Act 21. Tread on your Accelerator
<ロサンゼルス市警察署>
斎にとっては、まるであっという間の事に思えた。何故グレイがルイスの殺害容疑を掛けられているのかは定かではない。証拠が無いにしても斎はグレイが犯人ではないと思っていたし、少なくともそのような行動を起こすようには思えなかった。当の本人も抵抗の意思を見せており、突然の出来事に反応できていない。
「……どういう事か、説明してもらうでありますよ。マクレーン警部」
「説明する前に先ずは容疑者確保だ。おいお前ら」
マクレーン警部の言葉と同時に並んでいた屈強な警官たちが斎たちを睨み付ける。そんな彼らを一瞥し、斎はグレイやリンと視線を交わした。即座に斎は身を屈め、目の前に立っていた金髪の眼鏡を掛けた青年、ランスロット警部補の腕を掴む。膝に蹴りを入れてランスロットの体勢を崩させた後、斎は左腕で拘束した。
「無駄な抵抗は止せと言ったはずですが」
「悪いがそうもいかない。何せ奴は無実だ、捕まる理由が分からん」
「そうっスよ! 警察だか何だか知らねえが、センパイはそんな人じゃないっス! 」
「――――ご安心を、警部」
腕の中のランスロットからそんな声が聞こえた瞬間、斎の身体は宙を舞う。自身が投げ飛ばされたと気づく頃には周囲の警官たちを下敷きにして床に叩き付けられていた。視界が反転している中で斎は素早く立ち上がり、ランスロットの突進を躱して奥の備品庫へ駆ける。
「グレイ! リンとミカエラを頼む! 」
「お前は! 」
「直ぐに合流する! 」
斎の言葉と共にグレイは一瞬の隙を突いてオフィスの外へと飛び出し、リンやミカエラも後に続いた。3人の後を追うように数人の警官が音を立てながら事務所を出ていく。備品庫に鎮座していた愛刀だけを掴み取ると、刀身を露わにした。
『イツキクン、グレイたちは今ビルを出たとこだよ! キミも早く――――』
義手の通信から聞こえるリュディの声を横目に自身を取り囲むランスロットと残った警官たちへ視線を向ける。マクレーンはグレイたちを追い掛けに行ったようで、事務所内には殺気立った男たちだけが残された。
「……そうもいかんらしい」
『イツキ……! 』
「グレイたちに例の場所で落ち合うと伝えろ。俺は――――」
日秀天桜の柄を握り締め、根本部分に備え付けられていた引き金を引き電流を刀身に宿らせる。彼の姿に臆する事なくランスロットも腰から携帯用の拘束特殊警棒を取り出し、生気の無い双眸を斎に向けた。
「――こいつらを捻じ伏せる」
瞬間、斎は狭い備品庫の床を蹴り広いオフィスの奥内へとランスロットの身体を押し戻す。愛刀の刀身と特殊柔合金製の警棒が鎬を削り始め、周囲にいた警官たちも我に返ったように警棒を取り出した。すかさず斎はランスロットの身体を蹴り上げ、自身の身体を後方へ押し戻すと数人の警官の下へ振り返る。
「遅い」
身体が押し戻される勢いを利用して斎は身体を捻転させ、愛刀の峰を横一文字に薙いだ。一気に三人の警官に電流を浴びせ、戦闘不能にさせた斎は側面から迫る無機質な殺意を感じ取り、地面に膝を着いたまま転がる。スパークを纏った黒い棒が空を切り、斎は深くため息を吐いた。3人をダウンさせたと言えどまだランスロットの部下たちは斎から目を離そうともしない。どちらにせよこのまま抵抗を止めてしまえば、ありもしない罪で刑務所行きとなってしまうだろう。
「無駄に数だけは多いな」
「無駄口を叩く暇があるのなら、即座に抵抗を止める事を提案します」
「言ったろう。出来ん相談だと。それともお前に搭載されているAIは人間の言葉が理解出来ないのか? 」
「……それは当方への侮辱と受け取ります」
「よく理解出来た。誉めてやろう、試作機」
斎は最初ランスロットと掴み合った時から、彼が人間とは別の生命体である事を確信していた。必要最低限の会話と無駄のない身のこなし。それに、人間特有の肌の温かみがない。おそらくランスロットは、以前ミカエラが言っていた限りなく人間に近づいた機械人間の試作品なのだろう。
「だがプログラムされた動きだけは俺には勝てん」
「そうとはいきません」
「ごちゃごちゃ抜かすな、クソッタレの犯罪者風情が! 」
斎の独り言に嫌気が差したのかまだ気を失っていなかった3人の警官が怒りを露わにしながら斎の真正面へと向かってくる。実にやりやすい相手だ、そんな事を思いながら斎は振り翳された警棒を肉薄し、正面の警官の腕を掴んだ。そのまま後方に警官の身体を引っ張ると、背中を愛刀の柄頭で殴りつけて地面に叩き付ける。即座に左右から迫る二つの警棒を愛刀の刀身で受け止め、身体を回転させた反動で左方の男に肘鉄を叩き込み、その勢いのまま斎は日秀天桜の峰を最後に残った警官へ薙いだ。
「ふむ、呆気ない。もう少し近接戦闘の訓練をしておいた方が良いぞ」
「余計な一言と受け取っておきます。罪状に名誉毀損罪も加えましょう」
「意外と短気なんだな、人工知能というやつは」
「……仕えている主が短気なもので」
「皮肉も言えるのなら大したものだ」
