Act 14. Brake, Brake, Blade
<サンディエゴ・空軍基地>
そうして翌日の明朝。
ルイスの運転する大型の4WⅮ Hammer に揺られながら、斎は窓の外を仰ぐ。シルバーストランドステートビーチの海岸線が白波と共に姿を現し、後部座席に乗っていたリンとミカエラが窓際のグレイを押しのけて感嘆の声を上げた。
「ひゃあ、海とかひっさしぶりっスねぇミカエラさん! 水着持ってくりゃあ良かったなぁ」
「ほんとであります! ここって海水浴オーケーでありますか? 」
「あぁ、何なら仕事終わらせた後にどうだい? 」
「て、テメェら……他人事だと思って……」
二人分の体重に押し潰されるグレイと一瞥し、斎は戦闘用外骨格の左腕に装着された小型モニターを起動する。間もなくして画面には胸の開いたシャツとショートパンツ姿のリュディヴィーヌ・ルコックが映し出され、彼の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
『やっほーイツキクン! もしかしてボクに会いに来てくれたの? 』
「軍の奴らから依頼のデータは貰っているか? 」
『勿論! 今回はイツキクンが海兵隊との実務訓練で、グレイとリンちゃんが射撃・狙撃・格闘訓練、ミカエラとボクがサイバー訓練だね。こっちが機甲兵との戦い方を教える代わりに、ボクたちが実戦的な知識を身に付けるって感じかな。あ、あと最新型の軍用機甲兵のテストも実施するってあるね』
「そうか。……あいつらには既に? 」
『後で知らせるよ。お取込み中みたいだし』
後部座席で取っ組み合いを始めた三人を横目に見ながら斎は短くため息を吐く。その光景を見ていた運転手のルイスは笑みを浮かべながら窓を開け、涼しい海風を車内に吹かせた。海兵隊に所属するルイスの姿は海の景色と見事にマッチし、まるで広告を見ているかのような感覚に陥る。
「賑やかそうで良いな。いつもこんな感じなのか? 」
「賑やかどころか騒がしくて困る。まるで子供のお守を毎日させられているみたいだ」
「はは、グレイは少し子供っぽい所があるからな。変な所で意地っ張りだったり」
「ルイスからも釘を差しておいて欲しいものだ」
「無茶言うな。あんたの役回りにはなりたくない」
「……違いない」
ルイスの気持ちが良い性格に中てられたのか斎も僅かばかり口角を吊り上げて見せる。海風が彼の銀髪を靡かせ、心地良い感覚を彼の身体に与えた。彼らを乗せた車は海を縦断するコロナド橋に差し掛かり、海上に浮かんだ人工島に差し掛かる。軍属の人間が住む住宅街を抜け、6人を乗せたハマーはネイバルステーションアイランドのゲート前に辿り着いた。
「やあルイス。彼らが例の? 」
「そうだ。上にも通達が行ってるだろう。通してくれ」
「分かった」
そんなやり取りを横で聞きながら斎はゲートの守衛を一瞥し、進んでいく景色を眺めていた。基地の海岸線には数台のF‐ ライトニング IIを乗せた巨大な空母や戦闘機を収納する大きな格納庫が並び、圧巻の光景が彼らの視界を支配する。
「カリフォルニア州には海兵隊の基地があるもんでな。今日は其処を貸してもらう」
「そいつはありがたいね。狙撃訓練は室内か? 」
「そうだ。お嬢ちゃんとグレイがその担当だろう? 訓練場所についたら案内するよ」
ルイスはハマーを基地の敷地内へと運転しながら徐々に減速していき、目的の訓練場所へと辿り着く。既に身支度を終えていた何人もの兵士が敬礼をしながら彼らを迎え、斎は思わずその光景に一瞬戸惑った。ルイスは敬礼を止めさせた後、斎たちを兵士たちの前に立たせる。アメリカ海兵隊。エリート揃いの兵士たちが集結する、アメリカ合衆国の第四の戦力である。遂行した作戦は幾万にも及び、大規模な国際間の戦争でも最前線に投入される粒ぞろいの兵士達だ。
「本日、特別訓練を実施してくれる事になった警備会社のインペリアルアームズの方々だ。皆、失礼のないように」
直後兵士たちの方から了承の大喝が聞こえ、思わず斎は耳を塞ぎかけた。一つ一つの仕草が、海兵隊としての誇りを感じさせる。
「と、言う訳で早速訓練を始めよう。グレイとリンさんは俺と射撃場に来てくれ。ミカエラとイツキさんはこっちの訓練場に」
「分かった」
「了解であります! 」
軍事基地に入ったという事で気分が高まったのか、ミカエラは先ほどと同じような敬礼をルイスに向けると斎の隣を歩き始めた。斎とミカエラは体格の大きい兵士に案内されるがまま目的の訓練場に辿り着き、幾つもの対機甲強化素体が並ぶ光景を目の当たりにする。既に何人かの兵士は強化素体への最適化を済ませていた。機甲兵が人類に反旗を翻すようになってから、軍の装備も一新された。今回斎が訓練の相手をする兵士たちは新設の部隊に属しており、対機甲戦に特化した連中であるという。
「ほう……」
強化素体を纏った3人の兵士が斎の前に並ぶ。斎と同じ目線に立つ機械仕掛けの鎧は、昨年日本の技術メーカーが製作した一品だ。本来なら軍用の対機甲素体は斎の外骨格や強化素体よりも巨大で、圧倒的な火力で敵を殲滅できるという利点を持っている。しかし近年の機甲兵反乱事件によりデザインや機能性が見直され、より機動性と安全性を重視した現在のスーツ型に落ち着いた。
「アンタが今回の訓練相手か。お手柔らかに」
「あぁ、よろしく」
真ん中に立っていた若い白人の男が斎へ手を差し出し、握手を交わす。機械の腕同士で握り合うとはなんとも奇妙な感覚だが、斎は背後に立っていたミカエラに視線を向けた。
「最適化は? 」
「もう済んでるであります」
「そうか、助かる。お前はどうするんだ? 」
「訓練中は巻き込まれちゃうと困るので最新の機甲兵の所に行ってるでありますよ。リュディのシステムで最適化して欲しいとも言われていますし」
『にひひ、ボクってば縁の下の力持ちだね。褒めて褒めて? 』
「……後でな」
二人との会話を見られていたのか、対峙した兵士たちから訝し気な視線を向けられる。女と話している時間があるのなら、さっさと戦えとでも言う雰囲気だ。斎は背負っていた長方形の黒い塊に手を伸ばし、愛刀・日秀天桜の柄を握り締める。鞘に納められた高周波ブレードが姿を現すと斎は腰の接続部分に鞘を取り付け、耳に付けていた小型のインカムのボタンを押し、バイザーを起動した。
「離れていろ。巻き込む恐れがある」
斎のただならぬ殺気にミカエラはただ息を呑んで頷く事しか出来ず、同伴の兵士たちに軍用機甲兵が搬入されている格納庫へと歩き始める。倉庫へ向かう最中も斎の姿が見えなくなるまで彼の背中を見つめ、やがて見えなくなった。
「始めようか。早く戦いたくて仕方ないのだろう? 」
日秀天桜が起動し、鞘に青色の十字線が走る。準備は整った。柄にもなく斎は笑みを浮かべ、目の前の敵を挑発するように腰を低く落とす。
「――――好きな所から掛かって来い。叩きのめしてやる」
機械仕掛けの戦いが、今始まりを告げた。