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Killer's Blade   作者: 旗戦士
Chapter4. Hound Dog
34/64

Act 34. Mysterious Lady

<サルビレオ医院>


「……それで、私の所に真夜中に駆け込んできたってワケね」

「そうなんだよアンジュ……い、いてててっ!? す、すまんすまん! 怒ったなら謝るから! 」

「別に怒ってないわ。人が寝てる最中叩き起こされてこんなアラサーの身体見せつけられてるんだから。それと少し我慢しなさい、男でしょ」


 時は既に夜。濃紺の帳がロサンゼルス市街を包み込み、殆どの人間が眠りについている頃。無事アトラスとソフィアの魔の手から逃れた斎たちは合流し、銃創を肩に作ったグレイの治療を行う為サルビレオ医院という個人外科に足を運んでいた。病室のベッドに座り、グレイの治療を慣れた手付きで行っている金髪の美女こそがアンジュ・サルビレオ院長である。


「アンジュさーん、センパイにもっとキツく言ってやって下さいよ。この人アタシらがターミネーターもチビる程の野郎(キリングマシーン)に追い掛けられてる時に美女とお楽しみ中だったらしいんスから」

「だから誤解だって!? ちゃんと俺の仕事もやって来たしさぁ……ってあだだだだだ!! アンジュ! お前わざとやってるだろ!? 」

「何の事かしらね? 」


 深夜にも関わらず痛みに喚き散らすグレイとその光景を見て笑い転げるリンを一瞥しながら斎は深くため息を吐きながら項垂れる形でパイプ椅子に腰かけた。先ほど合流したミカエラが心配そうに彼の顔をのぞき込み、すかさず斎は顔を上げる。


「大丈夫でありますか? 」

『心拍数上がってるよ? 』

「……少しだけ、疲れた。奴との鬼ごっこは想像以上に堪えたらしい」

「あの殺気ですからね……。インカム越しでも伝わったであります」

『これが恐怖、って感情なんだね。ボクも見てたけど……怖かったよ』


 二人の会話を耳にするなり斎は銀の長髪をかき上げ、一度だけ身体を伸ばした。背骨が鳴る小気味よい音が周囲に響き、僅かばかり負荷が斎の身体から取り除かれる。そんな時、グレイの治療を終えたアンジュが彼のすぐ傍に座った。伸びきった金髪から女性もののトリートメントの香りが彼の鼻孔を刺激し、張り詰めていた気を少しだけ緩める。


「イツキ、アナタも怪我してるわ。ほっぺた、少し貸してね」

「ん……」

「あっズルいであります! 」

『そうだそうだ! ボクだってさーわーりーたーいー! 』

「ふふ、相変わらず愛されてるわね」

「……騒がしいだけだ」


消毒液を浸したコットンをピンセットで摘んだ彼女は、優しく斎の頬にその綿を触れさせた。針に刺された鋭い痛みが彼の頬に走り、斎は僅かばかり眉を顰めるがすぐに慣れ、肌色の絆創膏が傷口に貼られる。


「おいおい、俺とは対応が全然違うんだけど? もう少し優しくしてくれたっていいんじゃねえか? 」

「あんたは別よ、別。毎回身体のどっかに穴開けてタダで治してくれだなんて言うんだもの。雑にするなってほうが無理じゃない? 」

「グレイさん、仕事上の治療費はきちんと宣告して欲しいでありますねぇ。経費で落ちるケースもあるんでありますし、保険代もばかにならないでありますから」

「ういーっす……すいやせん……」


 グレイが不貞腐れながらベッドから立ち上がった所で、同じように斎は椅子から腰を上げた。


「もう行くの? 」

「あぁ、まだやらなきゃいけない事があるからな。サンキューアンジュ、今度何か奢る」

「アテにはしないけど、覚えておくわ」

「……すまん、アンジュ。これは俺からの詫びの印として受け取っておいてくれ」


 皆が立ち去る最中斎は単身自分のスマートフォンを取り出し、銀行の口座と直接リンクしているアプリを起動して金額を入力するとその画面をアンジュに見せる。彼女は一瞬だけ驚いた様子を見せるも、少しだけ呆れながら笑みを浮かべて斎の携帯を取り下げさせた。


