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Killer's Blade   作者: 旗戦士
Chapter 1: Becoming a Human Being
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Act 11. Next Step, ours History

<警備会社インペリアルアームズ・オフィス>


 そうして、約一週間の月日が流れた。斎はいつも通り朝に事務所に扉を開けると、ソファで寛ぎながら朝食のサンドイッチを頬張りながらテレビのニュースを見ていたミカエラと鉢合わせる。彼女は斎を迎え入れるかのように手を振り、パンとハムを咀嚼していた。ミカエラを一瞥しながら斎は給湯室に入り、コーヒーメーカーのスイッチを押す。予めセットされたコーヒー豆が中の機械に砕かれ、外部に装着されたウォータータンクから熱湯が注がれていく。取り付けられたポットに黒い液体が溜まっていき、珈琲の芳醇な香りが斎の鼻孔を刺激した。


「斎さん斎さん、クーレ・メディケのニュースがやってるでありますよ。こっち来るであります」

「少し待っていろ。コーヒー淹れてる」


 二人分のマグカップを置き、そこにコーヒーを注ぐ斎。片方の器には何も入れず、もう片方にはミルクと砂糖を入れておく。二つのマグカップを手に取りながら再びオフィスへと戻った斎は、彼女のデスクの上に甘くなったコーヒーを置いた。


「ありがとうございます。砂糖とミルクは? 」

「入れてある。それで、そのニュースとやらは? 」

『呼ばれた気がしたから来ちゃった! みんなのアイドル、リュディちゃんだよ! 』

「……今の会話の脈絡で呼ばれたと思うなら整備不良だな。ミカエラ」

「はいであります」

『ちょ、ちょっとストップ! 朝のニュースよりも先にこのリュディちゃんが真相をお知らせしてあげようっていうのに酷いじゃないか! 』


 傍に置いていたミカエラと斎のスマートフォンからワインレッドのフレアスカートとピンク色のブラウス姿の美少女が姿を現す。彼の扱う高周波ブレード・日秀天桜や会社全体のセキュリティシステムを管理・整備しているAI、リュディヴィーヌ・ルコックが頬を膨らませていた。


「……それで? リュディの言う真相とやらは何でありますか? 」

『無事に裁判が開始されて、クーレ・メディケからの妨害工作も無くマクダエルさん達が勝訴したって話さ。それに今までギャング使ってマクダエルさん達以外にも色々と技術を奪ってた事もこの裁判で明るみになって、株価も暴落。悲しいけど、あの会社がもう日の目を見る事はないだろうね』

「悪いのは社長や役員だけなのに、でありますねぇ。釈然とはしませんが、まあ人生運が悪い時もあるでありますよ」

「それに関してはマクダエルから聞いたんだが、他の研究所や会社からの引き抜きが行われているらしい。社員自体は優秀な連中が多い、と言っていた」

『まあ、アンドロイドの技術が進歩するのはいい事だね。何せ電脳世界のボクも仮初めではあるけど身体が手に入れられるんだから! そしたらまず、イツキクンを誘惑しちゃおうかな~? 』


 人間の手によって作られた人工AIがどこでそんな言葉を覚えてきたのかは不明だが、画面の中のリュディは悪戯な笑みを斎に向ける。隣のミカエラは不満げに頬を膨らませ、当の本人は呆れたように肩を竦めていた。直後、テレビに映し出されていたニュースのテロップがクーレ・メディケのものからスーツを身に纏った男に切り替わる。


『今回の報道を受け、株式会社クーレ・メディケが傘下に加わっていたジェヌド・メスティカグループの会長、眞田(さなだ) 桐彦(きりひこ)が緊急記者会見を開いています。眞田会長は"自分の監督不行き届きが原因でこのような事態が起こってしまった事を先ずお詫び申し上げる。クーレ・メディケはジェヌドグループからは除名とし、ここで働いていた会社員の方々を我々のグループに引き込もうと考えて――――』


 黒いスーツで身を固めた初老の男が登壇し、様々な記者からの質問に答えている様子が中継されていた。思わずコーヒーを飲む手を止め、テレビの画面を睨み付ける。彼の表情の変化を察したのかミカエラとリュディの視線が彼に集中したのを期に、斎は我に返った。殺気が身体から溢れていたのであろう、二人の表情は何処か不安げだった。


「……冗談は止せ。俺は機械の身体に欲情するほど欲求不満じゃない。それよりもミカエラ、受け取った報酬とやらはどうなっている? 」

「え、あ、あぁ、それならバッチリでありますよ。それに最新鋭の機械素体技術もくれたので、斎さんの四肢にも近々組み込めそうでありますねぇ」

「そうか。まあ、使いやすくなる事に越したことはないか」

『そういえば機械素体技術で思い出したんだけどさ、マクダエルさん達のアンドロイドテクノロジーは近々警察とか軍に取り入れられるらしいよ。商品化する前にそっちでテストするんだって』

