Act 16. Thirsty, so Thirsty
<サンディエゴ・海兵隊基地>
小休止。対機甲強化素体を纏った海兵隊の兵士たちを捻じ伏せて見せた斎は、休憩時間の合間を縫って一人海を眺めていた。何処からともなく取り出した青い箱に入った巻き煙草、ポールモールを咥えながら紫煙を燻らす。背後から足音を感じ取り、彼は振り返った。
「なんだイツキさん、ここにいたんスか。社長が探してましたよ」
「リンか。そっちはもう終わったのか? 」
リンディス・ミラフェリア。つい最近インペリアルアームズに入社したばかりの新人だ。グレイに教育を任せっきりだった斎は、こうして彼女と2人で話すのは滅多にない出来事だった。リンは満面の笑みを浮かべながら斎の隣に座り、同じように海を仰ぎ始める。
「ま、ぼちぼちっス。まだグレイさんが射撃場で狙撃手連中をしごいてる頃だと思いますけど」
「始める前は文句を垂れていたのにいざとなれば話は別か。あいつらしい」
「しっかしグレイさん、普段はあんな鬼教官なんスね。"口でクソ垂れる前にサーを付けろ!"とか言ってたし」
「……何処の映画に影響されたんだあいつは……」
また面倒が増える、と額を覆いながら斎は煙を吐き出した。白い煙草の紫煙は青い海の向こう側へと立ち上っていき、やがて見えなくなる。
「それでお前は? ここに来たという事は何かあったんだろう? 」
「へへ、バレてましたか。暇つぶしっスよ暇つぶし。普通にグレイさんに渡されたカリキュラム終わらせたし、あの人は他の兵隊たちに掛かりっきりだし。どこか時間の潰せる所ねぇかって探してたら、吹かしてるイツキさん見つけたんス」
「つまりはグレイに相手にされなくなったからここに来たと。恋する乙女は大変だな」
「ばっ、そんなんじゃねーっスよ! ガキかアタシは! ……いや、実際まだガキみてえなもんか……と、とにかく! べ、別に構われなくていじけたって訳じゃないっスから! 」
「分かった分かった。いきなり大声を張り上げるな、頭に響く」
「あっ……す、すいません」
珍しくしおらしいリンディスを見て斎は後頭部を掻きながらフィルターを指の間に挟んで再び煙を吐く。正直リンの適応力と戦闘能力の高さには一目置いており、狙撃の名手であるグレイのカリキュラムを熟せたというのも彼女自身のスキルも高いものなのだろう。関心が湧いた斎は、口を開いた。
「グレイの訓練とやらはどんなものだった? 」
「え、まあ普通の狙撃訓練と変わらないっスよ。訓練メニューも個人のレベルに合わせてるし、正直意外でした」
「意外、とは? 」
「ちゃらんぽらんに見えて、意外と他の人の事見てるんだなって。……ちゃんと結果出すと、褒めてくれるし」
照れ臭そうに俯かせるリンの表情は恋する乙女そのもので、二転三転もする彼女の顔に思わず斎は笑みを浮かべる。クーレ・メディケの依頼の時はまるで狂犬のように戦闘そのものを楽しんでいるかのように見えたのに、今となっては見る影もない。そんなリンを見つめていると彼女も呆気に取られたような表情を浮かべ始めた。不思議に思った斎は眉を顰め、目を細める。
「イツキさん……その、笑うんスね」
「むん」
「いひゃひゃひゃひゃ!? ほへんははい!? 」
餅のように伸び縮みするリンの頬を抓った所で、斎は手にしていた吸殻を強化外骨格のポケットに放り込んだ。ミカエラに特注してもらったこの外骨格には喫煙者である斎への配慮で携帯用灰皿が内蔵されている。
「俺だって笑うときもあるさ。機械じゃない。四肢こそ捥がれたが、こうして生き永らえている」
「過去に何があったのかは、敢えて聞かないっスよ。もう少しイツキさんや社長と仲良くなってから、っス」
「その口ぶりだと、当分はここに居座るつもりか? 」
「あたり前っスよ! ここ羽振りがいいし! それに仕事してる時も楽しいんスよね」
「最初の仕事で天職を選ぶとはな。運のいい奴だ」
そんな言葉を言いながら斎は立ち上がった。隣のリンも彼に釣られるように足に力を込めるが、斎の背後から迫っていたある男の姿に思わず身体を硬直させている。
「サンキューイツキ。お前さんのお蔭でようやく俺のブートキャンプから逃げ出したアホが見つかった」
「……リンの事だから嘘でもついているものだと思ったが……まさか当たるとはな」
「げぇっ!? センパイ!? なんでもう来てんスか!? 」
「たりめーだアホ! なーにが"センパイのメニュー終わらせたから暇つぶしてきます"だっつーの! だったらもういっぺん練習しろ! んな甘いとこじゃねーんだよここは! 」
「あだだだ!? 耳引っ張んないでくださいよ! 」
途端に口論を繰り広げるグレイとリンを一瞥し、斎は腕の内蔵通信を開いた。そこにはリュディとミカエラの姿が映っており、彼を見るなり笑顔を浮かべる。相変わらず斎の背後でグレイとリンが取っ組み合いにまで発展しているが、無視して斎は口を開いた。
「そっちはどうだ? 」
『ばっちりであります! リュディのお蔭で大分最適化が進みました! 』
『えっへん! ボクに起動できない機械はないのだ~! 』
グレイとリンのように、この二人も相変わらず騒がしい。少しは声を小さくすることはできないものかと斎は内心呆れる。だがそんな感傷に浸っている暇などない。この後斎は最新鋭の機甲兵と戦わなければならない。
「それで? そいつのデータはあるのか? 」
『今送るでありますよ。それとも口頭の方が良いですか? 』
「口で頼む」
『きゃーっ、お願いされちゃったら仕方ないでありますねぇ! 』
斎は再度顔を覆いながら彼女からの返答を待つ。
『……コホン。今回斎さんがテストするのは四足型機甲兵と人型機甲兵の二体です。この二体はお互いの座標位置、戦闘情報、損傷具合などを常に共有しています。正に猟犬と狩人の関係でありますな』
『しかもこのワンちゃん、生体反応センサーが異常に発達してるからどんな小さな音でも聞き取るおっそろしい機甲兵なんだよ。ま、今回は訓練だから大丈夫だけどね』
「……だといいがな」
そんな言葉を交わしながら斎は通信端末を切り、腰の鞘に手を置きながら最新鋭の機甲兵とやらが格納されているハンガーまで歩き始める。海風が彼の銀髪を靡かせ、彼の表情を隠した。この時ほど斎は自分の髪が長い事に感謝したときは無かった。自分の笑みを――――更なる相手との闘争を求めるその笑みを隠してくれたから。
「……先に行くぞ、グレイ、リン。俺をご指名の連中がいる」
「そうかい。んじゃあ俺もコイツ引っ張って戻るかな」
「離せ―っ! これがうら若き乙女の扱いかぁーっ!? 」
「乙女って質でもねえだろ馬鹿たれ! 」
そんな戯言を交わす二人を一瞥し、斎は歩く足を速める。グレイとリンの口論はやがて聞こえなくなり、斎の感情だけが彼の脳内を支配していた。