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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい【連載版】  作者: カドナ・リリィ
Bad Ending 〜暗闇から逃れる術を、もう彼女は知らない〜
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玖拾捌

 


 私の頭が、今起こった事に追いつかない。

 聡の歪んだ顔の意味が分からない。ただーー驚きと、絶望...その二つの念が、奥底から湧いてくる感覚がした。


 ナイフで刺されたお腹が、張り裂けるような痛みを訴えかけてくる。

 何度も負った刃物の傷。まだこの痛みには慣れない。



 私は倒れこんだまま、聡を見上げた。

 虚ろな目をしている。


「聡...何で? 何でこんな事!」


 大事な友達だって、親友だって、ずっと一緒だって言ってくれたじゃない!


 すると、聡は口角を吊り上げた。


「友達? あれ、俺そんな事言ったっけ?」

「え...?」

「元々、お前みたいな奴とつるむ気なかったし。ランスはどうかは分かんないけど」

「どういう、意味?」


 いつもの口調だが、その言葉の一つ一つが、今刺さっているナイフのように鋭い。

 意味が分からない。

 彼は一体ーー何を言ってるんだ?


 依然と銃を突きつけたまま、彼は小さな声で話し続ける。


「黒川 真人の妹、黒川 佐凜に近づいて、殺せと俺は命令された」

「は...? 一体誰に...」

「『戦嶽組』。何でかって? ...まぁ、お前を好ましく思わない人間は五万といるだろ。お前の兄を好ましく思わない人間もな。俺は命令された通りに動くだけ。ほら、覚えてるだろ? 北条」


「戦嶽組」...数年前、私を誘拐した集団だ。

 そして、巴ちゃんの誕生日パーティでは、自称次期組長の北条さんがいた。「戦嶽組」との繋がりは、あるにはあるのだろう。

 でも...


「私を殺したりしたら、黒川さんが黙ってないよ。巴ちゃんも、ご両親も殺されるよ。お願い、私、皆が死ぬなんて嫌なの。だからこんな事止めて」

「それ、本気で言ってるのか? 殺そうとしてるのに」

「言ってる。もし、聡が私を殺すために近づいてきたとしても...私は、私は聡を親友だって思ってたよ。短い間だったけど、普通の女の子みたいに学校生活を楽しめて...私、聡に感謝してるから。だから...」


 何で私を殺そうとしてくるのか。

 何で「黒川組」より「戦嶽組」を優先するのか。


 何でそんなに、泣きそうな顔になったのか。


 この半年は偽りだったかもしれないけど...私は本当に楽しかった。

 巴ちゃんも可愛かったし、ご両親も良い人達だった。そんな人達が殺されるなんて、考えたくもない。聡が殺されるなんて、考えたくもない。


「フッ...自分を殺そうとしてる相手に言う言葉じゃねーよ。礼を言われる義理なんてない。俺は元々、お前を殺すために近づいたんだから」

「それでも...それでも私は、聡が好きだよ」


 初めてだった。

 聡のように、見た目や家に拘らず、優しくしてくれたのは。もしそれが演技であっても、私は嬉しかったから。


「俺は、お前のそういう所が嫌いだ。俺より頭が良い所も、無駄にお人好しな所もな」

「そう...でも聡は、私の事が嫌いでも、ずっと一緒にいてくれたでしょ?」

「...なんだよ」


 小さく呟かれた言葉は、何処か悲しげだった。

 それでも彼は、銃を下ろさない。私もそろそろ、意識を保つのも辛くなってきた。


「まぁ、それでも俺は、お前を殺すけどな。『戦嶽組』のために。お前が死ねば、俺は組の中で確固たる地位も確立出来る上、黒川 真人を潰すための第一歩となる」

「じゃあ、西園寺家は...」

「『黒川組』の傘下だが、元は戦嶽系の家だ。賢いお前なら、北条と会った時点で違和感を感じるかと思ってたが」


 そんな...聡が、「戦嶽組」の傘下で...組の中での地位を獲得するために、私を殺す?


 ...別に、死ぬ事に恐怖は感じない。

 父と別れたあの日から、私は常に死ぬ覚悟を持って生きてきた。ただ、黒川さんに生かされていただけだ。

 だから私は...死んでも構わない。


 父の記憶ももうほとんど残っていない。

 信頼していた聡にも裏切られた。


 ずっとこのままでいたいと願った事は幾度なくあった。だがーー


 もう、死んでも良い。


「俺の家族の心配より、自分の身を案じた方が良い。いや、もう死ぬか」


 聡は撃鉄を鳴らし、私の眉間に銃を当てた。


「お友達ごっこも、まぁまぁ楽しかったよ。ランスにも宜しく伝えておく」

「聡...」

「え? そんな...。...撃つ前に」


 突然驚いた顔をして銃を降ろしたかと思えば、聡は私の腹を蹴ってきた。

 どういう風向きだろう。

 刺傷のある腹に先ほど以上の痛みが走り、私はそのまま床に倒れ伏せた。


 そして、刺さったままのナイフで抉られたかと思えば、そのまま抜かれた。

 どっと全身の血が溢れ出すような感覚がする。もう、マトモに喋る事が出来ない。視界も歪んできた。頭痛が酷い。


「さ...と、し...」

「サリン...」


 私は一体、どんな酷い顔をしているかな。

 きっと、涙と血でグチャグチャになっているはずだ。


 もう、聡の顔が見えない。


 もう...意識、も...。


「頼む、死んでくれ」



 私が最期に聞いたのは、聡の小さな声と、一発の銃声だった。

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