現実は甘くない
本日から、始めました新参者です。
皆さん、楽しく読めるように努めますので応援宜しくお願いします。
この世は良くも悪くも平凡で出来ている。
子供の頃は憧れた夢物語のヒーローも、お姫様と王子様が恋に落ちるおとぎ話も時が過ぎれば自然と気づく、空想の中だけの世界。
私は成人してから、その事にやっと気づき、三十路に入る一歩手前で自分が何の代わり映えのしない、普通のOLである事を思い知らされた。
別に現実に悲観している訳ではない。ただ、世の中は思ったよりも狭く、小さな幸せしか手に入らないモノなんだと思っただけ。そして、それぞれがそんな中で自分の小さな幸せを見つけ、それを噛み締めながら生きている。
私の場合、小さな幸せはお菓子を食べる事だ。口に広がる甘い香りとクリームのまろやかな風味が、一日の仕事の疲れを忘れさせてくれる。
彼氏や流行の服等にこれといって、興味が無い私にとってお菓子は、私が生きるためには、無くてはいけない心の拠り所だ。
そう思いながら、お菓子と紅茶を啜りながら、日々を生きてきた。
代わり映えのしない日常が変わらず、私に唯一の癒しをもたらしてくれる事を信じて…
ある日、私は土曜の朝早くから東京の銀座に出向いていた。時計は丁度、10時を回ったところだ。
私がここへ来たのには、ある目的があった。
その目的とは、某有名店で期間限定販売されるマカロンをいち早く、手に入れるため。
私こと七草恵里菜は今年で三十路を迎える、一般企業で働くOLである。
特にこれといった個性の無い、平凡な私の日常を潤すのがこのお菓子達!!
世界には幾千幾万という菓子店が存在し、それは世の女の子に夢や希望を与えていると言っても過言ではない。斯く言う私も、週末はいつも菓子店巡りをしながら過ごし、恋よりも食い気、イケメンよりお菓子で…
かれこれ幾年月、気づけば三十代の入口の扉の前に立たされている。婚期にはもちろん漏れ無く乗り遅れている私なのだけれど、そんな事は大した事ではない!!
この御時世いかに楽しく生きられるか、生きていけるか、それこそが重要だと思うんだよね!!
別に恋愛しない言い訳じゃないよ!!
えぇ、決して…
そんな脳内談義も程々に私は意気揚々と期間限定マカロンの入った包みを胸に抱いて店を後にした。
今回の新作マカロンの桜味と抹茶味の箱の包を見ながら、私は笑っていた。
そう、満面の笑顔だ。
(やばい、ニヤケ顔が収まらない…。)
銀座の街中でにやにや、笑みを浮かべながら、大事にマカロンの箱を抱える三十路一歩手前のOL。
(うん、今すぐ笑みを堪えよう…)
すぐに顔を引き締めた私は、マカロンと一緒に合う飲み物について思考を始めた。
桜味と抹茶味だし、ここはやっぱり無難に緑茶かな…。
そういえば、桜味マカロンの生地には桜の葉が練りこんであるんだよね。
帰ったら、じっくり味わおうっと!!
そう考えながら、曲がり角を曲がった所で小さな公園を見かけた。
公園に桜の花が咲いていて、ご丁寧に桜の樹の下のベンチは空いていた。
(綺麗な桜…まだ咲いているとこ有ったんだ…。)
季節はまだ4月とは言え、近年の温暖の気候により桜はどこも早々の散ってしまっていたので、目の前に広がる満開の桜に目を奪われる。
あそこでマカロン食べたら、美味しそうだなぁー。
桜を見ながら、有名店のマカロンを食べるなんてかなり、贅沢だよね!
能天気にそんな事を思った私は、桜の誘惑とマカロンの魅力に負けて足早に公園へと向かう。
横断歩道を渡り、公園の入口へと私は歩みを進めた、その時、公園の入口から一匹の犬が飛び出してきた。
白銀色の毛並みに金色の瞳の見たことのない種類の犬だった。
大きさは大型程大きくはないが、かと言って小型犬という程小さくもない、柴犬くらいのサイズだ。
あまり犬には詳しくないが人目で普通の犬ではないのだと思った。
(うわぁ、綺麗な犬だなぁ…)
なんていうか、不思議な魅力がある犬だと思った。
綺麗な毛並みから、誰かの飼い犬なのかと思ったのだけれど犬にはリードが付けられていなかった。
迷子なのかと思い、近づいてみる。
犬は私が近づくと鼻を鳴らしながら擦り寄ってきた。
(人懐っこい子だな。)
そんな呑気なことを考える私は、マカロンの入った包を地面に置き、犬を撫でようとした次の瞬間…
犬は私のマカロンの入った包みを口に咥えて、走り去っていきました。
思いもしない出来事で反応が遅れてやってくる。
(えっ、私のマカロン盗られた?)
「あぁぁー!!あっ、ちょっと、ま、待ちなさぁぁぁいぃぃ!!」
大声をあげて犬に向かって静止を呼びかけるが、待てと言って、待つ犬はいるわけもなく、犬はただ走り去る。
開店前から1時間待ち、ようやく手に入れた私の楽しみを…
一匹の犬が掻っ攫っていきました。
私の人生においての生きる糧を…
その瞬間、私の脳裏で変なスイッチが入る。
(あの犬、私の大事なマカロンを!!絶対に許さない!!!)
私には絶対に許せない事が3つある。
1・お菓子を馬鹿にする人!(バカ)
2・お菓子をの食べ残す人!!(クズ)
3・私からお菓子を奪い取る獣全般!!!(死んで詫びろ)
食べ物の恨み程、この世で恐ろしい事はないと思う。
現に会社の同僚達は私から食べ物を取ろうとは思わないだろう。
理由は簡単で誰も私の逆鱗に触れたくないから…
前に私のお菓子を取った方にはとても酷い目に遭わせましたので、それが原因なのだけれど…正当な報復ですよね!!
