表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解創エピソード集  作者: 指猿キササゲ
$1$ 組織従抗
4/8

#4 紗基

 火勢は弱まっている。おそらく解創を調整していたのだろう。裁定委員会の追っ手を潰す気はあっても、山火事のような大惨事を起こすつもりは無かったようだ。

 となると、向こうは最悪のケース……つまり、裁定委員会によって捕縛されることも考慮していると考えていい。山火事を引き起こしたとなれば、一般社会に解創を漏洩する可能性を生んだとして、ほぼ確実に厳罰を下されるからだ。

 それを避けるために、裁定員の殺害――実際には未遂に終わったが――に留めた。いや、もしくは未遂に終わる事すらも想定していたのかもしれない。弓を引くポーズだけをとった。

 なぜそんな、一見無意味な真似をしたのだろうか? その意味は何か――。

 ハンカチで口元を押さえる。燃えている物は少ないが、黒い煙を吸っているというだけで精神的に気分が悪い。

「…………」

 燃えている壁の一部は、燻るように煙を吐くばかり……すでに鎮火の兆しを見せている。この火勢、やはり燃焼ではなく爆破や発破の解創とみるべきだ。

 解創とは、己の願いを現実に具現した規律や力だ。よって、その手段は本人の思いに依拠する。もちろん当人が既存の概念などを使えばそれに従う。例えばタロットにおいて短杖が火の象徴であるから、その観念を利用して短杖で『火成り』の解創を作るような行為だ。

 だが、本人が風を起こすという願いを、短杖を鍵に願えば、火成りではなく風を起こす解創を成せる。それが解創――己の業を深めて力に昇華した形だ。既存の概念は、個人の主観を形成する参考にはなれど、個人の主観を束縛する規律にはならない。

 紗基は畳のあった場所を覗いた。中に何かあるが、真っ黒に炭化している……発破の解創の道具だろうが、原形は留めていなかった。サイズからすると、片手で持てる小箱くらいだろうか?

 暫し考え込んでから、紗基は中里に連絡を入れた。電話中だったので折り返させる。

『もしもし……こんな時に何? 運転中だったんだけど』

 後ろで車の通過音が聞こえる。どうやら路肩に停車したらしい。

「少し質問があるんだけど」

『何? 手短にお願い』

「この追求者に提供した参考資本について教えて」

 ダッシュボードを開けて、何か大きなファイルのページをめくる音がスピーカーから聞こえる。

『提供したのは発破の解創。道具は絡繰り箱で、サイズ的には……小さな箪笥くらいはあるかしら』

 なるほど。やはりそういうことか……紗基は得心がいった。

「へぇ……」

『何かあったの?』

「畳の下にあった燃えカスが、多分さっきの爆発に使われた道具だと思うんだけど、大きさが小さいのよね。多分、その参考資本を元に作ったんだと思う」

『つまり資材管理部は、敵に塩を送っちゃったわけね』

「そういうこと……」

 ふいに、紗基は携帯を放り捨てて、懐から抜き出した針を三本投げつけた。

 一瞬だった。

 紗基が投げた二十センチほどの針の内の一本が、空中に飛び出してきた矢と衝突する――勢いは矢の方が上だったが、針は燃え上がり、紗基に命中する前に矢を焼失させた。

 空中で火の粉を吹かしながら落ちていく矢の破片は、まるで火に燃えて落ちるヒドリガのように儚い。

 そんな情緒豊かな出来事に見惚れる元裁定員ではない。紗基は矢の断片を回収してから、矢が飛び出してきた方向……箪笥に歩み寄る。

 箪笥の引き出しの中で、よく見ると二つ穴が開いているものを開ける。中にはカラクリのようなものが仕掛けてあるボウガンがあった。他に、木枠に障子を貼ったものが置いてある。

 ――障子の方は、おそらく監視の道具……『目』とかそんなところでしょう。こっちは……暗殺用ね。現場検証に来た人間を殺すため……攪乱……?

