動き出した影と光
「ん......朝か」
鳥のさえずり、カーテンの隙間から差し込む太陽の光。そしてそれに照らされる、普段は見えないほどの小さな塵。
最後に、この寝起きなのにもかかわらず、異様に清々しい気持ち。
うん、朝だこれ。しかも早朝
「すう......すう......ん」
「ケイトさんはまだ寝てるか......」
昨日食器を洗った後、部屋に戻った。
ケイトさんに話しかけようと思ったが、彼女は疲れていたのか既に眠っていた。
あ、寝顔可愛かったですごちそうさま。
(おっはよーエルシア!)
(ああ、おはようエストール。早いな)
(そりゃこっちのセリフだよ!ま、私は剣になってから眠るっていう必要は無くなったからね)
(そっか)
(で、今日もやるの?)
(もちろん)
日々の積み重ねが大事だ。
だから毎朝早くに起きて鍛錬をする。
そして部屋を出た。
「まずは準備運動か」
アリーナではなく、少し歩いたハーミルフォレストにつき、いつも通りの準備運動を始める。
以前はやっていなかったが、エストールが怪我の危険性が高まるから、と教えてくれた。
「っ、ふ......」
肩と背中の筋肉を伸ばし、柔軟性をあげる。
そうすると剣を振るう時に良いとエストールが言っていた。
(は〜い、じゃあ次は足ね)
(ああ)
まずはなんだっけ、屈伸?
その場で屈んで立ち上がってを繰り返すだけだ。
「よし、準備万端」
あとは足首をなんやらかんやらしたりして、準備運動は終わりだ。
うん、やっぱ体が軽いな。
(そんじゃあ、基礎からね〜)
「ああ、師匠」
(うんうん、苦しゅうないぞ!)
ちなみに師匠は、そう呼ばないとエストールが教えてくれないので仕方なく呼んでいる。
何故だろうか。
(師弟の禁断の関係〜むふふ♪)
ああ、そういえば前にもこんな馬鹿みたいなこと言ってたな。納得。
まず基礎をやる。素振りしたり、相手の攻撃を想定して、枝が多い群れに全速力で突っ込んで避けたり。あ、これエストールによると一キロガチで走らされて一キロゆっくりを繰り返して合計六キロらしい。うん、めちゃめちゃ疲れるってことはわかる。
(お、だいぶん早く終わるようになったね!流石だよ)
「っ、慣れ、かな。割と、な......」
(んじゃ、次は〜)
「き、休憩、は?」
(冗談冗談、休もうか!!)
「あ、ああ......」
枝を避けなければいけないので、普通に走るよりも圧倒的に疲れる。
で、集中するのも嫌になるからこういう時は普通に口に出してエストールと会話する。
しばらく休憩を取り、技術的なところを指導してもらう。
(もうちょっとだけ斜めかな〜。こんな感じ)
「ん、成る程。わかった、ありがとう」
少しだけ斜めにして、こう?
すると、いつもよりもビュンっ!と鋭い風邪を切る音がし、楽に振れるようになった。
やっぱり、こういう所だけは流石としか言えない。
(そうそう!飲み込みが早いねぇ〜)
「エス......師匠が体を動かして教えてくれるのと、なんか自然とわかるんだよな」
(やっぱり、こういうのは魂が覚えてるもんなのかなぁ〜)
「?」
(気にしなくて良いよ!ささ、続きやろう!!)
「そうだな」
まあ気にしなくて良いか。
剣如きが隠し事をしているのは少し気にならんが。
(だーかーらー!)
「うるさい」
軽くエストールを叩くと、コツンと良い音がした。
(痛い......)
「痛い?じゃあ敵を切るのがかわいそうだから普通の剣を使」
(痛くないよ!全然!!エルシアにやられるならむしろ気持ちいい!!)
「あ、はい」
なんかハアハア言ってるんだけど......
エレインと言いエストールと言い、なんでこんなに変態に......いや、エストールは元々か。
まあラブリーマイエンジェルエレインは許すけどね。
(むう、なんで私だけ......)
「日頃の行いってやつだよ。し・しょ・う?」
(ムカー!覚えとけよ!?擬人化したら半殺しにしてやるから!!)
「エストールに出来るかな?そんなこと」
(私の方が強いし!!)
「あ、うん。そりゃそうだ」
精霊王に敵うわけないしな。
強くてもエストールは割と優しいからそんなことしないだろう。多分。
(一言余計だよ。ったく......)
「あ?照れてる?超絶美少女?」
(ねえエルシア。体に重りをつけられて湖に沈められるか、溶岩に沈められるかどっちが良い?あ、溶岩ってね、人はすぐに溶けないで苦しんで死ぬらしいよ?ちなみに三番目もあるけど......)
