Act 61. JACKPOT.
<ワシントンD.C. 旧陸軍訓練跡地>
大型機甲兵がその鋼鉄の拳を二人の立つ床に叩きつけ、コンクリート製の床は一瞬にして瓦解する。そんな光景にも斎とグレイは表情一つ動かさず、高く飛び上がって一つ目のカメラアイと視線を交わした。
『斎! グレイ! そのでっかいやつの他に機甲兵と支援者の部隊が来てるよ! 』
「おいおい、復帰した途端に押しかけてくんなよな! 」
「俺はあのデカブツを相手する! お前は連中を頼むぞ! 」
「はいよ! ったく、病み上がりに無茶させやがって! 」
そんな軽口を耳にしながら、斎は大型機甲兵の腕に飛び乗るとそのまま一気に駆ける。グレイが地面に着地し押し寄せてきた一個小隊へ向かっていく光景を一瞥しながら斎は愛刀・日秀天桜を機甲兵の腕に突き立てるが、凄まじい不協和音が耳に響き渡った。
『ウソ、斬れない……⁉ 』
「よほど金を掛けた様だな、クソッ」
そう吐き捨てながら斎は空いた左手でホルスターに仕舞われていたSTI 2011を引き抜き、機甲兵のアイカメラ目掛けて引き金を引く。9mm大の鉛玉は防護されたカメラを破壊するに至らず、再度はじかれる金属音が鳴り響いた。そんな斎を捉えようと大型機甲兵は左腕を彼目掛けて振り下ろす。即座に斎は高周波ブレードを眼前に構えてその鋼鉄の拳を受け止め、彼の身体は大きく後退した。
「ちぃっ……‼ 」
機甲兵に押し戻され、そのまま地面に落ちるところで斎は身体を一回転させて地に足を着ける。その隙を突こうと周囲の傭兵たちが押し寄せるが、数回の銃声が響いた後に兵士たちの額に9mm大の穴が空いた。
「ぼーっとしてんじゃねえぞイツキィ! 」
グレイの小馬鹿にした声が響くと同時に斎はグレイの背後にいた支援者の兵士へSTI 2011の銃口を向け、同じように引き金を引く。グレイは驚いたような表情を見せて背後を一瞬だけ振り向くと、おどけたように肩を竦めた。
「お前もな、グレイ」
「そりゃあどうも」
瞬間銃口を向けられる殺気を感じ取り、斎とグレイはすぐそばにあった瓦礫の蔭へ身を潜める。大型機甲兵が二人を補足しようと動き回っている地響きが聞こえるが、隣のグレイは悠々とチェストリグに手を突っ込み愛煙している煙草・ラッキーストライクのフィルターを口に咥えた。もう一本の煙草を斎に咥えさせ、火を点けると二人は同時に煙を吐く。同時にグレイの銃・M586がスイングアウトし、金色の薬莢が音を立てて落ちた。
「昔を思い出すな、イツキ。初めて鉄火場に行ったときもこんなヤバイ状況だった」
「そうか? あの時は今よりマシだったと思うが。正直、ブランクが響いてるんじゃないのか」
「馬鹿言え、こんな連中朝飯前だっつーの。つーかなんだその髪、イメチェンか? 似合ってねえぞ、もっと俺みたく流行りを取り入れたスタイルにしろよ」
「お前のはただ伸ばしてるだけだ。それにお前の方が似合ってない」
「にゃにぃ⁉ テメー言いやがった――――」
直後、二人が隠れていた瓦礫ごと大型機甲兵が持ち上げ、斎とグレイの姿を露わにする。やべっ、とグレイの声が聞こえた瞬間に機甲兵の拳が振り下ろされ、斎が刀を横に構えてその重撃を受け止めた。拳の圧力が強まっていくと同時に斎の足元に亀裂が入り、彼は舌打ちをしながら両腕の出力を最大にする。
「退けェッ‼ 」
大喝と共に鋼鉄の拳を弾き返し、機甲兵に大きな隙が生まれる。なりふり構わず斎は両足に力を込め、まるでその場から跳躍するように大型機甲兵の足元へと駆けた。彼の双眸には機甲兵の脚部関節しか映っておらず、一心に手の中にあった愛刀を横一文字に薙ぐとある程度脆弱なモーター部分を切り捨てる手ごたえを感じ取った。そのまま斎は機甲兵の股下を走り抜け、支援者の兵士たちと交戦しているグレイの下へと駆ける。
