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Killer's Blade   作者: 旗戦士
Chapter 1: Becoming a Human Being
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Act 10. Softy and Smoothly

<ロサンゼルス市内>


 翌日。クーレ・メディケの残党に命を狙われる事無く静かな時を過ごした斎は、与えられた休暇を過ごそうと単身夕暮れ時のロサンゼルス市街を闊歩している。昨夜装備していた戦闘用の強化外骨格スーツではなく日常生活用の機械素体にパーツを取り換えてあるので外見は生身の人間と対して変わりはない。黒みが掛かったジーンズにベージュ色のチェスターコートを羽織り、下には黒いカットソーを着た彼はポケットから煙草を取り出した。愛用している金色のジッポライターで火を点けようとすると、突然横から100円ライターの火が伸びてくる。流石に驚きを隠せずに身体を硬直させながらゆっくりとその方向に顔を上げると、笑顔を浮かべているミカエラが其処にはいた。


「奇遇でありますなぁ、斎さん? 」

「……驚かすな。知らん人間なら危うく手を出していた」

「私だと知って止めてくれたんでありますか? いやぁ、斎さんはやっぱり優しいであります」

「前言撤回しても良いが? 」


 目が覚めるような赤いロングコートの裾を揺らし、下に黒いワンピースを纏う彼女は悪戯に笑みを浮かべながら咥えていた斎の煙草の先に火を近づける。成すがまま斎は息を吸い、煙草の紫煙を燻らせた。直後二人は並んで歩き出し、斎のレザーブーツとミカエラのロングブーツの靴音が小気味よく市街地に響き始める。


「あれから連中の動きは? 」

「特には。此方がデータを持っている事にビビってるんでありましょう。それに、あれだけ好き勝手やれば当分手出しは出来ないでありますよ」

「マクダエルには渡したのか? 」

「とっくのとうに、であります。まあミカちゃんは天才ですしぃ? ちょっとは褒めてくれたっていいんでありますよぉ? 」


一足先に斎の前に立ち、後ろで手を組んで頭を差し出すミカエラ。まるで撫でられるのを待つ猫の様に思えてきた斎は呆れた表情を浮かべながら彼女の頭に手を置く。予測しえなかった出来事に遭遇したのか当の本人は唖然とした表情を浮かべるだけで、頭を撫でた後に彼女の先を斎は再び歩き出した。


「……偶には誉めてやろうと思っただけだ。勘違いするなよ」

「――――へ、へぇっ? あ、あぁっ、は、はい……」


 ようやく脳の処理が追いついたのか自身に起こった事態を理解し始め、途端に頬を紅潮させて視線を俯かせながらミカエラは斎の後ろを歩き始める。天才技術者の脳を以てしても、斎の行動は予測できなかったらしい。普段見せない彼女の一面が可笑しく思えたのか、柄にもなく斎は吹き出した。


「な、なんで笑うんですかぁ! 」

「しおらしいミカエラは見た事が無かったからな。なんだか新鮮な気分だ」

「もう~……。なんだか調子狂うでありますぅ~……」

「普段からそうしていればもっと可愛げもあるんだがな」

「か、かわ……? 」


 瞬間、ミカエラの表情が再度硬直する。自然と出た言葉に斎は一呼吸置いた後、脳の処理速度が追い付き始めた。そのまま二人は歩き始め、やがて同じ目的地であったロニの店に辿り着いた。斎が先にドアを開けて彼女を入らせようとすると、二人に掛かる男女の声が二つ。


「奇遇だなぁ、お前ら。行きつく先は皆同じって奴か」

「でも見て下さいよセンパイ。普段ツンケンしてるイツキさんが珍しくレディーファーストしてるっスよ」

「おお、こりゃあ明日嵐でもくっかな」


 グレイ・バレットにリンディス・ミラフェリア。黙っていればハリウッドスター並みの端麗さを持ち合わせる二人だが、口を開いた途端周囲の雰囲気が淀み始めコミカルな空気を漂わせる。カーキ色のミリタリージャケットの下に暗めのデニムシャツ、下には白いボトムスという出で立ちのグレイは煙草を咥えながら悪戯な笑みを斎に向けていた。対するリンの方は彼よりもシンプルな風貌で、黒いスキニージーンズの上に両肩が開けたグレーのセーターを身に纏っている。


