ヴァランティーヌの闘い
懐かしい者の気配を感じ、気配のする方向を見ると人間の物であろう血煙がここから少し離れた場所から見えた。
捕虜にする男を見ると同じく血煙の上がる方向を見て恐怖のためかガクガクと身体を震わせている。
...これ位フォルティーナの所に連れ帰らないと本当に制裁を喰らいそうよね。
「誰か!!ここに来なさい!」
そう空に向かって叫ぶと私の声に気付いたエンシェント・グリーンドラゴンが小さくひとつ鳴き声を上げ、ゆっくりと空から舞い降りてくる。
「...うん、お前で良いわ。この人間を死なせないように護りなさい!」
「クルッグォ?」
どうして?と私に問うて来るので「フォルティーナがそれを望んでいるからよ。...コイツが死んだらお前も巻き添えにフォルティーナから制裁を受けるわよ!」と脅すと驚いた表情でエンシェント・グリーンドラゴンが何度もコクコクと頷く。
私の知り合いの中でも上位種に当たる竜達は皆、召喚獣となったフォルティーナと言う存在を知ってから畏れ敬っている。
理由?それは単純明快、フォルティーナが圧倒的に自分達よりも強いからだ。
陸上の竜は自己顕示欲が強いが己よりも強い強者は素直に認める節がある。
縄張り争いなどでは強弱関係無く激しく争うのだがフォルティーナ相手では縄張り争いすら起き様が無い。
何せ大海の龍ですものね...それに本人自体に縄張り意識が全く無いし。
エンシェント・グリーンドラゴンに人間をまかせた私は懐かしい気配がする方向へ向かい始める。
気配のする場所に近付いて行くとバラバラに喰いちぎられた人間達の死体がかなりの数転がっている。
更に先の方で大型モンスターが荒ぶっている様だ。
大きな獅子の様なモンスターが目の前に居る武器を持った大量の人間を更に襲い掛かろうとしている所に私は声を掛けた。
「久し振りね!ベヒモス!!」
大きな獅子はピタリと動きを止め私の方を振り向くと人間の血で赤く濡れた牙の見える巨大な口を開いた。
「....その気配....バハムートか!!だが...なんだその格好はまるで矮小な人間の様ではないか!!」
「ふふっ。ええ、その通りね!...実は私は人間の召喚獣になったの。その結果がこの姿....結構私は気に入ってるのよ?この姿を。それであなたはこんな所で何をやってるのかしら?」
「ふはは、我か?我はさる御方に効率の良い経験値の稼ぎ方を教わってな。それを実践しておるのだよ!これはなかなか良いぞ!人間共の手伝いを少しするだけで喰い放題だ!!....しかしバハムートよ。お前が人間の召喚獣になるなど....あり得ぬ。そもそもお前を使役できるような人間が存在するのか?」
私の言葉を疑うように鋭い目つきをし、観察するような視線で私の全体を眺めてくる。
「そうね。私を使役できるような人間はいないわ...人間にはね。それでも私は人間の召喚獣になった。....あなたもアレに従えば人間を喰ってちまちま経験値を稼ぐより遥かに効率的に強くなれるわよ。...何より退屈しないしね。」
目をぱちぱちとさせて困惑している様子のベヒモスを眺めながらふふっと笑う。
「お、おい!ベヒモス!!何をやっているのだ!!餌を喰わせてやったのだから儂の言うことを聞き蠅のように飛び回っているドラゴン共を殺さぬか!!!!!」
声のした方へ視線を向けると、質の良さそうなヨアヒムが着ていた司祭服風の服に身を包んだ老年の男がベヒモスに向かって震えながら叫ぶ姿が目に入る。
「...あら?ゴミがあなたを呼んでるみたいよ?お知り合いかしら。」
「ふん!コイツは我が餌を自由に喰えると言うのを条件に力を貸している人間だ。どうやら我を召喚獣として使役できているつもりのようだがな...。」
「...あなたはあのゴミの召喚獣では無いの?」
「バハムートよ。我がこの様な小さき者の召喚獣になる訳が無いであろう?...言わば我が利用している食堂の主の様なものだ。餌を喰った分の対価で我の力を振るう...それだけの関係..だ。」
ベヒモスが男にギロリと睨みを聞かせた後にそう言う。
「ひっ!...べ、ベヒモス!!お前とバハムートは常に闘い合う敵同士なのだろうが!!対価を払ったのだからさっさとバハムートを葬れ!」
男がベヒモスの睨みに耐えきれず、後ずさりながら言い放つ。
「あら?私とベヒモスは確かに闘いに明け暮れてたけれど...それは力試し。別に仲が悪い訳では無いわ。」
「な、何だと!?一体それは....」
男が私の言葉で狼狽した様子で呟いている。
「うるさい奴だ!!心配せずとも喰った分は働いてやる!...と言う訳だ。バハムート!!今の我はお前と競い合っていた時とは比較にならぬ程強くなっておる!!気合いを入れぬと一瞬で死ぬことになるぞ!!!」
ベヒモスがそう叫ぶと空に向かい巨大な火炎弾を放つ。
重力による落下スピードを利用して猛スピードで私目掛け巨大な火炎弾が追尾しながら落ちてくる。
いきなり自分の最強の技を使うのね。
...相変わらず直ぐに勝負をつけたがるわねコイツは!!