私の禁忌に触れたあの犬にも目に物を見せてやるために私のお犬様追跡劇が始まった。
私はまさに飛ぶようにあの犬を追いかけ、そして、銀座の大通りにたどり着いた時、私は宿敵の姿を発見した。そいつは、呑気にも口に私の宝を咥えて道をのんびりと歩いていた。自分の危機とも知らずに…
「見つけぇぇぇたぁぁぁ!!」
銀座の街中で鬼ような形相で犬を追跡する三十路の女性。正直、街行く若者や道行く人々は、皆ドン引きである。
だが、そんなのは今は関係ない。包みを咥えたあの獣を捕まえるまでは、私は立ち止まれないのだ!!
犬も何かの気配を感じたのか、こちらを向いた。
向いた瞬間、私は真っ黒い笑みを浮かべて微笑んだ。
(ご機嫌よう、犬っころ、今日がお前の命日だ!!)
良くお菓子が絡むと人格が変わると言われますが、そんな事はないですよね?
犬も危険を察知したのか、全力で私から逃走を図ろうとした。入り組んだ道、人ごみを利用し、犬は逃げる、逃げる。そして、追跡中の私も入り組んだ道を這うように抜け、人ごみは道行く人を薙ぎ払い進んだ。
それから30分、犬とOLの逃走劇が続いた。
障害物ありの果て無き追いかけっこをしていた私だったが、犬にも少し疲れが見えてきた。勿論、私もくたくたではあるのだけれど。私の大健闘の結果である。
(後もう少し…!!)
肩で息する私とよろよろ走る犬の戦いは遂に最終局番へと移った。
「はぁ、お菓子を‥・はぁ、返せぇぇ!!」
犬と私の距離も5mへと縮まり、人間の可能性をこんな所で実感させられた。
最早、ゾンビにように近づく私に恐れをなしながらも走る犬は横断歩道を駆け抜けようとする。
だがその時、大きなクラクションが鳴り響く。
赤信号に気づかず、犬は走り抜けようとしていたのだ。
犬の眼前に一台のトラックが迫っていた。
犬も呆気に取られているのか、立ち止まっている。
(危ない!!)
私は心の中で何か得たいの知れないアラートに襲われる。
私は…
私は、咄嗟にトラックの前に飛び出し、犬ごとマカロンを抱き抱えた。そして、眼前に迫るのは確かな死の恐怖だった。
死ぬ間際に私は、今まで味わったあらゆるお菓子を思い出していた。
あぁ、これが走馬灯なのかなと思い、静かに目を閉じて静かに呟く。
「もっと、お菓子食べたかったなぁ…」
そう言い終わるのと同時に、とんでもない衝撃が私を襲った。
視界が揺れ、身体全身が軋むのを感じる。
そして、私はコンクリートの道路に身体を打ち付けられた。意識が霞む、体の骨が折れているのか全身が痛い。視界も何故だか、赤く染まっている、どうやら頭を思いっきり地面にぶつけ、出血したようだった。
道行く人たちも悲鳴やら助けを呼べやら騒々しく喚いていた。
正直、静かにしてほしいのだが、仕方がない事なのだろう。
(目の前で交通事故が起こったのだから、騒ぎたくもなるか。)
定まらない視線の中、私は冷静にもそんな事を思っていた。
その時、腕の中にいた犬がもぞもぞと動く、犬は私が抱いていたこともあって、無傷のようだ。そいつは私の腕の中を抜け、私を見つめている。
犬の口には変わらず、私の買ったマカロンの包が咥えられている。
(結局、最後まで食べられなかったわね…。)
そんな事を思いながら、私は犬に目を向ける。
「あ…あんたは、ぶ、ぶじ…?」
分かるはずもないだろうが、朦朧とする意識の中、助けた犬に尋ねてみた。
犬は何故だか、驚いたような顔して小さく頷く。
何だか、人間らしい反応だと思い、私は力なく笑みを浮かべた。
犬は私の包みを地面に置くと私の頬をペロペロと舐め始めた。
まるで、有難うとでも言うように…。
どうやら、賢い子のようだ。
私は、確かに犬を助けられた安堵から、意識を離そうと目を閉じる。
意識が遠のく中で私は誰かの声が脳に響いてくるのを感じた。
(…お前、生きたいか?)
脳内に響く不思議な声は私に 生きたいか? と尋ねてきたような気がした。
恐らく、死の間際に聞こえた幻聴なのだろうけど…
その脳に響く、不思議な声に私は心の中で答える。
(まだ食べたいお菓子も、作ってみたいお菓子もまだまだあるの。だから、私は生きたい。生きていたいかな…)
我ながら、私らしい小さな理由だと思う。
生きたい理由なんて、探せばいくらでもありそうな物なのに、
私はお菓子が食べたいというだけで生きていたいのだ。
(ふん、ちっぽけな理由だな…)
脳内に響く声は私を罵倒した。
(えぇ、ちっぽけな理由でしょうとも、私もそう思うよ。それでも、それが私の全てなのだ…変えようがない)
その声は言葉を続ける。
(まぁ、いい…気が進まないがお前を助けてやる)
助けてやるという、不可思議な声が遠ざかるのを感じる。
それは、死ぬのが近いということなのだろう。
本当なら、今日は買ってきたマカロンを優雅に食べるだけの日だったのに…
まったく、現実は本当に甘くないようだ。
(感謝しろ、人間よ…)
その響いてきた言葉を最後に、私は意識を手放した。
どうか、天国にもお菓子があるようにと願いながら…
2話連続で投稿致しますので、そちらも宜しければどうぞ。