいてやりたくなる。

 こやつにイジワルしてやりたい。そう雨元は思った。


「嫌だ。貸さない」

「そこをなんとかぁ~」

「じゃあ軽井。自分の煙草咥えときな」


 仕事中のように雨元は軽井に命令した。

 軽井は雨元を信用している。それは命令もしかりだ。

 だから軽井は躊躇なく煙草を口に近づける。

 でも命令の意味を理解できないのか、軽井はエラーを起こしたパソコンのようにわめき始めた。


「こんなことしても煙草は吸えないっすよぉ……やっぱライター貸してくださいっす。一生のお願いっす! お願い聞いてくれたらスタバでカフェモカおごるっす!」

「この口の軽さだけは操れないのがくやしいわ。あと先輩をモノで釣ろうとするな」


 雨元は新しい煙草に火をつけた。

 そしてライターはポケットにしまう。

 軽井が「あぁ!」と情けなく唸った。それを見て雨元は「こっちに寄れ」と合図。


「なにするっすか雨元センパイ?」

「軽井に火をつけてやるのよ」


 そこで軽井は理解した。煙草を咥える。雨元も咥える。

 二人の煙草がキスをするように触れ合った。

 雨元が煙草を吸う。そして軽井も煙草を吸う。

 アメスピの火がピアニッシモに灯る。ほのかにイチゴが香ってくる。それがアメスピの香ばしい匂いと混ざりあった。

 時が心地よい。二人はそう思い、互いの姿に色っぽさを感じ合った。

 軽井は雨元の酸いも甘いも知っている目と鼻先を。

 雨元は軽井の純粋でまっさらなその心を。

 しっかり軽井を堪能した雨元。涼し気にアメスピから口を離して微笑んだ。

 軽井はまだ煙草に夢中のようだ。


「おいしいか?」


 そう尋ねると、うまそうに煙草を吸っていた軽井が、驚くように返事をした。


「うまいっす。いつも吸ってる煙草と違って、めちゃおいしいっす」

「なぜいつもと違うのかしら」

「それは……雨元センパイが居るから」


 軽井の頬が赤くなる。見るからに照れていた。

 雨元は思う。軽井と一緒に居ると幸せだ。


「私も軽井が居ると煙草がおいしい」

「相思相愛っすね」


 照れ隠しのように軽口を言ってきた。


「それは冗談?」

「本気っす」


 軽井の火が雨元に灯る。


「軽井のそういうところ好きよ」

「物怖じしないところっすか」

「そうよ」


 雨元は微笑む。


「今日、軽井と飲むのが楽しみね」


 雨元は思う。このカワイイ後輩をもっと知りたい。そして自分をもっと知ってほしい。

 それを知っていてか、軽井は緊張するように言った。


「あたしも楽しみっす……もっと雨元センパイを知りたいから」


 同じ思いに二人は酔いしれた。

 時間いっぱい煙草を吸う。この後の夜、どのようにしてセンパイと仲良くなるか、どのようにして後輩を知っていくのか、そう思いを巡らしながら。


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― 新着の感想 ―
[一言] シガーキスをしてからの、見つめあって心地よさにひたる時間がすてきですね。狭い喫煙室でふたりっきり、というのもなかなかいいシチュです。 軽井は、センパイにかまってもらう契機が欲しくてワザとライ…
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