Act 60. Let's Rock, Buddy.
<ワシントンD.C.廃墟ビル>
黒塗りのS&W M586 6インチを手に死の淵から蘇った男、グレイ・バレットは愛煙している煙草・ラッキーストライクを口に咥えながらゆっくりとリンの下へ歩み寄る。服装こそはアメリカ海兵隊の戦闘装備一式を身に纏っているが、額から左頬に掛けて痛々しい傷跡が残っていた。グレイはリンの隣までたどり着き、銃口を地に伏すリカルドに向けながら彼女の身体を抱き起す。
「せ、セン……パイ……? 」
「随分手酷くやられたな、リン。すまねぇ。ずっとお前が戦う様子は見てたんだが……手を出す暇がなかった」
「し、死んだ、んじゃ……? 」
「だから言ったろ、あまりにお前らが頼りねえから寝てられなくなったってな。それより……」
グレイは困惑した表情を浮かべるリンにウィンクして見せ、その後銃口の先にいるリカルドへ視線を向けた。
「……よう。随分とボロボロじゃねえか、お前」
「テメェ……やっぱり……生きてやがったか……ッ! 」
「そりゃあそうさ。お前が俺の目の前で死んでいく様子を見るまでは死ぬわけにはいかねえ」
瞬間、起き上がって吹き飛んだ腕の方へ飛び込むリカルド。銃を手に入れようと足掻いたようだが、それをグレイが見逃すはずもなく.357マグナム弾のけたたましい銃声と共にリカルドの脇腹を抉った。再び響き渡る獣のような絶叫をひどく鬱陶しそうな表情で払いのけ、グレイはリンを優しくその場で寝かせてからゆっくりとリカルドに歩み寄る。
「お前の手口なんざお見通しだ。お前が左腕にナイフを仕込んでるのも知ってるし、右足首に銃を隠し持ってるのも知ってる」
「だ、から……なんだって――――」
再度、グレイはM586の引き金を引いた。今度は左腕と右の膝を撃ち抜き、鉛玉が骨を砕く不協和音が耳に響く。
「――――詰み、だ。リカルド。俺がこの日をどんなに待ち侘びたかお前は知らんだろうが、あの時俺一人を生き残らせた時点でお前の人生は決まっていたんだ」
やがてリカルドとの距離は目と鼻の先まで縮まり、グレイは銃口が眉間に届く距離まで近づくと静かにその場でしゃがみ込んだ。うつぶせに倒れるリカルドの黒髪を掴み、そのまま持ち上げる。
「殺、せ……」
「……いや。俺は殺さない。お前を殺すのは、お前が殺した隊長たちだ」
「何を――――」
瞬間、リカルドは目の前の光景を疑った。自身の顔を持ち上げるグレイの周囲に血に塗れた男たちの姿がリカルドを見下ろしており、その表情はひどく凶悪なものだった。グレイの羽織っているミリタリージャケットには、海兵隊特殊作戦部隊ハウンドの隊員であった事を示す狼と自動小銃のワッペンがマジックテープで固定されている。
「俺は元海兵隊の特殊部隊、ハウンドとしてお前を追っていた。だから俺は止めを刺さない。お前が苦痛に悶え、徐々に死んでいく様子をこの目で見る事にする」
「や、やめ……! 」
グレイは装備していたチェストリグを外し、ジャケットをリカルドに投げ渡す。かつて彼が殺めた仲間たちの亡霊が纏う、そのジャケットを。
「やめろォォォォォォォォォォォッ‼‼ 」
絶叫。苦悶。悲鳴。涙。あふれんばかりの苦痛の感情を露わにし、リカルドその場で転がる。やがて彼は左腕だけで首を掻きむしり、夥しい量の血をまき散らした直後、気を失うように地面に倒れた。グレイはその様子を一番近くで見つめ続け、リカルドが静かになったところで立ち上がると拘束されているジェイソン・コールマン大統領の下へと駆ける。
「すみません、大統領。救出するのが遅れてしまいました」
「君は……」
「説明は後で海兵隊の者が行います。我々は味方です」
コールマン大統領の両手を拘束していた結束バンドをカランビットナイフで断ち切り、グレイは彼の身体を椅子から立ち上がらせた。その直後、ようやく事態を飲み込めたリンが銃創などなりふり構わず一目散に彼の懐に飛び込み、静かに両肩を震わせる。グレイはコールマンに視線を傾けるが、彼は笑顔で頷いてグレイの肩を叩くだけだった。そしてその後、3階へと降りる階段から3つの足音が聞こえ、グレイはリンを左手で抱きながらM586の銃口を音のする方向へ向ける。
「リン! 無事か――――」