「え、あ。三番目で」
(じゃあ私と死ぬまで一緒にいる、だね!!)
「ハイ......」
やば、さっきガチのトーンだったぞ。
普通に怒らせたらやりそう。だってオレの体を動かせるわけだから、オレは今から自分が死のうとしているのを黙って見てるしかできないわけだし......あ、トイレ行きたい。
(ま、とりあえず続けよっか!)
「ハイ」
怖すぎて未だにカタコトになるわ。
ーーーーー
「嗚呼、疲れた......」
(お疲れ様〜)
「なんか今日、いつもより厳しくなかった?」
(人を怒らせるのが悪いよ)
「......そ」
ここで人じゃないだろとか言ったらさらに怒らせそうだからやめとこう。
うん、賢い判断だ。流石オレ。
(あれ、ハーミルフォレストってモンスター出るっけ?)
「ああ、確か出るな。割と普通に」
(ふーん。後ろ)
「後ろ......!?」
振り向いた瞬間、ボフ!という音がして吹き飛ばされた。
「ぐふっ!」
肺から空気が漏れ、息苦しくなる。
ついでに腹部も痛む。顔を上げると、巨大で黒色の体毛を持つモンスターが居た。
(何あれー?)
「あれはブラックベア。この辺だと全然見かけないんだけど......」
本来ならばこんな所には居ないはずだ。
何故ならばこいつはダンジョンに居るようなモンスターだからだ。
にしても、さっきのは......腹に頭突きをもらったか。ギリギリのところで回避出来たけど、まともに受けてたらヤバイかったな。なんでかはわからないけど足音もしなかったし。
(相手は手慣れみたいだよ。いくら疲れているとは言え、普段のエルシアなら気づけていたはずだし)
「ああ。奇妙だ。まるでいきなり現れたような......」
「......」
ひっ!?目つき怖ぁ!?
なんじゃありゃ!人絶対殺すマンやん!!......いや、人じゃないか。そういえば。
(ボケてる場合じゃないよ!次くるから!!)
エストールがそう言った瞬間に、ブラックベアは尋常じゃない速度でこちらへと向かってきた。
それをギリギリで交わし、お返しにエストールを抜いて斬りつける。
「......」
「ええ?全然効いてないの?凄い血出てるけど......」
普通ならば怒り狂うであろうブラックベアを前に、少し動揺する。
地面を濡らすほどに血が流れているし、エストールにも付いている。
その血をエストールを振って落とし、構え直す。
「そっちがまだやる気なら、やるか......」
「......」
いやいや、ブラックベアってこんなに冷静だったか?確かに力は強いし速いけど、攻撃は単調で対処しやすいはず......
「っ!」
来る!!
「......ぐっ!?」
ヤバイ。かなりヤバイ。
さっきと同じように突っ込んできたはずだ。なのにオレはなんで木に激突してる......?
「......」
「チッ、デカい尻だこと......」
んの野郎、急停止して視界の外から尻で攻撃してきたのか。
足元の土が抉れてる。
(モンスターにしてはトリッキーな動きをするね。操られてるのかな?)
「まさか。そんなことが出来るのは相当の手練れだぞ......」
ペっ、と口の中の唾を吐く。
そして深呼吸を一つ、気持ちを落ち着かせる。
さっきのは言ってしまえば油断だ。
あいつには知性がある。そしてその頭で考えたことを実行に移すだけの体がある。
ううむ、厄介なり......
「......」
「ムカつく......」
あの目。似てる。
クレイそっくりだ、見下すような目。
「......」
「今度はこっちから行くぜ!!」
「......」
余裕をかましているブラックベアに対し、速攻を仕掛ける。
縦の動きが速くても、ちょこまかした動きは苦手だろうから。
あ、そういえばオレさっきはそれで一発もらってたか。まあ忘れよう。
「っ!」
「......」
最近覚えた、身体強化の魔法をかけて一気に飛び込む。
まずは首を狙って。これは外れる。
すぐに体制を整え、切り上げる。こちらも後ろに飛ばれて避けられる。
またブラックベアに飛び込むが、体が宙にある瞬間を狙ってか、ブラックベアも飛び上がった。
「よっ!」
空中で身をよじり、回転しながらブラックベアを切りつけて着地する。そしてすぐさま振り返った。
「居ない......?」
(上だよ!!)
「なっ!?くっ!!」
ガキィン!という音がする。
オレよりも速く着地していたであろうブラックベアは、再び空へと飛び上がり、全体重に落下の速度を加え、爪で切りつけ......いや、殴りかかってきた。
それをエストールで防いだ。
「ん、の!!」
攻撃の衝撃を利用し、後ろへと飛ぶ。
まったく、衝撃的な衝げ
(ふざけてる場合じゃないよ!あれ、私じゃなかったら折れてエルシアも木っ端微塵だったよ)
(ああ、面目無い......)
