Act 58. A destination for Deep Red.
<ホワイトハウス・大統領執務室>
斎は駆ってきたバイクを颯爽と飛び降り、大統領を拘束しているリカルドと八雲を睨み付ける。手にしていたSTI 2011 タクティカル5.0をレッグホルスターにしまうと、腰にマウントした高周波ブレード日秀天桜・真打の柄にゆっくりと手を伸ばした。瞬間、リカルドたちの傍にいた八雲が二人を出口へ突き飛ばしてから手にしていた自動拳銃の銃口を斎に向ける。引き金が引かれた瞬間に斎は腰の太刀型高周波ブレードを抜刀し、迫りくる9㎜の鉛玉を切り捨てた。その拍子に大きく二歩踏み込むと愛刀を振り上げ、確実に右腕は捉えたと斎は確信する。
「何……! 」
「……貴様だけが、特殊な力を手にしていると思うなよ」
八雲は斎と同じ相貌で、高周波ブレードの刀身を掴んだ。彼の掌は黒く硬質化し、斎の義手のモーターがギリギリとうめき声を上げている。一瞬だけ驚いて見せた斎の隙を突いた八雲の左腕が横殴りに振るわれ、斎の左上腕を捉えた。彼の身体は大きく後方へ吹き飛ばされ、ガラスの破片の上を転がる。
「お前……」
「貴様と話す言葉など持たない。失敗作は消去する。あの方の意向に、私は沿うだけだ」
既にリカルドたちは事の大きさを察知したのは執務室からは逃げ果せ、忽然と姿を消していた。八雲の二人を逃がすという任務は達成した――――かのように思えた。
「ッ⁉ 」
「遅い」
斎の背後から更に大きな影が見えたかと思った瞬間、八雲の身体は執務室の壁に叩きつけられる。トレンチコートの裾が風に靡く音とブーツの靴音が聞こえた瞬間、斎の両隣に一組の男女が姿を現した。無造作に首元まで伸びた黒髪に、オーバルフレームのサングラス。極めつけは、身体から滲み出る死臭。一方の女は、栗色のショートヘアに焦げ茶色のレザージャケットを纏いながら、手の中にある回転式拳銃を回して八雲を見据えている。
「――――雇用主を裏切るとは……名前に傷が付きますよ、ソフィア・エヴァンス。それに、アトラス・ギアハート」
「あら、先に裏切ったのはそちらでしょう? 正確に言えば、私たちがあなた達に仕返ししに来たのよ 」
ソフィアの言葉を境目に、アトラスが言葉を発しないままゆっくりと一歩前へ踏み出した。その表情はどこか満足げで、次第に進む足が早まっていく。やがて、アトラスは八雲と拳を合わせた。
「行け、エヴァンス、宗像斎。ここは俺が引き受ける」
「そんな事、させる筈が――――! 」
「いいや、そうさせる。お前は俺と戦う。俺が今決めた」
アトラスは八雲と組み合った状態でそれだけ言い放ち、斎とソフィアの離脱を援護する。よし、と斎はソフィアを連れて大統領執務室を抜け、廊下を駆け始めた。直後背後から木製の家具が壊される大きな物音が聞こえたが、彼は一瞥すらせずに肩に掛かっていたUМP45のグリップとフォアグリップを掴む。
『ムナカタ! そっちはどうだ⁉ 』
「あと一歩のところで逃げられた。そっちは? 」
『正門で敵と交戦中だ! 奴ら警備用の機甲兵もハックしてやがる! 』
「分かった。これから奴らを追う。大統領を乗せた車が出ても追うな、俺たちに任せてくれ」
『了解! パーティーには遅れないでくれよ! 』
インカム越しに聞こえる爆発音と無数の銃声を横目に、斎は正面から迫る足音を耳にした。やがて武装した人型機甲兵が視界に現れた瞬間、斎とソフィアは左右に置かれていた石像の蔭に飛び込み、突如として吹いた銃弾の暴風雨を凌ぐ。向かい側にいたソフィアが自身のチェストリグに掛かっていた閃光手榴弾のピンを引き抜き、石像の向こう側へと投擲した。一瞬の閃光と共に機甲兵を盾にしながら進んでいた兵士からうめき声が聞こえ、耳鳴りが止んだと同時に二人は飛び出す。