 放り捨てた携帯を拾い上げると、スピーカーからやかましい声が聞こえてきた。

『ちょっと! 時間が無いんだから突然話止めるの止めてくれないかしら!!』

 まったく、こっちで何があったのか知らないくせにガミガミとうるさい。それどころではない紗基は、抑揚のない声でマイクの向こうに声を投げる。

「時間かけて悪かったわね」

『あ、ちょっと』

 最後に悪態をついて、一方的に通話を切る。何か言い返そうとしていたようだが、気にしない。

 あのボウガン……紗基を狙ったが……引き出しのカラクリは、タイマーによって発射するようなものには見えない。解創によるものか、物理的な細工かは別として……それに監視の解創の道具と思しきものとも繋がっていない。

 ということは、自動で発射されたというよりも、監視の解創を通して誰かが発射の指示をしたと考えるべきだ。

 それほど複雑で大掛かりな解創には見えない。これ(、 、 )が遠くまで追求者と繋がれるものとは思えない。

 ――となると……この追求者は、まだ近くにいる!

 気づいたが早いか、紗基は小屋から出て山道を駆け降りる。坂は急な下り道なので、加速度的に増す勢いは自制が利かなくなってくるが、今は少しでも早く移動したい。下り坂の位置エネルギーと加速がついた筋肉が、強制的に肉体を疾駆させる。大股で駆け抜けさせられて、背骨に衝撃が加わり、振動が内臓を震わせる。走っているだけで酔ってしまいそうなほどに上下に体を揺らされながら、大きくぶれる視界で周囲を見渡す。

 ――何かないか……!

 手掛かりになるなら、なんでもいい……そう思いつつ観察するが、周囲に広がるのは竹林と坂道、そして麓にある田園ばかりである。足跡も残っていそうにない……というより、足跡が残っていても、追求者の物か判断しようがない。

 坂道が終わり、片方の腹が痛くなって、思わず先はその場に蹲った。今更になって滝のように流れる汗が、強制労働させられた肉体の疲労を物語る。脱水症状でも起こしたのか、それとも、八月の強い日差しと極度な運動による熱中症なのか、気分が悪くなってくる。

 耳の周りの血管がバクバクと脈拍を鼓膜に伝える。目を瞑ると、まとわりつく身体の熱に、意識まで蕩けそうになる。

 こんなことをしている場合ではないと、半ば無意識に立ち上がって、周囲に手掛かりになるものは無いか探すが――ふと頭の片隅の冷静な部分が、独走しているのを自覚する。

 ――本当に、大丈夫なのか?

 疑いが思考を鈍らせ――頭に、鶴野温実の顔が蘇る。あの女は、なぜ、こんな自分を十六課に入れたのか……。

 頭を横に振って、女の顔を締め出す。今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。逃げた追求者を追跡しなければ。

 自分の仮説が正しいとして、もしも見届けたかったとするのなら、燃焼ではなく爆破にしたのも辻褄は合う。つまり追求者は、こちらの手際を確かめたかったのだ。あの監視の解創で、紗基が無事であることは確認できたはずだ。

 さらに、トラップに使った発破の解創は参考資本と同じだ……トラップの為に、わざわざ発破を使ったのか? それともトラップを作る為に発破の参考資本を手に入れたのか?

 どっちにしろ追求者が、今も逃走している最中である可能性は高い。

 ふと紗基の視界に映り込んだのは、路肩に設置されたベンチと看板だった。バス停だ――紗基は歩み寄って、看板――時刻表とバス路線図を確認する。つい五分前にバスは出ている。一応、携帯のカメラで時刻表と路線図を撮影しておく。

 追求者が自家用車で逃げていた可能性……いや、考えなくていい。

 情報部や実働部によって包囲網が敷かれれば、車の中の運転手くらい見るはずだ。特定は容易だろう。そういうことなら、手柄は包囲網を敷いた奴らに譲ってやる。

 いま自分がやらなければ手遅れになる事と言えば……やはり、このバスの線だ。

 追求者が使う上で、バスを使うメリットはある。公共の交通機関を使うなど馬鹿馬鹿しい話だが、一般人のいる場で裁定委員会は動けないし、こんな呑気な方法で逃走するとは誰も思ってもみないだろう。もし狙っていたとしたら逆に賢明な判断だ。

 もしバスで逃げた場合、バスに対してノーマークの実働部は、まんまと逃がしてしまうに違いない。

 ――なら私がやってやる……。

 獰猛な笑みを浮かべた紗基は、成すべき事をすべく駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