「このっ――――」
真正面に対峙した兵士からそんな声と共に銃声が幾度となく鳴り響くが、斎は日秀天桜を縦一文字に構える事で5.56mm弾を切り捨てながらその兵士の下に辿り着いた。その勢いのまま斎は空いた左手を兵士の顎に伸ばすと、地面に叩きつけてから敵の自動小銃・M4 SОPMODを奪い取る。まず足元に倒れた兵士の脳天に一発銃弾を叩き込み、全方位から感じ取った殺気の方向へ引き金を引き絞った。その攻撃によって一瞬ではあるが敵からの銃撃が止まり、グレイが接近する格好の隙を生み出す。
「俺を忘れて貰っちゃあ困るなぁ? えぇ? 」
もはやトレードマークとなった不敵な笑みを崩さず、瓦礫の蔭に隠れていた兵士たちと機甲兵群の渦中へ飛び込んでいく。彼の装備は一挺の回転式拳銃・M586と一本の小型高周波ブレードしかない。それでもグレイは臆する事なく迫りくる銃弾を身を逸らす事で回避し、一番最前線にいた兵士の喉元へナイフを薙ぐ。赤黒い液体が彼の顔に降りかかるが、構わずもう一歩踏み込んでM586の引き金を引いた。胸に9mm大の風穴が空いた兵士の首根っこを掴んで盾にすると、グレイに無数の銃弾が殺到する。
「ったく、金だけで集まった連中はこれだけだから嫌なんだよ! 」
盾にした男の身体から夥しい量の鮮血が弾ける光景を一瞥しながらグレイは目と鼻の先まで近づくと、小型の高周波ブレードが唸りを上げて肉を引き裂いた。兵士群を殲滅した後に瓦礫の蔭に隠れてM4の弾倉を交換すると斎の背後へ向けて引き金を引き、背後にいた兵士の身体を穴だらけにする。
「馬鹿野郎! 俺を撃つつもりか⁉ 」
「俺が撃つかよ! 」
「病み上がりだからな! 」
言ってろ、とグレイは一人ごちりながら周囲を見回した。斎が巨大人型機甲兵を引きつけてはいるが、自分達は圧倒的に数で負けている。ジリ貧なのは明らかで、グレイは自分を落ち着かせるように物陰に隠れながら新しい巻きたばこに火を点けた。近くの死体からM4の弾倉を数個奪い取ると、空になったSOPMОDのマガジンを交換する。同じく駆けこんできた隣の斎に二つほど弾倉を渡した。
『無事か、ムナカタ! 』
「ん……? 」
通信を傍受していたグレイのインカムに、別の男の声が響き渡った。あいつらは、とリュディに尋ねる。
『私たちを助けてくれてる海兵隊の人たちだよ! グレイも会ったことあると思うけど……』
「! あいつらか……! へっ、まだまだ神様にゃ見放されてねえみたいだ! 」
おい、とグレイは装着型のインカムマイクを使い、別働隊として動いていたアルマンたちに声をかけた。
『その声、グレイ教官⁉ 死んだと聞いてましたが……! 』
「バァーカ、勝手に死なすな! それよりもお前ら、今近くにいるのか? 」
『イエッサー! ホワイトハウスは制圧完了してそちらに向かっています! 』
「オーライ、なら手を貸してくれ。こっちに残存部隊がいる。大統領たちは確保できたか? 」
『イエッサー! 既に目標は確保済みです! そちらへの到着予定時間はあと数秒ほどです! 』
「聞いたな、イツキ! 」
「あぁ! ならもうひと踏ん張りというわけだ! 」
斎はその言葉と共に瓦礫の蔭から飛び出すと、大型機甲兵の足元まで駆けた。その瞬間、斎のインカムから威勢のいい叫び声が聞こえる。
「全軍、突撃ィィィィィィィっ!! 」
「この声、アルマンか! 」