「ソフィア! 」
「分かってる! 」
一挺のレッドホークを引き抜き、グリップエンドをもう片方の手で押さえながら一発だけ装填されていた対機甲用炸薬弾を放ち、大きな反動を抑えるように両肩を前後させた。真正面に立って自動小銃を構えていた機甲兵の顔面に着弾し、爆風と共に金属製の手足が周囲へ吹き飛ぶ。
「さ、炸薬弾だと――――」
そんな声が、斎の耳に響いた。右手だけでUMP45を乱射しながら空いた左手で刀身の短い日秀天桜・小太刀を逆手に引き抜きながら一気に距離を詰め、兵士の身に纏っていた強化装甲ごと胸を切り裂く。まずは一人目を屠った斎はすぐそばにいたもう一人の兵士へ視線を向けつつUMP45のトリガーを引き絞り、空撃ち音が聞こえた拍子に短機関銃から手を放した。
「馬鹿が! 強化装甲に普通の銃弾が効くかよ! 」
瞬時に斎は身をかがめて二人目の足元に駆け込むと、腰の日秀天桜・真打の柄を掴んで一気に切り上げる。馬鹿はお前だ、と言わんばかりに斎は冷ややかな視線を兵士に向けつつ相手の身体を両断し、返り血を浴びた。
「こ、このっ――――⁉ 」
「残念。私もいるの、忘れてた? 」
目の前に突如として現れた黒銀の死神とは裏腹に、艶やかしい女性の声音が聞こえる。そんな声に似つかない、.44マグナム弾が射出される轟音と共に機甲兵を連れた小隊は全滅した。大口径の鉛玉によって強化装甲のヘルメットを纏っていた頭の半分が消し飛ぶ光景を目の当たりにしたソフィアは、自嘲気味に口笛を吹く。今回彼女の取り扱う銃は大口径のものが多い為、反動を制御する装着型籠手を両腕に装備していた。
「出口は分かるか? 」
『そのまままっすぐいって、突き当りを右に! 今斎とソフィアのデバイスにマップと座標を送るね! 』
「さすがねリュディ。心強いわ」
褒められてうれしそうに頬を赤らめるリュディの顔が腕のデバイス画面に表示されるのを一瞥し、斎とソフィアは再び邸内を駆ける。幸い敷地内には他の兵士の姿は見当たらないが、外からは無限に銃声や砲撃音が鳴り響いていた。やがてリカルドが大統領を連れて裏口の扉から敷地内を飛び出した音が聞こえ、その方向へ一目散に二人は足を進める。邸内から飛び出したところで、無数の機甲兵から銃口を向けられている光景が斎の視界を覆った。踵を返すように背後のソフィアの身体を抱え上げ、駐車してあった大型のSUVの蔭に飛び込む。
「クソッ、あと一歩のところで……! 」
『イツキさん! 見慣れねえ車が通り過ぎましたけど、今のもしかして……! 』
「リン! 俺たちを援護していたら奴に逃げられる! お前ひとりで追えるか⁉ 」
銃弾を凌ぎながら斎はインカム越しに聞こえるリンの息を呑む声を待った。兎にも角にも、今頼れるのは彼女しかいない。隣のソフィアが応戦しながらまだなのか、という訝し気な視線を斎に向けた。
『行きます! 社長、連中の居場所は! 』
『まだホワイトハウスを出てからそこまで離れていないであります! 』
「こっちの敵は出来るだけ惹き付ける! 行けリン! お前が頼りだ! 」
彼女が手にしていたスナイパーライフルを地面に置く音が聞こえたと同時にバイクのエンジンを掛ける轟音がインカムに響く。その瞬間に斎は日秀天桜・真打・小太刀をそれぞれ片手に持ちながら車の蔭から飛び出し、銃弾を切り捨てつつまずは一体目の機甲兵を灰燼に帰した。
「貴様らの相手は俺だ! 近づくやつは皆錆びにしてやるッ‼ 」




