Act 8. Speed Trigger
<ロサンゼルス市内>
同刻。深夜のロサンゼルス市街の路肩に停車している白いトレーラーが一台。一見ビルの設備業者を装った外見だが、その内部は見事に違っていた。機械を整備するハンガーのような内装を携え、無数に伸びた黒いケーブルに吊るされた銀髪の男が一人。宗像斎は相変わらずの仏頂面を浮かべながらミカエラの手によって対機甲の機械素体に変えられていく己の手足を一瞥しながら、足元に鎮座する黒いバイクに視線を落とした。YAMAHA XJR 1300。鋼鉄製の黒い機械馬はそんな名前だ。奇しくも彼と同じ国の出である事に妙な親近感を覚え、取り付けが終わった両腕でハンドルに触れる。瞬間、右耳に装着していたインカムから音声が響いた。
『やぁやぁやぁ! 初めまして、というべきかな? 』
「……!? 」
突然脳内に鳴り響いた声に斎は珍しく表情を変え、隣で彼の脚部を整備していたミカエラに視線を向ける。ミカエラは驚いた様子の彼に笑みを浮かべるだけで、手にしたタブレット端末でバンの荷台に設置された工業用アームを動かし続けていた。
『こっちだイツキクン。君のすぐ下にいるよ』
声が指示する通りに視線を落とし、ハンドルの中心部分に取り付けられた小型モニターを見つめる。画面の中にセミロングの金髪を揺らす女が微笑みかけるが、斎は眉一つ動かさずに一瞥した。大きく谷間の開いたブラウスに白衣を纏っただけの彼女はまさしく美少女の名に相応しいが、3Ⅾのバーチャルボディである事に斎は気付く。
『うんうん、噂通りの別嬪さんだね。ボクはリュディヴィーヌ・ルコック。気軽にリュディって呼んでね! 』
「……また騒がしいのが増えたな、ミカエラ」
「騒がしいのはいい事でありますよぉ斎さん。任務で疲れてる貴方達にせめてもの癒しをと思いましてねぇ……」
「お前のその中に入ってるぞ」
「むむっ! うら若き乙女にその言い草は酷いであります! 」
リュディそっちのけでいつも通りの口論を繰り広げる二人を見るなり彼女は画面から大声を上げ、斎とミカエラのインカムに大音量の絶叫を響かせた。思わず装着していたインカムを投げ捨て、画面の中のリュディを睨み付ける。
『フン! ボクそっちのけで夫婦喧嘩なんかするからいけないのさ! 』
「ふ、夫婦だなんて……リュディは口が上手でありますなぁ! 」
「俺はまっぴら御免だがな。まあいい。ミカエラ、調整の方は? 」
「よよよ……斎さんは相変わらずであります……足の方も終わったでありますよ……」
目元に手を当てて涙を流す素振りを見せながらもミカエラはタブレットを操作し、斎の四肢を完璧に仕上げた。手足が動く事を確認した彼は腰を落ち着けていたXJRに身体を預け始め、ミカエラに視線を向ける。
「車を出してくれ。あいつらが心配だ。……不本意ながらな」
「まったくぅ、ツンデレでありますなぁ。まあ、捕まっててください! 」
運転席に舞い戻ったミカエラは車のエンジンを起動するボタンを押し、トレーラー全体に機械の血が行き渡る轟音を耳にした。自動で操作されるシフトレバーを一瞥しつつアクセルを踏むと、トレーラーは間もなく夜のロサンゼルス市内を走り始めた。その直後、二人のインカムから怒号混じりの男女の声が響く。
『何テメェらぼさっとしてんだ!? こちとら絶賛鬼ごっこ中だぜ!? 』
『そうっスよ! 何回死にかけたか分かんねえって! 』
「まあまあ。作戦変更、という事であります。そのままお二人は私が送る座標に向かって走ってください。斎さん、行けますね? 」
XJRのモニターに地図が表示され、斎たちを示す青いカーソルとグレイ達を示す緑のカーソル、そして幾つもの赤い点が彼らを追走していた。正に絶体絶命。グレイたちがこれまで銃弾と鉢合わせる事が無かったのは、本人たちの悪運のお蔭だろう。ミカエラの運転する大型車が高速道路に差し掛かったところで、斎は顔を覆うバイザーの電源を起動し、バイクの心臓に火を点けた。左手のクラッチレバーを握り、左脚のチェンジペダルを押し下げる。直後バンのリアドアが開かれ、彼とXJRは夜の道路に投げ出された。