「……一番会いたくない連中と出くわした……」

「何もその言い草はねえだろ? あ、もしかしてこの後二人でしっぽり行くつもりだったか? 」

「偶然だ、偶然。だいたいお前たちもなんでここにいる」

「それこそ偶然が生んだ産物ってやつさ。なぁリン? 」

「いやー、アタシはセンパイに無理やり連れてこられただけっス。普通なら犯罪っスよ犯罪」

「馬鹿言え、こんなイイ男と酒が飲めるなんて人生で何回も無ぇぞ? 」

「訴えますよセンパイ」

「……何もそこまで言わなくてもいいだろお前……」


 新入社員から辛辣な一言を浴びせられ、グレイはがっくりと肩を落とした。先にリンを店の入り口に入れさせるとグレイよりも先に斎は入店し、地下への階段を下りていく。その先にもう一つの扉が見え、窓からは僅かに明かりが漏れていた。Bar&Dining |Aperitivo(アペリティーヴォ)。斎の知り合いであるロドヴィーゴ・グラスゴップの店であり、今時珍しい赤と青のネオンサインが目印の店だった。


「どうもロニさん! 今日は偶然会社のみんなとそこで会ったので来ちゃったであります! 」

「……こりゃあ騒がしくなりそうだな。ったく、忙しくさせやがって」


 ロニ、と呼ばれたバーカウンターに立つ初老の男性は気だるそうに拭いていたグラスを傍に置くと彼らが座った席の前に水の入ったコップを4つ置く。斎たちはカウンター席にあったメニューを手に取り、食前酒の項目に視線を移した。


「センパイ、アタシ酒もいいんスけど飯食いたいっス。ハラ減って死にそうっスよ~……」

「いちいち大げさだなオメーは。ロニ、今日のメシは? 」

「カルボナーラとエビとマッシュルームのアヒージョがある。お嬢さんは何がご所望で? 」

「どっちもっス! うへぇ、俄然ハラ減ってきたぁ……あ、あとアタシビールで」


 その名前を聞いた瞬間にリンは子供のように目を輝かせ、無邪気な表情をロニに向ける。昨夜喜々としてギャングの一員へ鉛玉を浴びせていた彼女とは思えないほど純真な雰囲気を纏わせる彼女は、案外演技が上手いのかもしれない。そんな事を思いながら斎は隣のミカエラが僅かに目配せしているのに気づくが、彼女の為に敢えて触れずにロニに視線を向けた。


「俺は黒ギネスを。ミカエラは? 」

「私は赤ワインで。ナパバレー産のやつ、まだ残ってますか? 」

「おうとも。品揃えに関しちゃここはロス(いち)だぜ」

「ま、そのご自慢の品々もお客が来なきゃ宝の持ち腐れって訳だ。俺もビールで頼む」

「相変わらず辛辣なお客様なこった」


 グレイと軽口を交わしつつロニはカウンターの奥へと消えていく。どうやら裏のキッチンで働いているシェフへリンのオーダーを伝えている様だ。程なくして彼はカウンターへと戻ると先にグレイと斎、リンの分のビールを注ぎ始める。ジョッキに入った黒と金色の液体が彼らの前に置かれ、ミカエラの隣に座っているグレイが小さく笑った。その後ロニは備え付けのワインセラーを開け、ナパバレー産の赤ワインのボトルを手に取る。ピノ・ノワールという品種の葡萄をふんだんに使用したこの一品をロニはソムリエナイフで開け、ワイングラスに注いだ。発酵した果実の風味がバー全体を支配し、オーダー主のミカエラは待ちきれないと言った様子でロニの手つきに釘付けとなっている。


「それじゃあ急ではありますがお仕事成功を祝して乾杯であります! 」


 間もなくして全員の下に酒が運び込まれ、ミカエラの一声と共に甲高い四つの音が店内に鳴り響いた。直後4人は各々の液体を喉に注ぎ込み、それぞれ違った感嘆の声を上げる。仲睦まじい様子をロニに見られていたのか彼は歳に似合わない悪戯な笑顔を浮かべながらカウンターに両肘を置いていた。