身体に力を込め、竜モードに戻ると気合いを入れるために腹の底から声を上げる。
「グルゥワァアアアアァーーーーーー!!!!!!」
私もだらだらとした勝負は趣味じゃないのよ!!!喰らいなさい!!ベヒモス!!!!!
ベヒモスの放ったメテオに向けてフォルティーナから貰った経験値のおかげで覚えることができた現段階での私の最強の技をベヒモスを殺さない程度の威力になるように力を溜める。
「グルウォォオオオーーー!!!!!」
喰らいなさい!!クリムゾンフレア!!!!!
私は何度も高圧縮した焔の塊を更に収縮させ...一気に膨張するようにコントロールし閃光にも似た火属性で究極とも言える魔法をメテオ、更にはその先に居るベヒモスに向けて放つ。
メテオに私が放ったクリムゾンフレアがぶつかると障害物ですら無かったかのようにメテオを押しつぶし、そのまま一直線にベヒモスにぶつかる。
「なっ、何だこれは!?ありえん...ありえんぞ!!!!!」
ぶつかったクリムゾンフレアに何とか耐えようとベヒモスが必死で両手を差し出し、押さえようとしているが押さえきれずにドンドン後方へと押されて行く。
...かなり力を押さえたのだけど...このままじゃあベヒモスを殺してしまうわね。
魔力の放出を止めて燃料の供給を絶つと徐々にクリムゾンフレアの威力が落ちて行き...最後には消滅した。
くすぶった煙を身体全体から立ち上らせたベヒモスが地面に両膝を着いた後、大地に仰向けに倒れ込む。
私は勝利を確信し竜人モードへと戻り、亜空間ボックスから服を取り出すと着替え始めた。
「べ、ベヒモスがこんなに簡単に負けるだと!?...いひっ..いひひひひ~!!!あああり得るわけが無いいい!!!!!ここここれっれは夢だ!そうだ!!夢なのだ!!....ありえ...」
老年の男がベヒモスの完敗した姿を見て狂った様だ。
奇声を上げた後にぶつぶつと小さな声で良く分からないことをつぶやき始める。
狂った人間を横目で見ながら「...生きてるかしら?」と無言のままピクリとも動かないベヒモスに声を掛けるとスッと半分くらい目を開け私を眺めてくる。
「...我はバハムート、お前との闘いに明け暮れていた日々の時に比べてかなり強くなっているのだぞ。...お前の成長は...異常だ。」
「...私には分かる...あなたは常に強くなることを渇望している。昔の私と同じだから...。私と一緒に来なさいベヒモス!!あなたに本当の化け物を見せてあげるわ!!そして...絶対に自分が勝てない相手を知る...それがあなたを色んな意味で強くする!」
そう言いながらベヒモスに手を差し出すと一瞬躊躇う表情をするが直ぐにニヤリと笑みを浮かべ私の手を掴もうとする。
「...あっ!...今私、竜人モードだったわ。自分で起きなさい。」
手を引っ込めるとベヒモスの爪が出た大きな前脚がブンッと空を切り「...お前...。」と抗議の視線を私に送って来ながらそう呟いた。