「……その情報、まさか盗んできたんじゃないだろうな? 」

『てへっ、何の事かな~? リュディちゃん可愛いからさっぱり分かんないや~? 』


 瞬間斎はリュディが表示されていたスマートフォンを手に取り、彼女の頬の部分を指で引っ張る。直後リュディの頬も人間の様に伸び、突然走った痛覚に声を上げた。AIに痛覚があるのは不明だが、画面の中の彼女は確かに痛がっている。近年のスマートフォン技術も飛躍的に向上しほぼ全ての機種にAIが搭載され、より一層簡単に扱う事が出来ていた。しかし、近年の人工知能・機甲兵暴走社会問題により個人情報の流失や人類に危害を加えるなど、実害的な問題が浮上しつつある。


「直ぐにそのデータ履歴は消去しておくとして……。でもリュディの話は本当みたいですねぇ。マクレーン警部が"近々俺の下に鉄屑野郎が来やがる"とボヤいてましたからねぇ。あの人アンドロイドとか機甲兵嫌いなのに」

「災難な話だな。そのうちこちらに来るだろうから、楽しみにでもしておくさ」


 マクレーン警部、というのはミカエラが会社を運営するにあたって警察からの依頼を提供している刑事の名だ。現在、彼らの仕事の殆どは警察や軍からの公的なもので、法律でも既に黙認されている。そのマクレーンという男は敏腕ながらも上司に楯を突く事が多く、昇進の機会を何度も逃している男だった。これは斎の憶測ではあるが、マクレーンの素行が日頃悪いのは有名で、それを監視する名目でアンドロイドが配備される事となったのだろう。そんな考えに耽っていると、事務所の扉が開く音が聞こえる。


「よおお前ら、集まってるな。お仕事の話だ」


 得意げな声と共にグレイとリンがオフィスに押しかけ、彼らの後ろに迷彩柄の軍服を身に纏う黒人の大男が斎の視界に入った。袖から露出する両腕は丸太の様に太く、短く切り揃えられた坊主頭は彼の活発さを感じさせる。


「そこに掛けてくれルイス。コーヒーは要るか? 」

「いや、大丈夫だ。そんな気遣わなくていいって」


 気さくにグレイと会話を繰り広げる様子から、彼はグレイの知り合いなのであろう。斎やミカエラを見るなりにこやかに笑みを浮かべ、大きな右手を差し出した。


「ルイスだ。ルイス・アディントン。グレイからの伝手でここを紹介してもらった」

「ミカエラ・ウィルソンであります。こっちはリンディス・ミラフェリアに、宗像斎」

「……よろしく」


 ルイスを握手を交わしつつ斎は彼の目を見つめる。物珍しそうに斎の手を何度も握り直しており、斎の視線に気づくとルイスはハッとしたような表情を浮かべた。おそらく斎の手に生気を感じられなかったのであろう。


「すまない、気を悪くしないでくれ。ただどうにも、機械素体をこうして触るのは初めてなもんで……」

「……もう慣れた。ところでアンタはグレイの知り合いなのか? 」

「古くからの付き合いさ。かれこれ10年以上か? 」

「余計な事は喋んなよ、ルイス」


 給湯室から釘を刺すようにグレイの声が聞こえた同時に、自分のマグカップを手にしたグレイがリンの隣に腰を落ち着ける。足を組みながらコーヒーを啜るグレイを横目に、ミカエラが話を切り出した。


「して、今回のお話とは? 」

「アンタ方に新人たちの訓練及び新型機甲兵のテストを頼みたい。機械素体を駆使する相手との戦闘にまだ慣れていなくてな、そこでグレイたちに頼もうと思った訳だ」

「ほほう。でしたら最適であります。日にちは? 」

「明日の昼頃。訓練再開の時間に成ったら来て欲しい」


 ルイスの言葉を聞くなり、ミカエラは斎に視線を向ける。


「分かった。その依頼、請けよう。その他に話す事は? 」

「報酬は先払いで1万ドル、訓練が終わった後に2万ドル振り込んでおく。それでいいか? 」

「オッケーであります。それでは明日に」


 手早く話を済ませたのか、ルイスの方も満足げな表情を浮かべながらソファから立ち上がった。グレイに別れを告げ、オフィスを立ち去っていく彼を一瞥すると隣のグレイから短い溜息が漏れる。


「どうしたんスかセンパイ? 溜息なんてついちゃって」

「ん、あぁ、溜息吐いてたか、俺……。いやなんでもねえ。ちょっとばかり、昔を思い出してな」

「軍の人間だったのか? 通りで銃器の扱いに長けていると思ったが……」

「男の過去を詮索するほど無駄な時間の使い方は無いぜ? とりあえず依頼は明日だろ? 話決まったなら俺ぁ自分の仕事に戻るわ」


 何か後ろめたい事があるのか、その場を取り繕いながらグレイは事務所を後にした。扉を開けて去って行く後ろ姿が妙に悲しげに見えたのは気のせいではないのだろう。少し気がかりになりながらも、斎はソファから立ち上がる。


「……妙な雰囲気だったが、明日には支障がないようにしておく。お前らは自分の仕事に集中していろ」

「お願いするであります。ま、グレイさんの事ですから心配ないとは思いますけど」


 グレイを追い掛けるように斎も事務所の出口まで足を進め、残された二人に目もくれずにオフィスを後にした。ミカエラの隣に座るリンが不安げな表情を浮かべていたが、その思いが彼らに届く事は無かった。

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