「なんだ。お前も良い顔するじゃねえかよ、イツキ」

「……あんたには関係ないだろう」

「そりゃそうだ。俺ぁしがないバーテンのマスターで、お前は唯の常連。だがまあ、それでも歳を取ると人間要らんことにまで気を遣うようになる。40越えてくると自分の周りの人間が心配に思えてくんのさ」

「そんじゃあ早く結婚したらどうだ? 忙しくて周りなんか目に見えねえぜ」

「女関係の事言ったら出禁にすんぞってこないだ言ったばかりだよな? 」


 4人のグラスが半分くらいになった所で、グレイはロニの言葉に苦笑いを浮かべる。


「煙草くれたら不問にしてやるよ」

「おいおいロニ、アンタ禁煙してたんじゃ無かったのか? 」

「いつでもできるって分かったからな。俺ぁ今を大切にする人間なのさ」

「都合のいい口実でありますなぁ」

「ほっとけ」


 グレイからラッキーストライクを受け取ったロニは慣れた手付きで巻き煙草のフィルターを咥え、借りたライターで火を点けた。合衆国の殆どの地域では室内での喫煙は法律で禁じられているが、客が斎たち以外居ない日にはこうして煙草を燻らせるのがロニの密かな楽しみであった。その時厨房から皿の置かれる甲高い音が聞こえ、間もなくロニの手によって二つの料理がリンの目の前に置かれる。チーズとクリームソースの混ざり合った濃厚な香りが煙草の煙をかき消し、アヒージョの香ばしいニンニクの香りが彼女の鼻孔を刺激した。


「ロニさんこれ本当に食っていいんスか!? 」

「おうとも。うちの自慢のシェフが作ったもんだ、たんと食いな。なんせこのセンパイが支払ってくれるんだからよ。なぁグレイ? 」

「……まあ、新人のメシくらいならいいけどよ……」

「あ、私もグレイさんのツケでお願いするであります」

「俺も頼む」

「にゃにぃ!? 冗談止してくれって! 今月結構厳しいんだぜ!? 」

「毎度御贔屓に。酒と飯食ったら帰んな。疲れてんだろ」


 そんな会話を交わしながら彼らは次の酒をオーダーしつつ、夕暮れが沈む時と共に過ごしていく。一人の男を除いて酒も飯も堪能し、会計を済ませて4人は店の外に出た。既に夜の帳が市内を包み込んでおり、あれほど多かった人通りも今では数える程しかいなかった。


「トホホ……軽率に奢るなんて話しなきゃよかった……」

「まあまあ。その分依頼の方をたんまり入れるでありますから」

「そうだな。普段あまり仕事しない分、お前には働いてもらわねばならん」

「馬鹿言え、後輩ちゃんのお世話で俺ぁ忙しいんだっつの」

「新人に仕事押し付けて一人カジノに行く人が何言ってんスか? 」


 リンからの暴露にグレイは二つの鋭い視線を浴び、思わず後頭部を掻きつつ肩を竦める。苦し紛れに煙草を吸おうとするも、既に自分の分の煙草がない事に気付いたグレイは肩を落としながら深い溜息を吐いた。日頃の行いが悪いせいだ、そんな言葉を胸の内に仕舞いながら斎は隣を歩くミカエラに視線を向ける。彼女も斎の事を見ていたのか、ふと視線が交わされた。照れ臭さを感じつつも斎は口角を僅かに吊り上げ、ミカエラはいつもの笑みを浮かべる。


「なーに二人でニヤついてんスかぁ? あ、もしかして、この後二人でどっか行く予定とか? 」

「ついにかイツキ! お前も大人の階段を……いやぁお兄さん嬉しいぜ、あまりに女っ気がないからもうそっちの方面かと」

「阿呆。今度そんなバカげた事を言うなら叩き斬るぞ」

「ひゃあお兄さん怖ーい! 逃げるぜ新人! 」

「どわぁっ!? いきなり何すんスかセンパイ!? 」


 所持金が少なくなって自暴自棄になったのか、グレイは隣にいたリンの身体を担ぎ上げて先に市街の奥へと消えていった。そんな二人に呆れつつも斎はミカエラに視線を戻し、肩を竦めながら口を開く。


「……やれやれ。騒がしい連中だな」


 一人顔を赤くしているミカエラに斎が気づくはずも無かった。

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