#3 紗基
目当ての追求者の根城は、山の中にあった。追求者が人里離れた場所に住むのは、珍しい話ではない。
僧侶は修行のために、人里離れた山の奥に行くという。追求者も追求のため、他のことが視界に入らないように、そういう場所に行きたがる。
業を消し解脱を試みる僧と、業を深め解創を手に入れる追求者。相反する存在なのに、その手段には通じるものがある。
車の振動が途切れて、紗基は転寝から目覚めた。視界に入ったのは、フロントガラス越しの小さな小屋だった。
「着いたわよ」
里子の声がした。紗基は未だ睡魔から脱していない鈍い頭でシートベルトを外して、ドアを開けた。
車から出る。ぐっ、と土の地面に脚が食い込む感じがした。かなり地面がぬかるんでいるようだ。
小屋の広さは七畳ほどだろうか? それほど大きくは見えない。一人暮らしだろうから不便はないのだろうと、適当に予想する。
「凄い竹ね」
周囲をぐるりと見まわして、紗基は呟いた。
小屋の周囲は竹林で囲まれている。竹というのは生命力が凄まじいので、どんどん伸びる。人の手が少し無くなれば、あっという間にこのような有様になるだろう。下手したら小屋のすぐそこまで竹が伸びてくるかもしれない。
「よくこんなところまで、自動車で入ってこれたわね」
「定期的に、この道を通るんでしょう」
里子が顎でしゃくる。その先を見ると、竹林の中にぽっかりと穴が開いており、道として最低限の空間が確保されていた。何度か通る車が、道を作っているのだろう。
「獣道ならぬ車道ね」
里子が馬鹿みたいなことを言う。
「それじゃ車道じゃない」
下らない里子の冗談に付き合う気はない。紗基は小屋に向かう。
竹林で囲まれた中で、ぐるりと数メートルの円を描いて地面がむき出し、その中心には年季の入った小屋がある。他に異物は、里子と紗基が乗ってきた自動車だけだ。
小屋の入り口のすぐ手前に、簀の子代わりの木の板が敷かれている。ここの地面が柔らかいからだろう。
色の褪せ具合などから、かなり以前から敷かれている物と思われる。まるで擬態。まるで同化。木の板は土と長らく密接しているだけで、朱に交わって赤くなる。色は白く褪せるのではなく、馴染むように土の色が移っている。
紗基は――その自然な馴染み方に、危険を察知する――もし罠だったらどうしようか?
「? なに? 中に入って」
紗基が立ち止まるのを見て、里子が言った。紗基は一瞬で言い訳を練った。
「あなたが先に入って。私は詳しい事情を知らないし」
紗基の言い分が引っかかっているようだが、特に断る理由もないので、里子は簀の子を踏んで小屋に入った。安全を確認した紗基は、それでも万が一を考えて、短い脚で簀の子を跨いで小屋の土間に入る。
「いないわね」
部屋を見渡して里子が呟いた。
七畳ほどしかない小屋の中は、小綺麗だった。
畳の上には小さな箪笥と卓袱台が一つ。敷布団が壁際に畳まれている……それだけだ。隠れられる場所などありはしない。
「どこかに出てるのかしら……ん?」
里子は卓袱台の上にあるものが気になったようだった。小包だ。紗基はその中身が何かと警戒する。もしかすると……。
「なにかしら……」
土間に足を付けたままでは卓袱台まで届かない。里子は靴を脱いで畳に上がった。
ぎし、という畳の音――その違和感に紗基が気付けたのは、実働経験のある元裁定員による警戒の賜物といえた。
紗基は土間から飛び上がり、里子を土間の方へと引き倒しながら、頭をかばう。
瞬間、小屋の中の空気は、すべて熱波で吹き飛んだ。
爆発――轟音が耳を劈き、熱波が顔の産毛をチリチリと焼く。一瞬にして小綺麗な小屋の内装や壁の一部をも吹っ飛ばし、元の様相を完全に焼失させた。
仕込まれていたのは、小包ではなく畳の方。対人ではなく建造物ごと狙った一撃。危うく爆発に巻き込まれるところだったが――土間と畳の段差に隠れることで、どうにか二人は直撃を受けずに済んだのだった。
燃える木造家屋という、少し前に見た光景を思い出し、うんざりしながら紗基は立ち上がった……火勢は以前ほどではないが。
黒い煙で濛々と満ちた空間で、せき込む声が聞こえる。里子のものだった。
「ちょっと……なんなのよコレ……」
老朽化した木造家屋がバキバキと音を立てる。危機感を抱き、紗基は里子の手首をつかんで外に出る。
「取り立てに来るのを見越して、罠を仕掛けてたのよ」
爆発がメインで、燃えている火は大した勢いではないとはいえ、周囲に燃え移らないか心配だ。とはいえ竹林までは距離があるので、大丈夫だろう。一応、消火活動のできる人間に来るよう、里子に連絡させる。
「……まさか本当に借りパク? 冗談じゃ済まないわよ、こんなの……!」
里子の声音からは、明らかに動揺しているのが見て取れた。追求者が委員会を裏切る理由が無いという自信があったからだろう。そんなことだから足元をすくわれるのだ。
「私は、ここを調べてみる。中里、あなたはいざって時に備えて、実働部に連絡をとって。もしこの近くから逃げてなければ、ローラー作戦が有効になる」
そんな大規模な作戦をするとなれば、逃げてない確証を得る必要があるが……。
「分かったわ……そっちも、何かあったら連絡して」
携帯電話の番号は、最初に車で会う前に交換済みである。紗基が「分かったわ」小さく頷くと、里子は自動車に乗って竹林から出て行った。
さて、ここからは自分の仕事だ。紗基は、黒い煙を出し続ける家屋に戻っていった。