カーキ色の軍服とボディアーマーを身に纏いながら戦場へ乗り込んでくる海兵隊の正規兵たちを一瞥すると銃口が自身に向く殺気を感じる。機甲兵の巨大な脚に身を隠し、そのまま駆け上がると彼の視界には機甲兵の顔面が覆うが、斎は機甲兵の腕へ飛び乗った。
「よう、デカブツ。悪いが、こっちも終わらせるぞ」
愛刀の切っ先を足を着けた機甲兵腕部に突き立てながら駆けると、高周波の振動は易々と鋼鉄の装甲を切り裂いていく。やがて関節部分に刀が到達した瞬間、斎を捉えようと機甲兵の左腕が伸びてきた。
「忘れんなよ、デカブツ」
瞬間、斎の身体を掴もうとしていた左腕は突如として姿を現した榴弾の爆風に飲まれ、鋼鉄の腕に巨大な"溝"が生まれる。突風が斎の全身に吹き、思わず飛ばされそうになるが複合型特殊柔合金の両脚は彼の身体をその場に押さえつけた。
「この馬鹿! 俺ごと吹き飛ばすつもりか⁉ 」
「おいおい、助けてやったのにそりゃないぜ 」
クソッタレ、と斎はひとり愚痴りながらそのまま腕を伝って大型機甲兵の頭部まで駆けると、青い光を放つカメラアイに向けて愛刀を突き立てる。高周波の刃がスパークを立てながらカメラを破壊し、斎はそのまま後方へ飛びのいて空中で身体を一回転させながら着地した。グレイが隣に立つ様子を一瞥しながら、レッグホルスターに差さっていた回転式拳銃 S&W M686を引き抜く。
「トドメは? 」
「二人でやるに決まっているだろう」
「へへ、だろうな」
『二人とも! あの機甲兵の弱点はカメラアイの奥にあるよ! 』
「サンキュ、リュディ。だとさイツキ」
「あぁ」
顔をにやけさせながら同じように回転式拳銃 S&W M586をグレイは構え、黒と銀の銃身が夕暮れに反射しながら銃口が正面の機甲兵に向いていく光景を目の当たりにした。既に周囲の敵兵もやってきた援軍によって制圧されかかっているせいか、二人に鉛玉が迫る事はない。
「合言葉は? 」
「……二度はないと言ったはずだ」
「そう言うなよ。ノリは良くないとモテないぜ? 」
グレイの言葉に呆れた表情を浮かべつつ、斎は真正面に立っているもがき苦しむ様子の大型機甲兵を見据える。視界を失いながらも斎とグレイを殺す指令だけを受け取っていた機甲兵は、動かすことのできる右腕だけ二人に伸ばしてきた。先ほどとは遥かに遅い速度で、斎たちが引き金を引くのは十分すぎる時間を与える。
「JACKPOT‼ 」
「JACKPOT」
二つの乾いた銃声が、夕暮れの空に響き渡った。斎とグレイの銃から放たれた.357マグナム弾は何物にも憚れる事なく真っすぐアイカメラの奥へと到達し、機甲兵の中枢人工頭脳を破壊する。糸の切れた人形のように動かなくなると、やがて自制を無くしそのまま地面に倒れた。立ち上がった砂埃を払うことなくその光景を見続け、やがて晴れ渡った光景を斎たちは目の当たりにする。
「作戦は成功、か」
「おうよ。ま、俺が連中の不意を突いたお陰だな」
「……今回は、そのようだ」
「なんだ、やけに素直じゃねえか。明日は槍でも降るかもな」
「お前が戻ってきた時ぐらいは、素直に接してやろうと思ってたとこだ」
「はは、本当に変わりやがったなお前。お兄さん嬉しいぜ」
『はいはい二人とも、お話はそこまで。早く帰ってきてね、みんな待って――』
その時だった。インカムをつけていた耳に、ミカエラの悲鳴が響き渡る。直後、斎が右腕に装着していた通信デバイスの画面にリュディの身体が青白く光る光景が映った。
「な――」
『リュディ⁉ 』
『え、嘘……これ、ハッキング――』
瞬間、リュディの身体は途端に生気を無くしその場に倒れ込む。斎はその光景を目の当たりにし、思わず言葉を失った。
「リュ……ディ……? 」
空しくも、斎はその光景を見ているだけしか出来なかった。




