Act 17. Don't think. Feel it.
<海兵隊基地・機甲兵格納庫>
「あっ、来た来た! 斎さーん! こっちでありますよぉーっ! 」
『早く早くー! 』
格納庫内に響き渡る二つの黄色い声。半ば呆れ顔でミカエラ、リュディ、ルイスの3名と再会した斎は、隣に鎮座されている二体の機甲兵を見やる。一体の人型機甲兵は斎よりも少し大きいサイズで、所々に複合型特殊柔合金製の鎧が装着されていた。斎の強化外骨格や機甲兵、強化スーツに使用されるこの特殊柔合金は近年アジアの金属加工メーカーによって作り出された最先端の金属で、他の金属よりも柔軟性に優れており、筋肉の機能性と非常に相性が良い。故に警察機関や軍事製品、機甲製品に使われる事が多く、徐々に世の中へ浸透しつつあるものだ。
「来たなサムライボーイ。聞いたぞ、うちの兵士を3人も伸したって」
「別に、誇る事でもない。海兵隊とやらは優れた兵士が集まる場所と聞いていたが、あれでは素人同然だ。近接戦闘を更に強化すべきだと思うが」
「手厳しいねぇ。だがあながち間違った意見でもない。最近は銃に頼りっぱなしで機甲兵との戦いでも戦況は五分五分と言った所でな」
「特に声を上げて剣を振るのを止めさせろ。品がない。それに自分の居場所を相手に教えているようなものだ」
そう吐き捨て、斎はミカエラの下へ歩み寄る。ゆっくりと腰を落とし、彼女の隣に座るとミカエラの操作しているタブレット端末の画面をのぞき込んだ。急に斎が来たせいかミカエラは驚いたような声を上げるが、画面の中のリュディは相変わらず悪戯な笑みを浮かべている。
『んもー、ミカエラはイツキクンの事になるとすぐこれなんだから。そんな事してるとボクが取っちゃうぞ~? 』
「ちょっ、リュディ! バカな事言わないで欲しいであります! 」
「……早く話を進めてくれ」
ミカエラとリュディから訝し気な視線を向けられる斎。少しだけ頬を引き攣らせながら咳ばらいをすると、ミカエラの持つタブレットの画面へ手を伸ばす。近くなっていた斎とミカエラの顔の距離が更に縮まり、彼女の紅潮はより一層激しくなった。
『いいなぁミカエラ。ボクも斎の匂い嗅ぎたい』
「い、いい加減にするでありますリュディ! ミュートにしますよ!? サーバーからぶっちぎってもいいんでありますからね! 」
『あぁっダメだって! それじゃあ二人の様子が見れないじゃないかー! 』
「……済まんルイス。もう少し時間が掛かりそうだ」
「良いって事よ。……久しぶりに俺も今日彼女とイチャイチャしようかな……」
「お前まで何を言っているんだ……」
閑話休題。騒々しくも二体の機甲兵の調整が終了し、斎たちは格納庫の外へと出る。途中隣からのミカエラの視線を感じたが斎は一瞥し、四足型機甲兵と人型機甲兵から距離を取って対峙した。先ほどの訓練もあってか彼らの周りには多くのギャラリーが斎の剣劇を今か今かと待ち侘びており、その中には剣を交えたアルマンやジャスパーも彼を見つめている。
「これより最新型機甲兵の試用テストを行う! 今回は特別に警備会社インペリアルアームズから宗像斎氏が貴官らにお手本を見せてくれるそうだ! 対機甲兵の戦術がどんなものか見て学ぶように! 」
随分と演説が上手いものだ、と斎は一人ごちる。斎と機甲兵たちの空間だけを作り上げるように訓練場の床から防弾・耐衝撃ガラスで覆われた防護壁が姿を現し、二人と一体を包み込んだ。
「これではまるで見世物だな。リュディ、ミカエラ。サポートを頼む」
「任されたであります! 」
『あいあいさー! 』
耳に装着したインカムからミカエラとリュディの声が聞こえたが直後、斎は深く腰を落とす。左手を愛刀の鯉口に置き、右手を柄へ伸ばした。彼の動作に呼応するかのように斎の目の前にいた二体の機甲兵のアイカメラが青く光り始める。四足型機甲兵、エンキドゥ。対となる人型機甲兵、ギルガメシュ。最古の創作物と言われるギルガメシュ叙事詩から名を冠したその二機は、ゆっくりと腰を上げた。
「ほう……」
周囲には既に狙撃訓練を終えたグレイたちの姿も見える。無残な姿は見せられないだろう。何故だが、俄然斎の身体に闘志が湧く。そして斎は起動直後の機甲兵の下へ飛び、手の中にあった愛刀を一気に抜き払った。