「気持ちだけで十分よ、イツキ。それにお金には困ってないから大丈夫。怪我したらいつでも来てね? 」

「同僚の不手際をカバーするのも務めだ」

「本当にいいってば。じゃあ、今度おいしいフレンチにでも連れて行って? それで勘弁してあげる」

「……それでいいなら……」


 やんわりと申し出を断られた斎は不服そうな表情を浮かべながら携帯をスーツのポケットに仕舞い、アンジュに別れを告げる。階段を降りた先に停められていたアウディの運転席を開け、合皮シートに腰を落ち着けた。


「依頼達成の連絡はもう入れたのか? 」

「既に先ほど、ね。明日10時ごろにジェヌドメスティカの本社に来て欲しいとの事であります」

「俺も行かなきゃダメか? 」

「あたりめーだろ? お前も功労者の一人なんだ、居て貰わなきゃ困る」

「……分かった。だが極力話はしないぞ」


 エンジンを起動するボタンを押しながら斎はアウディのアクセルを踏み、夜のロサンゼルス市街を駆け抜ける。夜更けなのにも関わらず繁華街付近はそれなりに人通りも多く、通りがかったクラブから若い男女が出てきたりと何ら変わりない日常の光景が窓越しに映し出された。何故だか運転中の車内は森閑と静まり返っており、後部座席に座るミカエラとリンは気が抜けたのか大口を開けながら眠りこけている。


「なあイツキ、煙草吸っていいか? 」

「この車はロニからの借り物だぞ。汚したら当分あそこで飯が食えなくなる。止してくれ」

「へいへい。相変わらず馬鹿みてえに真面目なんだからさ」


 助手席で不敵な笑みを浮かべたグレイが靴を脱いで背もたれに寄り掛かった光景を一瞥しつつ、斎は信号機の前で車を停車させた。再び生まれた静寂の間には、後方の二人の静かな寝息が聞こえる。


「……壊し屋、という名に聞き覚えがあるか? 」

「どうした急に? まあ聞いた事はあるけどよ……。なんだっけ、確か生身で機甲兵とか強化装甲相手に渡り合ったって噂の殺し屋か? 」

「そうだ。今日俺を襲ってきたのは、そいつなんだ。奴のほかにパートナーがいるとも言っていた。おそらくお前が会った美女というのは、その壊し屋の片腕だろう」

「厄介な連中に目を付けられたもんだねぇ……」

「随分と呑気な感想だな」


 信号機が青に変わり、斎は再びハンドルを握り締めてアクセルを踏んだ。黒いセダンは市街の外れへと彼らを連れて行き、次第に巨大なビル群が夜の帳から消え失せていく。


「いずれ会う事になるだろうよ。あれだけの相手だ、俺達を逃すはずねえさ」

「何故分かる? 」

「長年培ってきた経験ってやつかな。意外と当たるんだぜ? 」

「そうだといいが」

「信じてねえだろ」

「さあな」


 僅かばかり笑みを浮かべながら車の速度を速めていき、とある住宅街の一角にアウディは到着する。斎は後部座席にいるミカエラとリンを起こすと車を路肩に停め、一旦運転席から離れた。


「ミカエラ、着いたぞ。お前の家だ」

「むにゃ……せっかくいい夢見てたのに~……」

「これからその続きを存分に見るといい。リンはどうする? 」

「ふわぁ~っ……しゃちょー、アタシ泊まってっていいっスかぁ~? 」

「いいでありますよぉ~……」


 妙に浮ついた会話を繰り広げる二人に内心頭を抱えながらミカエラとリンに肩を貸し、二人をある一軒家の玄関まで送り届けると再び運転席に斎は戻る。車の外に出て一部始終を見ていたグレイは煙草を咥えながら笑みを再度浮かべ、煙を吐いていた。


