Act 63. SATORI my soul
<海兵隊野戦基地>
夜。斎たちは膨大な時間を掛けて作戦ブリーフィングを行い、得も言われぬ倦怠感に包まれながら基地の外へと出る。先ほどの戦闘が嘘のように静かで、落ち着いた夜空を斎は見上げた。対サイバーテロ対策特別チーム・キラーズブレイド。この基地の司令であるカークスは確かにそう口にし、斎たちにそう告げた。既にアメリカ全土で眞田桐彦率いるジェヌド・メスティカグループの暴挙が広がりつつあり、ロサンゼルスやシアトル、ニューヨークといった大都市で機械たちの暴動が起きているようだ。各州軍が国民を守ろうと今も必死に戦闘を繰り広げられているが、それが制圧されるのも時間の問題なのは明らかだった。だからこそ、斎たちが眞田桐彦たちを討つ事で終わらせる。作戦が成功するか否かは、斎たちに懸かっていた。
「ここにいたか、宗像斎」
「……アトラスか。お前が来るとは珍しい」
「なに、少し話してみたいと思ったのさ」
普段の獲物を求めるような鋭い眼光とは程遠く、アトラスの双眸はやけに穏やかなものだった。寄宿舎の椅子に腰掛けていた斎の隣に彼は座る様子を一瞥すると、斎は懐から煙草の箱を取り出す。ソフトボックス式のポールモールから2本煙草を取り出すと、真新しい白い巻きたばこをアトラスに手渡した。
「俺は吸わんぞ」
「そう言うな。あの時のお返しだ。受け取っておけ」
「……全く、義理堅い馬鹿なのはグレイ・バレットと同じだな」
あいつと一緒にするな、と愚痴りながら斎は火を点ける。紫煙を燻らせると二つの白い煙が濃紺の空に立ち上り、やがて消えていく。二人の間に会話はなかったが、斎はやけに強い安堵感を覚えた。
「奇妙なものだな」
「何がだ」
「殺しあっていた男とこうして肩を並べて煙草を吸っているのがな」
「今はお前と喧嘩している暇はない。あの男……眞田桐彦をこの手で殺すまではしばらく勝負はお預けだ」
「喧嘩か……ははっ、確かにそうだな。いつか、誰にも邪魔されずお前と全力を掛けた喧嘩をしてみたいものだ」
口調こそ穏やかだが、再びアトラスの双眸に炎が宿るのを斎は見逃さない。やれやれ、と斎は深くため息と煙を吐き出した。敵となれば標的を自身が力尽きるまで追い掛け回す殺戮兵器と化すが、味方となれば制御不能のキリングマシーンとなる。彼と今まで行動を共にしていたソフィアに僅かばかり斎は同情した。
「アトラス。敢えて聞くぞ。なぜ俺たちに協力した? 」
「神妙な顔をするのかと思えば、今更そんな事を聞くのか。そっちの気があるのかと思ったぞ」
「茶化すな馬鹿。全く、ソフィアみたいになりやがって……。それで、答えを聞かせろ 」
「降りかかる火の粉は払う。単にそれだけだ。俺にとって連中は、俺の快楽を満たす障害に過ぎん。だから殺す」
アトラスの返答に斎は肩を竦め、煙草の吸殻をその場に捨てる。お互いに吸い切ったところでアトラスが立ち上がり、斎は彼の方へ視線を傾けた。
「そろそろ帰るぞ、宗像斎」
「あぁ。では、また」
「……死ぬなよ」
「互いにな」
それだけ言葉を交わし、斎は再び空を見上げた。アトラスが立ち去っていく足音を横目に、二つ目の足音がこちらに近づいてくる様子を感じ取った。背後を振り向くと、そこには神妙な顔つきをしたミカエラが立っている。斎が立ち上がった様子を見るなり、再びいつもの笑顔を浮かべた。
「ミカエラ……? 」
「ここにいたんでありますね、斎さん。探しちゃいましたよ」
「グレイとリンは? 」
「今頃積もる話もあるんでありましょう。どこにいるか、さっぱりでありますよ」
「そうか」
んしょっ、と声に出しながらミカエラはかわいらしく斎の隣に腰掛ける。直後、斎の肩にミカエラは頭を乗せた。
「……ようやく、だな。お前の目的が果たされようとしている」
「なーんか、実感湧かないんでありますよねぇ。でも、これを逃したら次はないと思ってます」
「だろうな」
二人が頭に思い浮かべているのは、今回の元凶である眞田桐彦の事だ。すべては彼の凶行に始まり、多くの人間の人生を狂わせている。
「お前は……これが終わったらどうするつもりだ? 」
「あれぇ? もしかしてこの天才美少女科学者ミカエラちゃんに求婚しようとしてますぅ? いいなー、斎さんからプロポーズされちゃったら断れないなー」
「馬鹿、真面目に聞け。ったく、リュディの人格はお前に似たのかもな」
「えへへ、冗談でありますよぅ。そうですねぇ、とりあえずインペリアルアームズが続けられるかどうか、で変わってきますよ」
既にインペリアルアームズは壊滅寸前といっても過言ではない。眞田桐彦からの襲撃を受け、社内ほぼ全てのシステムはハッキングされてしまっている。このまま業務を続けてしまえば、データベースの脆弱性が明らかになり他のハッカーたちの格好の的となっているのは明らかだった。その上、海兵隊という国の機関に関わってしまえば、通常通りの業務は続けられない。国の機密に関わった以上、表社会から撤退する以外の道は残されていなかった。そんなことを考えていると、ミカエラが斎を抱き寄せる形で彼の胸に顔をうずめる。
「お、おい。何を……」
「ごめんであります。今は、今だけはこうさせて下さい」
「……分かった」
女性らしい柔らかさとトリートメントの匂いを肌で感じながら斎は、彼女の暖かさを感じる。
「どうした、ミカエラ」
「……今は、ミカって呼んで」
「……珍しくしおらしいな、ミカ」
斎の言葉と共に、腕の中のミカエラは顔を上げた。メガネの奥の瞳には涙を浮かべており、斎は思わず虚を突かれる。思えば、彼女の泣いている姿を見るのは初めてかもしれない。
「ごめん、斎さん。誰かにこうしないと、どうしても不安で。それに……私、リュディがハッキングされた時見ている事しかできなかった」
「俺も何もできなかった。お前だけが気に病む必要はない」
「でも……」
「お前がいなければ俺はあの時死んでいた。哀れな実験体の失敗作のまま、な。だから気に病むことはない。お前の罪くらいはしょい込んでやる」
「……優しいね、斎さんは」
「誰かさんに似たのさ」
しばらくそうして抱き合っていると、ミカエラは我に帰ったように斎の旨の中からそっと離れる。
「ねえ。絶対に助けようね、リュディの事」
「当たり前だ。もう、奴の好きにはさせない。必ずこの手で、救い出す」
自分にそう言い聞かせるように斎は言葉を口にした。夜はやがて明ける。決戦は、目前にまで迫っていた。




