#7 紗基
実働部の人間が来るまで待っていると、すっかり日は落ちてしまった。
連絡してから駆け付けた実働部員は、そのまま事後処理に狩りだされることとなった。手柄を派遣代理人に奪われたようなものだが、彼らは自分の仕事に忙しく、毒づくこともなく、さりとて紗基を労う事もなく仕事を進める。紗基が彼らに興味を持たないように、彼らもまた紗基に興味を持っていなかった。
拘束した追求者が、担架に乗せられてワゴンに運ばれる。自分よりも手練な裁定員が三人も同伴するため、途中で暴れ出した場合の心配はいらないだろう。
紗基は道路脇に佇んで、その光景を他人事のように見守っていた。久しぶりの運動は、なかなかに体力を消耗した。
短くクラクションが鳴る。道路の方を見ると、停まった車から中里里子が顔を覗かせていた。
「お疲れ様。一人でやりあったんだって?」
「ええ……まぁね」
紗基は再びワゴンの方に目線を戻す。ワゴンの周りに立っている人間が、何やら話をしている。どこに運ぶかとか、そういう話だろう。
「とりあえず乗ったら? どうせあなた、もうやることないでしょう?」
それもそうだ。あとは帰るだけだ……もしかしたら報告しなければいけないかもしれないが、そんなものは後からなんとかなる。
紗基はドアを開けて助手席に乗った。暗い車内は時間の経過を感じさせる。あれからそれほど時間は経っていないだろうに、ずいぶんと久しぶりに乗った気がした。
「状況としては、対象の追求者は拘束、搬送ってところね……割と早く仕事が済んだわ」
「事後処理は情報部で?」
分かりきった質問をすると、里子は当たり前に、ええ、と頷く。
「小屋の方は解体して処分。貸与した参考資本の場所を吐かせたら、あとは上の判断で処遇を決めるそうよ。すんなり吐いたら、多少の情状酌量は得られるかもね」
「それは司法取引っていうんじゃないの?」
「どっちでもいいわ」
ワゴンが発車したのを見てから、里子がエンジンをかける。どうやらついていくらしい。
この女は、どこまで追求者の気持ちが分かるのだろうか? 唐突に気になって、紗基は質問している。
「参考までに訊きたいんだけどさ」
「何?」
里子は前を見たまま応じる。安全運転を心がけるのはいいことだと感心しつつ、紗基は気になっていたことを言う。
「あの追求者……監視の解創を小屋に設置してたんだけど、遠隔で監視できる距離は、そう長くなかったみたいなんだけど、やろうと思えばもっと遠方から監視出来るものが作れたでしょうに、なんでもっと早くから逃げ出してなかったのかなって思ってさ……どう思う?」
「自分が作った『発破』の解創の結果を確認したかったのかもしれないけど……もしかしたら、裁定員を仕留められたら、更に戦利品が獲得できると期待したんじゃない?」
なるほど。それは追求者らしい発想である。紗基は納得した。
「なるほど、裁定員の道具か……なんだ、割と追求者やってたのね」
「あくまで私の勝手な予想よ?」
「分かってる……」
正直に本音で応じてくれる里子を、紗基はなんだかなぜか気に入った。もしかしたら、これを言ってしまってもいいかもしれない。
「今回の仕事さ……派遣代理人の中でも私を使った理由だけどさ」
「ん? なに?」
あの人物の事を考えて、表情が強張るのを自覚した。
「…………あわよくば私を消せてたっていう……あの人の思惑があったんじゃないの?」
ちらりと横目に見ると、前方車両の赤いテールランプに照らされた里子は、呆れたような笑いを見せた。
「それは被害妄想ってもんよ、八角さん。鶴野課長は、あなたを左遷させたことで十六課のミスを帳消しにした。それで十分なはずよ」
紗基の失敗は、上からは特に問題視されていなかった。むしろ問題視されたのは中――十六課内部で、だ。内部粛清と言った方がニュアンスは近い。
「そうなのかしらね……」
里子をじっと睨んでみるが、まるで動揺を見せなかった。
「そんな不機嫌な顔しないでよ……そうだ、何か食べに行きましょうよ」
鶴野課長の事を考えてむしゃくしゃしてしまったので、紗基は半ば自棄気味に提案に食いついた。
「…………寿司ならいいわよ」
「贅沢な娘ね」
「回るヤツでいいから」
「はいはい」
かくして派遣代理人としての初仕事は、穏便とはいかなかったが、比較的丸く収まった。今後も、こんな風に自分が率先して動かないと事態が収拾しないのかと思うと、それは少々気が滅入る。
ふと紗基は窓の外の夜景を見る。暗い街を賑やかに明るく灯す光を見ながら、小さな声で呟いた。
「けど……私には合ってるかもね」