数回交わした言葉と共にランスロットは足元に転がったもう一本の警棒を片手に握り、トンファーの要領で持ち替えると深く腰を落とす。既に警棒自体には電気は流れておらず、無機質な黒い棒が彼の腕を包んでいる。不覚にも斎は口角を吊り上げ、峰打モードとなった日秀天桜を再度握り締めて床を蹴った。
「ッ!! 」
「生身の人間の刃というものは受けた事が無いらしい。どうした、学習しても良いんだぞ」
「くっ……! 」
「そんな暇も無いだろうがな」
斎の二連撃を受け止め、後方へ身体を押し戻されたランスロット。そんな彼を斎は一瞥し、再度懐へ踏み込む。振り上げた愛刀の刀身がトンファーと火花を散らしつつ受け流され、鈍い音がオフィス内に響いた。ランスロットの左腕にあったトンファーが回転しながら突き出され、一瞬の隙と共に斎の腹部へめり込む。得も言われぬ嘔吐感に苛まれながら斎は後方へ飛び、呼吸を整え始めた。
「しッ」
そんな彼の行動を、目の前のアンドロイドが許すはずも無い。容疑者の逮捕と邪魔者の排除を最優先にインプットされた人型の兵器は、迷わず斎の頭上高く飛び上がり足を振り上げている。斎は床を転がる事でその一撃を回避し、体勢を立て直そうと殺気の方向へ視線を向けた。彼の視界に映ったのは四角い警棒が斎の鼻柱目掛けて突き出されている光景で、思わず斎でさえも背筋が凍る感覚を覚える。
「ちィッ」
首を傾ける事でその攻撃を肉薄し、立ち上がろうとする勢いで日秀天桜を振り上げた。電気を纏った刀がランスロットの頬を肉薄し、両者は再度距離を取り合って睨み合う。その後斎は足元にあった警棒の柄を思い切り踏んで空中に舞わせ、身体を回転させて足を振り上げた。宙を舞った警棒が斎の脚に命中し、縦に回転しながら警棒はランスロットの方へと跳ぶ。蹴飛ばされた警棒を防ぎ切るも、その一撃は囮に過ぎない。居合の要領で深く腰を落とした斎が地面を跳び、柄頭を突き出した。
「――――」
「機械でも悲鳴は上げず、か。気に入った」
体勢を崩したランスロット目掛けて愛刀の峰を振り下ろし、電撃を浴びせる。強烈な電流がランスロットの身体中に流れ、全身を大きく振動させた後に彼は不気味に目を見開きながら地面に倒れた。投げ捨てていた鞘を拾い上げて愛刀を納めると、短い溜息を吐く。機能を停止させたランスロットを一瞥し、斎は備品庫へ再度駆け込んだ。着ていたシャツとスラックスから戦闘用外骨格用のボディスーツに着替え、備え付けられていた工業用アームを自分で操作しながら手足を戦闘用のものに変える。
「リュディ、今終わった。そっちは? 」
『問題ないよ、こっちも警察振り切ったとこ。タイミングバッチリだネ! 』
「これから例の隠れ家に向かう。そこで――――」
瞬間。オフィスの入り口から無数の武装した警官たちが自動小銃を手に掛け込んできた。警察にしては武装が相手を殺す事だけに専念しているように見えたが、生憎そんな事に構っている暇など無い。装備した革製のショルダーホルスターから愛銃・グロック34を引き抜き、オフィスの窓ガラスへ向けて数回引き金を引いた。無我夢中で斎はその窓へ駆け、自身の手足で顔を守るように飛び込む。
『ちょ、ちょっとイツキクン!? 何してんの!? 』
「見ての通り逃走中だ! リュディ、俺の車は持ってこれるな! 」
『確かにもうすぐそこに停めてるけど……! 』
「上出来だ! 後で褒めてやる! 」
『ほんと!? よーっし、じゃあリュディちゃんの本気ナビゲートにお任せだね! 』
騒々しい声を耳にしながら斎はオフィスの窓から外へと飛び出し、傷一つ付く事なく地面に着地するとすぐに立ち上がって走り始める。非日常的な光景に周囲の通行人は奇特な視線を斎に向けるが、直ぐに響き渡る銃声から静寂は喧騒へと変貌した。
「奴ら、お構いなしか……! 」
『この先の角を曲がって! 路地裏を行けばショートカットになるよ! 』
迫り来る足音を一瞥しつつ斎はリュディの指示通りにステンレス製のコンテナをよじ登り、煌びやかな大通りとは大きく違った薄暗い路地裏へと斎は差し掛かる。狭い路地を抜けようとした瞬間、彼のルートを先読みされていたのか銃を構えた一人の警官が今にも引き金を引こうとしていた。舌打ちしながら斎は身を屈め、腰の接続部分にマウントされた愛刀の鞘と柄を掴み取り、一気に抜き払う。
「――――ッ!? 」
「しばらくそこで寝ていろ! 」
自動小銃の銃身だけを真っ二つに切断し、柄頭で顎を殴りつけた斎はその勢いのまま視界に入った自身の愛車・日産フェアレディZ33の下へ駆ける。運転席の扉と急接近した直後、扉が開き赤と黒の合皮シートが姿を現した。そこに転がり込むと斎は体勢を立て直し、刺さったままのキーを捻る。
「飛ばすぞ、リュディ! 」
『あいあいさー! ガイドもボクに任せて! 』
V型6気筒のエンジンが轟音と共に唸りを上げ、瞬く間に追っ手の視界から斎の姿をひた隠す。僅か数分の出来事であったがロサンゼルス市街の喧騒から逃げるように、斎はひたすらに黒銀の愛馬を走らせていった。