「あの二人のお守りも大変だな」

「もう慣れた。お前も送って行くか? 」

「頼むぜ運転手くん。お前も泊まるか? 」

「そうする。なんなら酒でも飲むとしよう」

「おっ、いいねぇ。この間丁度いい酒が手に入ったんだ。男二人だけでしっぽりと洒落込もうや」

『ボクもいるの忘れないでよね~』


 そんな会話を繰り広げながら斎の駆るアウディは再び夜の市街へと踵を返し、グレイの住むアパートまで駆けていく。やがて訪れる夜明けまで彼らは酒を飲み交わし、頭痛に苛まれる羽目になったのはまた別の話だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<ジェヌド・メスティカグループ本社>


 翌日。ウィスキーをかっ食らって酷い頭の痛みを抱えながら、斎とグレイは青ざめた表情を浮かべつつ会社の入り口前でミカエラたちを待っている。大きな花壇の縁に腰を落ち着けながら俯く斎は得も言われぬ気持ち悪さを胃の中に残したまま何度目かの静かなゲップをした。


「飲み過ぎたな……」

「あぁ……やりすぎた……。ダイハードを全部見ながら爆笑する辺りで止めておけばよかった……」

『正直あの時の二人めちゃめちゃ怖かったんだけど』

「すまん……」


 妙に素直な返答を繰り返す斎は懐から液体状の胃薬を取り出し、もう一個の容器をグレイに手渡す。二人同時に薬を飲み干すと薬品臭い味が口の中に広がり、斎は文字通り苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そんな二人を待ち構えるのは、昨夜ぐっすりと寝て元気はつらつのリンとミカエラである。フォーマルな私服姿で現れた二人はげっそりとしているグレイと斎を見るなり悪戯な笑みを浮かべ、彼らに歩み寄った。


「ぐへへ……昨夜はお楽しみみたいでありましたなぁ~……」

「寄るな……。うぷ……香水の匂いで吐きそう……」

「ゲロ袋用意してあるっスよ~」

「やめろ……目の前でチラつかせんじゃねえ……」


 ビジネス街の大通りで似つかない風貌をしている彼らは瞬く間に通行人の視線を集め、一瞬で気まずさを感じる。そんなタイミングを見計らってか、オフィスの入り口から眞田桐彦の秘書であるイリーナが彼らの前に現れた。


「お待ちしておりました、斎様。それにお連れ様も。社長が研究室でお待ちです、こちらへ」


 そう言われるがままに4人はお互いの顔を見合わせながらイリーナの背後を歩き始める。エントランスの受付にてゲスト用の入社証を受け取るとエレベーターホールへと到着し、地下の研究施設へと彼らを運んでいった。


「少しお顔が青ざめていらっしゃいますが……どうかなさったのですか? 」

「……体調があまり優れないもので。ですが今回は大切な依頼報告ですから」

「そうですか。後ほど当社の胃薬をお譲りいたしましょうか? 」

「結構です。既に薬は接種してありますので」


 イリーナとの必要最低限の会話を繰り広げながら斎はエレベーターの扉が開いた先を歩き始める。彼女は斎の過去とは何ら関係ない人間だ。だがそれでも、確執のある実父の下で働いているイリーナには、何故だが心を開く事が出来なかった。地下研究区画に到着した彼らの姿を白衣の研究員たちは訝し気な視線を向け、また或いは斎だけに好奇の目を向けている。


(ここはどうも……好きになれない)

『斎? 大丈夫? 』

「心配ない。それよりお前は? 自分の身体が出来るのを前にして、怖くはないのか? 」


 左の義手に装備されていた小型通信デバイスの画面に、不安げな表情を浮かべるリュディが表示された。周囲の視線を無視しながら斎はイリーナの行く方向を目で追いつつ、リュディの方へ視線を合わせる。


