#1 紗基
ミンミンゼミが、やかましく鳴き続ける八月下旬。
場所はオフィス代わりの会議室。小柄な茶髪の少女は、一人の女の前にいた。
それは恐ろしい女だった。一七〇に達しそうな背丈。気品を持ちながらも圧倒的な威圧感を孕んだ雰囲気が、彼女を獅子のように見せた。
白いワイシャツにスラックスという格好の鶴野温実は、少女の目の前で椅子に腰かけていた。
「今回の一件、十六課という全体から見れば成功だけど、部分的には見誤りがあった……例えばアンタよ、紗基」
立っている少女――紗基の方が視点は上だというのに、まるで見下ろされている気分だった。
「アンタの実力は信頼してたわ……だから言える。格の違いが分からなかったワケじゃないでしょう? 上宮孝治はあの時点の上宮で最高の実力者だった。それに対して正面から挑んで返り討ちにあった……まぁ、それだけならヘマで片づけられたんだけどね」
温実が紗基を射竦める。蛇に睨まれた蛙も同然だった。紗基は死んだような目で……ふぬけた目で見返すしかなかった。頭も働かなければ、睨み返す意思もなかった。
「アンタを助けようとした人間は怪我をして、あんたはそれを見捨てて一人脱出……幸いな事に、どっちも助かったけど……それじゃダメよね?」
温実の視線が外れる。紗基は、まるで親の前で委縮する子供のように視線だけ動かすと、温実が引き出しから一枚の紙を取り出しているのを見た。
「異動よ」
机に投げ出される白い紙。向きは表。書いてある内容は……。