『敵性反応有り。正面、アジア系の男。エンキドゥ』
斎の攻撃をいつの間にか手にしていた高周波ブレードで軽々と受け止めた機甲兵・ギルガメシュは、既に主の下から離れているエンキドゥに言い放つように声帯スピーカーから無機質な音声を流す。瞬間斎は殺気を感じ取り側方へ飛ぶと、四つの脚が付いた鉄の塊が彼に向かってきた。
(自律機動型……!? )
振り下ろされた鋼鉄の爪を愛刀で受け止めるも凄まじい重圧が彼の無機質な腕に圧し掛かり、関節の駆動部分が軋んだ不協和音を立てる。斜めに構えた愛刀を振り上げる事によってアニマロイド・エンキドゥの身体を押し返すとその隙を突くようにマキナロイド・ギルガメシュが最新鋭の対人自動拳銃・PAK47の銃口が斎に向いた。
「ちぃっ! 」
瞬時に迫り来る鉛玉を感知した斎のバイザーが彼に等身大の警鐘を掻き鳴らす。無機質な悲鳴を鬱陶しく思いながらも高周波を纏わせた愛刀を振り下ろし、迫り来る銃弾を両断した。周囲から歓声が上がるが斎は一瞥し、更に一歩踏み込む。立て続けに軽い炸裂音が訓練場全体に響き渡り、再度バイザーの画面に警告が鳴り響いた。身を屈め、逸らす事で鉛玉を肉薄するとその勢いで身体を捻転させ、同時に愛刀を横一文字に振り翳す。
『斎さん、右です! 』
インカムからミカエラの声が響いた。直後斎の右腕に凄まじい重圧が掛かり、思わず肩を引っ張られる程に体勢を崩される。視線の先には彼の右腕に牙を突き立てているエンキドゥがあり、バイザーの画面が損傷具合を知らせた。
『ちょ、ちょっと!? こんなの聞いてないでありますよ! 本気で噛みついてるじゃないでありますか!? 』
『これは……おい! 急いで整備兵を呼んで来い! 』
そんな会話が聞こえるが、斎にそんな暇などない。右手にしがみついた四脚の機甲兵を蹴り上げ、無理やり牙を引き剥がした。掌に僅かばかりの違和感が走り、指先の動きが少しだけ鈍い。すぐさま目の前に高周波ブレードを振り上げたギルガメシュが姿を現す。斎はそれを受け止めるも腕の反応が悪く、そのまま身体を押し返されてしまった。
「ほう――――! 」
ギルガメシュの高周波ブレードは易々と斎の特殊柔合金製の強化外骨格を抉り取り、下に着ていたボディーアーマーが露わになる。念の為に着込んでおいたものだが、それでも高周波ブレードには紙同然の代物だ。斎の四肢から伸びる機械化された手足は彼の神経と直接繋がれており、人間の手足と同じような動きが出来る代物だ。触覚や痛覚はないものの、それでも故障すればパフォーマンスが落ちる。自分が劣勢に追い込まれている事を思い知らされた斎は何を思ったか、口角を吊り上げた。
「面白い。人間に造られた犬畜生如きが俺の腕を噛み千切ろうとするとはな」
『イツキクン、何かがおかしい! あのシステム、どう見ても……! 』
『リュディ! 今すぐ解析を! こっちであの二機をハックしてみるであります! 』
「知ってるさ。連中は俺を殺すつもりでいる」
ミカエラとリュディの会話が斎の耳に響く。一体いつから目の前の二機が暴走しているのかは分からない。むしろ最初から斎を殺すつもりでいたのかもしれない。反応が悪い右腕で再度愛刀・日秀天桜の柄を握り締め、再度ギルガメシュの軍刀型高周波ブレードと鎬を削り始めた。そして感じる、もう一つの殺気。斎は後方へ飛び退く事でエンキドゥの的確な妨害を避け、ギルガメシュの頭部へ回し蹴りを浴びせる。既にギルガメシュとエンキドゥの違和感を感じ取ったのか、ギャラリーは騒然としつつも斎を救助しようと周囲を駆け巡っている。
「今は邪魔する者はいない。この場にいるのは俺と貴様らだけだ。貴様の持つ人工知能とやらが感情を覚えたのかどうかは知らんが――――」
再度、斎は地面を蹴った。斎の日秀天桜は再度火花を散らし、周囲にスパーク音を撒き散らす。
「――――俺を斬る事は出来ん。死ぬ準備をしておけ、鉄屑」
まるで"生きた人間"に言葉を掛けるかのように斎は口角を吊り上げながらギルガメシュを挑発する。斎の身体が後方へ押し戻された直後、エンキドゥとギルガメシュの動きが止まった。
『……貴様のような強者に出会えた事、嬉しく思うぞ』
「そうか。喜びを感じる余裕があるんだな」
直後、両者は再び激突した。