(あれ、喋らないの?)
(もしもエストールが言った通り、操られているのだとしたら、聞かれたら面倒だしな)
(確かにね。っと、追撃くるよ!)
「ああ!こいやボケぇぇ!!」
ブラックベアは急加速し、こちらに突っ込む。
「あちょ!?速すぎ!!」
今度はカウンターなんてことは考えず、しっかりと避ける。
それでも、ブラックベアからは目を離さず。
するとどうでしょう、恐らくカウンターを狙った場合に避けるであろうところに、腕が振り下ろされていたではありませんか。
「ヤバイな......」
「......」
それを幾度となく繰り返していると、疲れから変な方向に思考が向いてしまう。
よし、コイツは普通のブラックベアとは違う。
名付けるならばそう、ブラッドベア。
(なんでー?)
(いや、なんか血に飢えてるし血まみれだから)
(あ、確かにそうかも。ネーミングセンスあるねエルシア!)
(だろう?)
まあ、今考えなければならないのは名称ではなく、コイツの対処法だけど。
多分力でごり押しは不可能、かといってスピードで翻弄するなんてこっちがもたない。
現にオレは疲れかけてる、あのトレーニングの後だから。
「......」
「容赦なしかよ!」
先程よりも速く、そして強い。
そんな一撃が来る前に避ける。
「......?」
なんだアイツ、動きが止まった......?
いや、動かないのか......もしかして。
(木に爪が引っかかったみたいだね)
(......みたいだな。これは使える)
ブラッドベアが動けないうちに、別の木を背にする。
すまないが、盾になってほしい。
(構いませんよ)
(んあ?エストール、喋った?)
(ああいや、私じゃないよ。森の精霊ってやつ)
(おお......やべ、感激したわ)
まさか森の精霊の声が聞こえるなんてな......
声からして美女だったわ。うん
(あ、エルシア?いま木に体が触れてるから、森の精霊さんに全部筒抜けだよ?)
(おうふ。まあ事実だから仕方ないよな)
(あ〜あ、パンクしちゃったよ)
(?)
まあ、いってしまえば怪我をして止めろって言ってるようなもんだ。
本当はもっと愛でてやりたいけど。
(ま、それよりも動けるようになったみたいだよ!)
「......」
「......」
しばらく睨み合う。するとやはりブラッドベアは突っ込んできた。
(まだ、まだだ......もっとギリギリまで......)
ブラッドベアの動きに全神経を集中させる。
その足音も、体を流れる嫌な汗も、風も、匂いも。全てをかき消して集中する。
そうすると、僅かにだがブラッドベアの動きが遅くなったように感じる。
おお、キタキタ!
「......」
やがてブラッドベアは、ゆっくりと腕を上げてきた。
おそらくオレが動かないため、そのまま馬鹿でかい手でオレを貫くつもりだろう。
が、そうはいかない。
「......」
あと少しでオレを殺せる。
そう思ったからか、ブラッドベアはかすかに口角を上げたように見えた。
「......っ!」
そして、爪がオレに触れそうなところで避ける。
その瞬間にブラッドベアの動きは普通の速度に戻り、木に腕が突き刺さって動けなくなった。
「......」
それだけでなく、森の精霊のおかげか、木が輝き始めた。
どうやらブラッドベアの体から、モンスターの命である魔力を吸い取っているようだ。
「ありがとな、森の精霊さん!!」
それでも少しづつなのか、急速に弱っていく気配はない。
だが確実に弱っている。この好機、逃すわけにはいかない!!
「っ、だあありゃあああああああっ!!」
渾身の力を込め、ブラッドベアを切る。
エストールの切れ味と森の精霊のお陰でその威力は凄まじく、ブラッドベアの体を文字通り一刀両断した。
ブラッドベアは絶命し、森の精霊のお陰で光とともに消えた。
「......はあ、はあ......疲れたぁ......」
終わった。そう思った時に、どっと疲れがきて座り込む。
森の精霊さんには悪いことをしたな......そう思っていると、木にあった抉られた後はだんだんと塞がっていった。
(あ、あのモンスターから魔力をいただきました。ご心配なさらず......)
(ああ、そういえば話せるのか)
(は、はい。それと......先ほど人影を見た、と聞きました。お気をつけください)
(ああ、ありがとな)
やっぱり天使。
精霊最高!!
(私は?)
(お前はノーカン)
(なんでよ!!)
(うふふ、仲がよろしいのですね。お二人は)
(いや、そんなことは)
(あるよ!ね?)