「お仕事開始でありますよぉ! 」
ミカエラの一声と共に斎はアクセルを捻ってエンジンの回転を上げ、レバーを握る力を弱めていく。最初はバンから突き放されていくが、クラッチレバーから完全に手を離しシフトアップを行うとXJRは夜のハイウェイに轟音を撒き散らし始めた。
『ようやく二人きりになれたねぇイツキクン? これから一緒にどこか静かな場所でも……』
「生憎無駄話をするほど暇じゃない。二人との距離は? 」
『いけずぅ、でもそんなところもそそるねぇ。グレイくんたちはおよそ4キロ先を走行中。絶賛チェイス状態だね』
「それでいい」
XJRは斎の心に呼応するかのようにマフラーから轟音を掻き鳴らし、彼を風の世界へと誘う。ヘルメットを着用していない彼の銀髪が暴風に揺れながらも月明かりに反射し、絹のような光景を濃紺の空に作り出した。バイザーが風を遮断している為冷たい風を感じず、数台の乗用車を一瞬で追い抜いていく。
『いいぞー! どんどん追い抜いちゃえー! 』
「あいつらの状況は? 」
『待っててね……うわぁ、車中穴だらけだねぇ。あと数キロだけど、このまま直進すると敵さんの車と接敵するよ』
「それで構わん」
珍しく笑みを浮かべ、斎は更にギアの数を上げていった。右手に握るアクセルを更に捻り、鋼鉄の漆黒馬を嘶きと共に走らせると、サイドカバーから伸びていた長方形の筒に左手を突っ込む。直後筒状の鞘は十字を切るように青い4本の線が駆け巡り、斎は左手を一気に引き抜いた。電気を伴った真っ直ぐに伸びる黒い刀が姿を現す。日秀天桜。斎がインペリアルアームズに入社するにあたってミカエラが基礎設計し製造した高周波ブレードである。
『日秀天桜、蝕電モード起動』
そしてこの刀で日々暴走する機甲兵や機械の雑兵と渡り合う為、彼の得物には幾つもの機能が備わっている。戦闘不能に特化した峰打モード、触れた機械の電力やエネルギーを奪う蝕電モード、そして全てを断ち切る高周波モード等と言った近接戦闘に特化したものだった。斎はXJRと共にグレイたちを追う一台の黒いSUVに即座に接近し、ハンドルから手を離す。
「リュディ、リモート運転を」
『任されたぁ! 』
直後XJRに内蔵されたコンピューターへリュディが侵入し、鋼鉄の暴れ馬を瞬く間に支配下に置いた。斎はシートから飛び上がり、SUⅤのボンネットに着地する。フロントガラスからクーレ・メディケの警備兵たちが呆気に取られたような表情を浮かべる様子に斎は珍しく不敵な笑みを浮かべ、手にした日秀天桜をエンジンに深く突き出した。刀身に内蔵された超小型チップが起動し、電気自動型のSUⅤのエネルギーを一気に奪い去っていく。
「た、隊長!? 車の速度がどんどん下がって――――」
「貴様らの電力は頂いた。しばらく其処で頭でも冷やしているといい」
そう吐き捨て、斎は刀を引き抜いてからリュディの制御下にあるXJRに舞い戻って行った。SUⅤは間もなく動く力を失い、路肩に停止する。瞬く間に一台の敵戦力を無力化した彼は、次に約200m先の黒いセダンを見据えた。警備兵の一人が窓の外に身を乗り出し、グレイたちに向けて無数の弾丸を放っている。
「よくもまあそんなに弾を無駄遣い出来るな」
『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、という事でありましょう。斎さん、社長の乗る車はそのセダンの前にいる車です。くれぐれも戦闘不能にしちゃダメでありますよ』
「……無理難題を言ってくれるな」
『まーまー! ボクに任せてよ! ボクがいれば万事解決だからねっ! 』
深くため息を吐きながら斎は日秀天桜の柄を握り締め、グレイたちの乗るBMW7を屠らんとする警備兵の車に近づいた。柄の根元にあったトリガーを引き、愛刀を高周波モードに切り替えると身を乗り出していた一人の手元へ視線を向ける。右手の中にあった日秀天桜を縦一文字に振るうと、男が手にしていたSIG MⅭⅩのフォアグリップから銃身が切り離され、ポリマー製の破片が周囲を舞った。