『怖くはないよ。最も人間に近い感情を持ったAIが、人工って言ったってこうして身体を貰えるんだから。それに斎、いつも言ってるだろうけどボクはキミと面と向かって話してみたい。画面越しじゃなくて、本物のキミと触れ合ってお話したり、色んな事がしたいんだ』

「よくもまあ、そんな歯の浮くようなセリフを恥ずかし気も無く言えたものだ。生身の人間でもそんな事を言う場面は少ないぞ」

『ボクの素直な気持ちをキミに伝えただけさ』

「……本当はお前の方が人間に近いのかもな」

『ん? 何か言った? 』

「いや、なんでもない」


 そんな会話を繰り広げていくうちに斎たちはリュディの身体が保管されている研究室へと到着した。部屋の中では片目だけ隠れた金髪の美少女が洋服を着させられた状態で培養槽横たわる光景が広がっている。そこには眞田桐彦の姿もあり、4人が来たのを見るなり笑顔を浮かべつつ両手を広げて迎え入れた。そんな一つ一つの仕草に胡散臭さと不快感を覚えた斎はすかさず桐彦と距離を取るように壁に寄り掛かり、ほとんどの応対をミカエラとグレイに任せることにする。


「……すみません、うちのイツキが。それで眞田さん、これがリュディの? 」

「えぇ。我々のクローン技術を駆使して創り上げた、最初の人造人間(バイオヒューマノイド)です。既存の技術は別の人間から細胞を摘出してその人間のⅮNAに基づいたクローンを創るというセオリーでしたが、今回は違う。自らの手で細胞を一から創り出し、そして人間の形にした。それが彼女――リュディヴィーヌ=ルコックという人間だ」


 口早に説明する桐彦を睨み付けながら斎は、内心馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。あの男は所詮自分の生み出した技術そのものにしか興味がない。だからこそ手足を失った斎を見捨て、家族の内で失敗作の烙印を彼に押し付けて切り離したのだ。


「この技術を派生させ、妊娠が不可能という方や手足を欠損した方に新たな手足を与えるという目論見がありますが……今はそれは置いておきましょう。ひとまず、依頼の報告をして頂けますか? 」

「えぇ。ロシアンマフィアの頭領であるイゴール・サンデルスの邸宅に侵入し、無事に違法の人造人間を作製する装置の破壊に成功しました。こちらが証拠の写真であります」


 鞄から数枚の写真を取り出すミカエラは桐彦に手渡すと両者は笑みを浮かべ、互いに握手を交わす。無事に依頼は成功、そしてお待ちかねの報酬を渡される時間となった。まずは会社の口座に報酬金が振り込まれたことを確認したミカエラはいつも手にしていたタブレット端末をリュディの身体が入った培養槽に接続する。


「これからAIの人格と人造人間の身体を融合させます。成功率は99.8%。まず失敗はあり得ない」

「有り得ないという事を否定するのが科学者では? 」

「手厳しいご意見だ。ですがお見せしましょう、これが我々ジェヌド・メスティカの最高峰の技術であることを」


 桐彦の言葉と共に数人の科学者がパソコンを操作し、タブレット端末と培養槽の画面に幾つものウィンドウが表示された。人格、記憶、感覚、感情、肉体……10以上にも及ぶ項目と全て照合した事が確認されると、培養槽から生えていた幾つものケーブルに電流が走る。その光景に斎は僅かばかり不安を覚え、リンの隣に立った。立ち込める煙と共に培養槽の扉が開く高圧の空気が放出される音が周囲に響き渡る。


「……成功、です」


 そんな言葉が聞こえた気がした。煙が晴れると同時に中心部からブーツの靴底が床と触れ合う音が聞こえ、やがてその姿が露わになる。身長は150cm程度で、外見は20代前半。金色の前髪が片目だけを隠しているが、その顔立ちは人形のように整っている。タイツを穿いたその上にはワインレッドのショートパンツに紺色のパーカーを羽織った彼女は首まで伸びた金髪を揺らしつつ、真っ先に斎の下へ駆けていった。


「ようやく会えたねっ、イツキクンっ! 」

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