(あ、うん)
(それにしても......精霊王様、心配しましたが良かったです。こんな素敵な殿方の側に居て......)
(えへへ、でしょ?)
とても羨ましいです、と森の精霊さんは言う。
そういえばエストールは精霊王か。忘れてたけどさ。
(あの、お名前はなんと?)
(エルシアです)
(エルシア様......毎日、ここで鍛錬なさっているのを見ていました。それだけでなく、常に私達を気遣ってくださりとても嬉しく思います)
(いえ、そんな大げさな......)
(大げさではありません。これを)
(?)
森の精霊さんがそう言うと、木々から緑色の光が現れ、オレの体に吸い込まれていった。
その光が収まった瞬間、あらゆる知識がオレの頭に流れ込んだ。
(これは......)
(私達、森の精霊の加護です。森の精霊の王として、貴方に授けます)
(うぇえ!?も、森の精霊の王!?)
(はい)
(良かったねエルシア!精霊魔法が使えるようになって!!)
(な、なんそれ)
普通の魔法とは何かが違うのだろうか?
同じに思うけれど......
(私が説明いたします。精霊魔法とは、魔力を消費しない魔法。とても便利なのです。ただ、使う条件が少々難しくてですね......)
(条件?)
(はい。使うには、本人の力だけでなく、その魔法を司っている精霊から直接加護を得る必要があります)
(な、なるほど......)
(エルシア様は、日頃の森での行いのお陰で、森の精霊たちから加護を授けよう、という声がいくつも.....いえ、全ての精霊から上がっていました。ですが精霊王様がそれを拒んだのです)
(え、なんでだ?)
(魔法を使うために必要な基礎がなかったからね。まあ、エレインのお陰で自然とそれを得たみたいだけど)
(そのため、私達はエルシア様に加護を授ける事が出来ました。ちなみに、加護といっても、精霊のクラスによって使える精霊魔法が限られます。もっともエルシア様は、私が加護をさせて貰っているので全ての森の精霊魔法を使えますが)
(そう、ですか......ありがとうございます!!)
いやー、マジで森の精霊天使。
なんなんだろ、精霊って。こんなに良い人しかいないのかな。オレ少し心配になってきた。
(い、いえ!お気になさらず......あ、そういえば森の魔法の説明をしていませんでしたね......)
これ聞こえてるな。うん。
今も顔隠してる様が浮かぶ。
(その辺は私が説明しておくよ。ありがとね、ネア。私のわがまま聞いてくれて)
(そんな事ありません!精霊王様とエルシア様のためになったのなら......)
(えへ、ありがと。じゃあみんなのところに行ってあげて)
(はい、しっかりと役目を努めてまいります......その前に、エルシア様)
(はい?)
(鍛錬、頑張ってください。私達は、いつでも貴方を見ています)
森の精霊王様?がそう言った時、なんだか不思議ともう会話が出来ないと感じた。
ただ、先ほどまでとは違い、とても森が落ち着くような、そんな感じを覚えた。
帰りがてらエストールから森の魔法について聞いた。
どうやら一番融通が利くが、扱いが難しく、有名ではないため扱える者はそうそういないとのこと。
それに加え、森の精霊は人数が少なく、加護を受けることが難しいとか。
肝心の能力だが、植物に関連するために、やはり森の中などの自然が多いところで真価を発揮するらしい。
植物で敵の動きを止めたり、攻撃したり、魔力や生命力などを吸い取ったり。
いや、植物でどう攻撃するんだよと思ったが、木で敵を圧縮して魔力を吸い取るとほとんどイチコロらしい。確かにそれは効きそう。
あ、エレメンタルとかいう有名な精霊たちのことも聞いた。
(まあこんなとこかな。エルシアは多分、騎士王を超えられるかもね)
(そうか?)
(うん!精霊騎士王、かな!)
(はは、良いなそれ)
とりあえずは森の精霊達からもらった加護、無駄にせず期待に応えないとな。
それが恩返しにもなるだろうから。
(あ、ちなみに森の精霊は美女揃いだよ。いや、精霊みんなが美女なんだけど)
(おい、気になるじゃねえかこのやろう)
今言うのはずるい。
あれ、なんか腕から馬鹿みたいに出血して......
ーーーーー
「へえ、失敗したんだ」
ひとりの男がそう呟く。
するとひとりの女が言う。
「はっ!申し訳ありません、鍛錬後を狙ったのですが......」
「まあ良いよ」
「ありがとうございます.....」
そして女は部屋を出て、こう一言。
「......難しい任務......」
影は、確実に動き出していた。
「ああ!いってえええええ!!」
「ご、ごめんなさいエルシアさん!もうちょっとだけ我慢です!!」
「神よおおおおおお!!」
.....この男の知らないところで。