その音の正体はリンを救出しに来た斎、ソフィア、アトラスの3名のもので、高周波ブレードと自動拳銃 STI 2011 タクティカル5.0を手にした斎は思わず自身の前に広がる光景に身体を硬直させた。
「よう、色男。相変わらず元気そうだな。それにそっちの二人も結局俺たちの傘下に加わった訳か」
「……どういう事か、説明してもらってもいいかしら? 」
「俺たちは亡霊でも見ているのか? 解析を頼む、ルコック」
『ゴメン、ボクにも理解不可能だよ……。ミカエラ、どういう事か説明して? 』
斎はアトラスやソフィアたちの声を無視し、得物をそれぞれ鞘とホルスターに仕舞いこんでからグレイにゆっくりと近づく。
「本当にお前、なのか? グレイ……。確かにお前はあの時……」
「それはミカエラが全部知ってる。な、ミカエラ? 」
『……全く、グレイさんにはほとほと手を焼かせられるでありますよ。そういうワケで皆さん、少し私の話に耳を傾けてほしいであります』
大人しくその場の全員がインカムに耳を傾ける。
『まず眞田桐彦の研究所が爆破されて逃げる時、私とランスロット君だけがあなた方と別行動をとっていた。あの時に私たちは瀕死のグレイさんを見つけ、なんとか救出したんであります。その後アンジュさんの診療所へ彼を運び、人体再生治療を行った。所謂人造人間の精製方法をグレイさんの治療に応用し、火傷でダメになっていた部分を再生したんであります。助かるかどうかはイチかバチかの賭けでしたがね。回復には半年以上の時間が掛かり、今に至るというわけです』
「……なんで社長は、アタシたちに黙ってたんスか」
『彼を切り札として起用するためであります。その点に関しては本当に申し訳ないと思ってるでありますよ。でも、あの時は私たち自身も追い詰められていた。だからグレイさんの生存を隠すほかなかったんであります』
「敵を欺くにはまず味方から、って言うだろ? まあ今回は上手くいったワケだが……」
「この馬鹿野郎……! 」
斎は怒りと喜びの感情が混ざったような表情を浮かべながらグレイの胸倉を掴んだ。どれだけ自分たちが心配したか、と言わんばかりに斎はグレイを睨み付ける。
「……悪かったよ、迷惑かけた。ただ俺も、お前たちの苦労を知らなかったワケじゃない。だからこうしてまた、戦場に立つことを選んだんだ」
「……もう、何処にもいかないと約束しろ。もう二度と、あんな思いは御免だ」
「約束する。それに……何処にもいかない理由が出来ちまったしな」
グレイは胸元で顔をうずめるリンに視線を落とし、笑みを浮かべた。そんな再会の喜びも束の間、廃墟ビルの床から地鳴りのような轟音が響き渡る。全員は一瞬で戦闘態勢に入り、インカム越しのミカエラとリュディが声を上げた。
『この反応は……! 』
『みんな、注意して! ビルの前方に巨大敵機影反応あり! 新型の大型機甲兵だよ! 』
「野郎、まだ隠し玉を用意してやがったか……! ソフィア! リンとアトラスを連れて大統領の脱出を最優先しろ! 」
「はいはい。相変わらず人使い荒いのね、アナタ」
「で、でもセンパイとイツキさんは……⁉ もう離れたくないっスよ! 」
「安心しろ。意地でも俺が連れて帰る。ミカエラ、彼らのアナライズを頼む。リュディ、お前は俺たちの援護を」
『了解であります! ほら皆、走った走った! 』
「まったく……けが人に無茶をさせる連中だ。ソフィア、ミラフェリア。それに大統領閣下も。死にたくなきゃあの二人に任せてさっさと行くぞ」
ミカエラとアトラスの一言と共にリンをはじめとする4人は一斉に出口の階段へと駆け始める。彼らの姿を見送った直後2人のいた階層の天井が丸々掻っ攫われ、全長20m以上ある一つ目のアイカメラを携えた人型機甲兵がグレイと斎の姿を捉えた。
「イツキぃ、お前もう疲れたーなんてこと言うつもりはねえよな? 」
「当たり前だ。それにお前の方こそ、あのデカブツと戦う用意はあるのか? 」
「おうとも。シヴに無理言って用意させた。久しぶりの舞踏会なんだ、張り切らない方が無理な話だぜ」
「一度地獄を見てもその減らず口は相変わらず、か」
目の前で人型機甲兵がゆっくりと鋼鉄の拳を振り上げようとも、斎は自嘲気味に笑みを浮かべる。それに釣られてグレイも笑い声をあげ、二人は同時に頭上の敵を見上げた。
「じゃあ行くぜ、相棒」
「前は任せろ、相棒」
二人だけの舞踏会の火蓋が、今切って落とされた。