「な――――」
「少し眠っていろ」
即座に日秀天桜を峰打モードに切り替え、刀身を直近の警備兵に当てると彼の身体は電撃と共に飛び上がり、すぐ隣にいた運転手の視界を覆う。気を失った同僚の身体を退かす頃にはセダンは路肩の壁に衝突し、間もなく動きを停止した。誰も死に至っていない事を確認した斎は一度止めていたXJRのアクセルを再度回し、夜風と共に一体化する。
「グレイ、そっちの状況は? 」
『嵐は去ったが馬鹿みてえに俺の事を追っかけてくる野郎がいる。このまま例の座標に進んで本当にいいのか? 』
「構わん。死にたくなければそうしろ」
『相変わらず冷てぇこったな』
「性分だ」
そう吐き捨て、グレイとの通信を切った斎は高速道路を降りる穴だらけのBMW7と銀色のテスラ Model Sをバイザーの範囲内に捉えると日秀天桜を鞘に仕舞い右腿に差さっていた麻酔銃TP89を引き抜いた。
『あくまで牽制だよイツキクン。ボクたちの目的は連中の武装組織を潰す事なんだから』
「分かっている。だからこそこいつが役に立つ」
TP89のトリガーを引き、先ほどと同じようにして身を乗り出していた警備兵に向けて電子弾を放つ。だが暗闇のせいか弾丸は当たらず、斎の存在をニコラス達に察知させてしまった。鉛製の9㎜×19弾を放つ黒い銃口が斎に向き、敢えてブレーキレバーを引く。
「この野郎、ちょこまかと! 」
時間を稼ぐ。その目的を頭に叩き込んだ斎は身体を左方に傾け、XJRに跨る自身の身体を他の乗用車の陰に隠れさせる。一般の企業である彼らが何も知らない一般市民に銃口を向け、引き金を引いたとなると更なる問題が浮上するであろう。相手の焦りが手に取るように理解出来た斎は、慣れない不敵な笑みを浮かべる。
『おっし、もうすぐ着くっスよ! 本当にあの倉庫に突っ込むんスね!? 』
『たりめーだ新人! こちとら既に腹決まってんだよ! 』
『ああもう、こうなりゃヤケだ! 神様、どうかアタシたちを救いやがれェーッ!! 』
リンとグレイの絶叫がインカムを通して斎の耳に反響し、思わず彼は顔を顰めた。斎に気を取られていたニコラス達もグレイたちが倉庫へ車を突っ込ませた光景を目の当たりにしたのか、彼を置いて二人の方へと車を走らせている。馬鹿め、まんまと罠に嵌った。そう言わんばかりに斎は口角を吊り上げ、XJRのアクセルを再度全開にした。
『斎さん! 二人はもう倉庫に入ったであります! 』
「嫌というほど聞こえたさ。……さあ、始めようか」
『うっわぁ、イツキクンすっげえ悪い顔してるぅ。ミカエラに送っておくね』
『マジ!? きゃっほーい! 今日はこれで寝るであります! 』
何処か緊張感のない一人と一体のAIの会話を横目に、斎はアスファルト舗装の道から外れ、砂塵が舞う地面にXJRを走らせる。握っていたTP89は既にレッグホルスターに仕舞いこみ、荒野を鋼鉄の黒馬と共に駆けた。目的地である倉庫のルートがバイザーに表示されるが、構わず彼は荒野を突っ切り、やがてXJRと共に空中へ投げ出された。其処で斎はハンドルから両手を離し、鞘に納められた愛刀を引き抜くと一気に振り翳す。高周波によって振動した刀身が鋼鉄製の屋根を両断し、愛馬と共に斎は倉庫の内部へと突入した。
「な、なんだこりゃあっ!? 」
第二目標でもあったギャンググループ、トルペードの軍団からそんな声が聞こえる。既にグレイたちと交戦していたようだが、斎の急襲によりいったん中断されたようだ。コンクリート製の土煙が巻き起こる中、彼はバイザーを外しながらXJRに取り付けた鞘を腰に装着する。直ぐ近くにいたグレイたちも彼と合流し、ガラの悪いギャングたちを見据えた。
「……もうここからは、斬っても良いんだったな? 」
『勿論であります! ――――皆さん、準備はいいですか? 』
やがて砂埃が晴れ、トルペードの大勢と三人は対峙する。グレイは愛銃のM686を手に、リンは黒い自動拳銃の引き金に指を掛け、斎は腰を低く落としながら日秀天桜の柄に手を掛けた。
「Ⅼet’s Rock!! 」